19話 四ノ宮樹
初日のアルバイトを終えた後。
俺たちはバスで猫まみれに戻ってきていた。
店内の掛け時計で時間を確認すると十八時過ぎ。当初はアルバイトが終わったら直帰する予定だったんだけど、事情が事情だけに急遽猫まみれで話をすることに。
それは俺ではなく莉乃さんから提案だった。
「「「「…………」」」」
だけど、かれこれ席に着いて十分ほど無言の状況。
どう切り出そうか言葉を探していると。
「あ、あたしお茶淹れるね!」
無言に耐えかねた夏鈴が立ち上がる。
「わたしに淹れさせてください」
「あ……じゃあ、お願いします」
夏鈴は座り、代わりに莉乃さんがキッチンへ。
待っている間、俺はあの後のことを思い出す——。
「「「婚約者——!?」」」
さすがに大きな声を上げたせいだろう。
俺たちに気づいた彼が視線を向けてきた。
「莉乃さん、この方たちは?」
「わたしのお友達です」
すると彼は笑みを浮かべて頭を下げる。
「はじめまして。僕はこの神社の宮司の息子で四ノ宮樹です。うちの神社のアルバイトに応募してくれてありがとうございます。関係者の一人として感謝します」
初めて会った時にも感じた圧倒的な爽やかさ。
誰もが口を揃えて好青年だと言うほどに整った容姿と雰囲気。
だけど、どうだろう……こうして会うのが二回目だからか、以前とは少しだけ違う印象を受ける。例えるなら、自然すぎるが故に不自然さを覚えるような感じ。
失礼だとは思うけど、爽やかすぎて逆に嘘臭い。
「残りの期間もよろしくお願いします」
四ノ宮さんはお辞儀をしてから莉乃さんに向き直る。
すると『プレゼントです』と言って紙袋を差し出した。
「改めて、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
プレゼントを受け取りながら笑みを浮かべる莉乃さん。
気のせいだろうか……なんとなく莉乃さんがよそよそしく見える。
「ご足労いただいたのに申し訳ありませんが、ちょうどアルバイトの終了時刻です。今日はお友達と来ているので、このあたりで失礼させていただきます」
莉乃さんは早々に話を切り上げる。
決して失礼な態度をとっているわけじゃないんだけど、わざわざ誕生日にプレゼントを持ってきてくれた婚約者に対する態度としては莉乃さんらくしない。
なんて思っていると四ノ宮さんが俺に視線を向けていた。
「君とは、どこかで会ったような気が……」
「はい。先日、猫まみれで」
「ああ、あの時の——」
四ノ宮さんは思い出すように笑みを浮かべる。
「先日は名前も名乗らず失礼しました。その後、猫まみれの再建は順調ですか?」
「はい——と言いたいところですが、水回りでトラブルがありまして。修理費用を稼ぐために、こうしてアルバイトをさせてもらっているんです」
「そうですか……うちの神社は年末年始に限らず、繁忙期になると短期のアルバイトを募集しています。今後も働きたい時は相談してもらえれば口を利きますよ」
「ありがとうございます。その時はお世話になりなります」
「みなさん、行きましょう」
莉乃さんは急かすように俺たちを促す。
「そうだ、お名前を聞いてもいいですか?」
「天崎凛久です」
「天崎……凛久?」
名乗ると同時、四ノ宮さん表情に亀裂が入る。
だけど見間違いか……次の瞬間には元の笑顔に戻っていた。
——これが、四ノ宮さんが現れてからの全て。
「お茶が入りました」
莉乃さんはみんなにお茶を配ると俺の隣に腰を下す。
淹れたてのお茶で暖まると、少しだけ動揺が落ち着いた気がした。
「どこからお話をするべきでしょうか……」
莉乃さんはお茶に視線を落としてぽつりと零す。
小さく息を吐くと、呟くようにゆっくりと話し始めた。
「すでにご存じの通り、彼の名前は四ノ宮樹。春名神社で宮司を務める家系の一人息子であり、わたしより一つ年上の幼馴染であり……婚約者です」
婚約者——。
改めて聞いた瞬間、胸を襲ったのは驚きではなく痛みだった。
「恋人とか彼氏ではなく……ですか?」
