23話 一時中断
「リフォーム作業は延期にしようと思う」
二月上旬、最初の事件から三週間後の土曜日。
俺はみんなを猫まみれに呼び出してそう提案した。
理由は言うまでもなく、あの後も事件が続いてしまったから。
二度目は庭に大量のゴミをばらまかれ、三度目はホール部分を荒らされ……今週に起きた四度目は、休憩室のロッカーに置いてある俺の私物が全てなくなっていた。
こうなると、ただの悪戯とは思えず猫まみれを狙っているのは確実。
「こんな状況でリフォームを進めても直した傍から壊されかねない」
「そうだよね……犯人が捕まらない限り進められないよね」
「むしろ猫まみれに来るのも危ない感じ?」
なにより夏鈴の言う通り、もし悪意の矛先が猫まみれではなく俺たちの中の誰かだとしたら、猫まみれに出入りしているだけで危険が及ぶかもしれない。
最悪、犯人と鉢合わせする可能性もある。
「今後は一人で猫まみれに出入りするのは控えよう。しばらく再建活動は中止するから来る必要はないと思うけど、なにか用事がある時は俺が同行するよ」
俺の言葉に悠香と夏鈴は深く頷く。
「萩原さんにも連絡して工事は待ってもらった方がいいよね」
「そうだな。莉乃さん、連絡をお願いできますか?」
「あ、はい……わかりました」
そして気になることがもう一つ。
事件の発生以来、日を追うごとに莉乃さんの元気がなくなっていく。
まるでなにかを憂慮しているというか、心ここにあらずというか……事件のショックで元気がないのかと思っていたけど、どうにも違うような印象を受ける。
その表情に滲むのは不安や心配じゃなくて焦りの色に近い。
「莉乃さん、元気出してください」
「早く犯人が捕まるといいですね」
「お二人共……ありがとうございます」
お礼の言葉を口にする莉乃さんにいつもの笑みはなかった。
「じゃあ、今日はこのあたりにしておこう。次に集まるのがいつになるかはわからないけど、連絡はまめに取り合って、なにかあれば相談するようにしよう」
話は終わり解散しようと思ったんだけど。
「ちょっと待って!」
待ったを掛けたのは夏鈴だった。
「二月十四日はみんなで猫まみれに集まろうよ」
「バレンタインデーか……夏鈴は学校が違うから集まりたい気持ちはわかるけど、こんな状況だし猫まみれじゃなくてもいいんじゃない? 近くのファミレスとかさ」
二月十四日は恋する乙女にとって最も重要なイベント日。
だけど、夏鈴が言ったのはそういう意味じゃない。
「違うって。十四日はりっくんの誕生日じゃん!」
「「え——?」」
揃って疑問の声を上げる悠香と莉乃さん。
驚いた様子で俺に視線を向けてくる。
「凛久、そうなの?」
「わたしも初耳です」
二人には話したことはなかった気がする。
「……ずるい」
「え……ず、ずるい?」
「そんな大切なこと、なんで私には教えてくれなかったの?」
嫉妬全開、悠香は頬を膨らませながら俺に詰め寄る。
「いや、別に夏鈴にだけ教えてたわけじゃなくてだな……」
「夏休みも夏鈴の誕生日をお祝いして、私はお祝いしてもらってないのに」
「ご、ごめん……悠香の誕生日を知らなくてさ。よかったら今からでもプレゼントくらいは用意させてもらうけど、ちなみにいつだったんだ?」
「三月。三月の三十日」
「来月じゃん!」
まだなのに『お祝いしてもらってない!』みたいに言われても困る。
誕生日が元旦だった莉乃さんが言うならわかるけど、なんだろう……物分かりの良い悠香が面倒くさいことを言うなんて、よほどお気に召さなかったんだろう。
まさに愛情の裏返し、恋する乙女の嫉妬は恐ろしい。
そんな悠香のやきもちはさておき。
「当時のあたしたちにとって、誕生日は猫まみれでアンデスのケーキを食べるのが当たり前だった。それは猫まみれを再建した後も続けていきたいと思ってる。だから、こんな嫌がらせに屈してりっくんの誕生日のお祝いを諦めたくないの」
夏鈴の思いに誰もが共感せずにはいられない。
でも、こんな提案をするなんて少し意外。
「りっくん、どうかした?」
そんな気持ちが顔に出ていたんだろう。
夏鈴は俺を見つめながら不思議そうに首を傾げる。
「いや……自分で言うのもなんだけど、夏鈴のことだから二人きりでお祝いしたいって言われると思ってたんだよな。前にプレゼントをくれるって言ってた——」
余計なことを言いかけて咄嗟に口を噤むが時すでに遅し。
「ふーん……りっくん、なに気に期待してたんだ♪」
夏鈴は誘うような笑みを浮かべて俺の腕にしがみつく。
それもそのはず、夏鈴が誕生日にくれると言っていたのはR指定のプレゼント。
あの夜、夏鈴は『あたしがあげられるもので一番大切なもの。この前はあげそこねちゃったけど、今度こそ受け取ってもらえると嬉しいなぁ』と言っていた。
プレゼントがナニかなんて聞くまでもない。
「いや……期待は……」
言葉を濁した時点で肯定しているようなもの。
これじゃまるで俺が催促しているみたいじゃないか。
そんなやり取りを見ていた悠香の苛立ち具合が加速する。
「夏鈴、りっくんになにをあげるつもりなの?」
「えーそんなの言えるわけないじゃーん♪」
夏鈴は悠香に見せつけるように俺の肩に頭を乗せる。
「りっくんも男の子ってことだよねー♪」
「いいから教えなさいよ!」
「えー無理ー♪」
悠香のこめかみから鈍い音が響く。
ブチギレ気味の悠香を必要以上に煽る夏鈴。
「凛久、夏鈴のプレゼントってそんなにいいものなの!?」
「ま、まぁ……俺に限らず男なら誰しも喜ぶんじゃないか?」
とてつもない圧に押されて正直に答えると。
「じゃあ、私も同じものをあげる!」
とんでもないことを言い始める始末。
「莉乃さんもそうしましょう!」
「わ、わたしも同じものをですか?」
「みんなで同じものをあげて凛久に選んでもらうんです!」
悠香は『そうすればフェア。恨みっこなしだから!』って言うんだけど……図らずも三人揃って女の子の一番大切なものを差し出す光景を想像してしまう。
男なら誰しも一度は妄想したことのある究極の選択。
一人なんて選べるわけがないよな!
「さすがにそれはやめた方が……」
「なに? 同じものでも夏鈴の方がいいって言うの?」
「いや、そういうわけじゃないだけど……同じものでも同じものじゃないっていうか、むしろみんな違うからいいっていうか、できれば選ばず全部欲しいっていうか」
こっそり本音を漏らしかける俺を見て悠香は首を傾げる。
「まぁでも、みんなから同じものを貰っても凛久が困るよね」
「そ、そうだな。めちゃくちゃ困っちゃうな」
渋々ながら提案を取り下げてくれてひと安心。
嬉しいような残念なような複雑な心境はさておき。
「りっくんの言う通り個人的にお祝いしてあげようとも思ったんだけど、こんな状況だからこそ、みんなでお祝いしてあげる方が気晴らしにもなると思って」
これは夏鈴なりに気遣っての提案なんだろう。
みんなの前で俺の誕生日の話をしたのも、それを聞いた悠香が嫉妬するのも、悠香をわざとらしく煽ったのも計算で、全ては俺たちを元気づけるため。
さすが猫まみれのムードメーカー。
こんな時も気遣いを忘れないのが夏鈴らしい。
「どうする? ダメならりっくんの家で二人きりでお祝いするけど」
「みんな一緒に猫まみれでお祝いする。抜け駆けはダメ絶対!」
「莉乃さんも、それでいいですか?」
「はい。そうしましょう」
状況が状況だけど、みんな一緒なら大丈夫だろう。
こうして二月十四日は猫まみれで俺の誕生日パーティーをすることに決定。
夏鈴の意見に乗っかるわけじゃないけど、俺もずっと気にしていたというか、タイミングを見計らっていたことがあるからちょうどいい機会だと思った。