夏鈴の問いに小さく頷く莉乃さん。
「春名町に代々続く由緒正しき四ノ宮家と、美里町の地主である七々咲家とは古くから親交があり、両家の仲は本当の家族と言っても過言ではないほどに良好だったんです」
すると、ゆっくりと四ノ宮さんとの関係を語り始める。
「そんな両家の願いは、本当の家族になることでした。どちらが話を持ち掛けるわけでもなく、お互いの子供を結婚させて家族になりたいと思っていたんです。ですが親の代も祖父の代も、その前も——ずっと両家に生まれる子供は同性同士でした」
そこまで話を聞いてなんとなく察した。
叶わない願いは、いつしか希望から切望へと変わる。
「やがて両家は『お互いの子供が異性だった時は結婚させよう』と誓いにも似た約束交わします。そして十七年前、両家に初めて異性の子供が生まれました」
それが四ノ宮さんと莉乃さんだった。
つまり、正確には婚約者というよりも許嫁だろう。
親や家族などの第三者によって幼い頃から結婚の約束をさせられた相手を指す許嫁で、お互いに好意があって付き合った末に将来を約束した婚約者ではない。
近しい意味とはいえ、そこには明確な違いがある。
恋愛感情があるかないかという違いが。
「とはいえ、今はまだ仮の関係です。樹君の十八歳の誕生日である来年の三月十四日に両家が揃って会食を行い、その場で正式に婚約する手はずになっています」
三月十四日——わずか二ヵ月半後の話。
「莉乃さんは……四ノ宮さんのことが好きなんですか?」
それも俺が最も聞きたいと思っていたこと。
まるで俺の代わりに悠香は尋ねる。
「これは何代にも渡り家族が願い続けたこと。わたしの想いは関係ありません——なんて言うと、みなさんは時代錯誤と非難されるかもしれませんが、今でもこういった風習が残る地域があるのも事実。両家の家族全員が幸せになるためなんです」
「「…………」」
今時の女子高生の二人が理解できなのは仕方がない。
なにか言いたそうな表情を浮かべながらも口を噤む。
「お騒がせしてしまい申し訳ありません。疲れている時に話を聞いていただきありがとうございました。みなさん思うところもあると思いますが、お話は以上です」
莉乃さんは『明日も頑張りましょう』と言って猫まみれを後にする。
残された俺たちは、しばらく無言でその場に残り続けた。
*
その日の夜、時計の針が日を跨いだ頃。
今日も仕事なのに、俺はベッドの上で寝返りを繰り返していた。
眠れない理由は言うまでもなく、莉乃さんの告白が衝撃的だったから。
「婚約者……か」
正直、驚いた。
いや……驚きとは少し違う。
四ノ宮さんから聞いた時はシンプルに驚いたけど……莉乃さんの口から聞かされた時は驚きではなく胸が痛み、喪失感にも似た別の感情が湧き上がっていた。
それが今もこうして俺の胸をモヤつかせ続けている。
初めて抱くこの感情がなんなのかはわからない。
胸に手を当てて自分の想いと向き合ってみる。
「まさか……俺はまだ莉乃さんのことが好きなのか?」
……いや、違う。
悠香や夏鈴と同じく、俺の莉乃さんへの想いは過去形だ。
四年という月日を経て思いに決着をつけてしまった今、あの頃の莉乃さんへの淡い恋心を覚えてはいても、寂しさを覚えるほどに当時の熱量はなくなっている。
自分でも嫌になるほど過ぎ去りし思い出になっている。
心の整理がついた今、唯一残っているのは疑問だけ。
——もう、りっちゃんとは一緒にいられません。
あの日、莉乃さんから拒絶された理由はわからない。
でも、今回覚えた感情はあの時の喪失感とも少し違う気がする。
わからない……いくら考えても答えは見つからず思考の無限ループに落ちていく。
しばらく考え続け、考え疲れた頃、気づけば眠りに落ちていた。
翌日、俺たちは予定通りアルバイトに精を出した。
二日目になると要領を得て効率よく動けるからか初日ほど疲れもせず、むしろ仕事を楽しむ余裕すらでき、その勢いで三日目も一気に駆け抜ける。
こうして残業代も込みで三十万円を超えるバイト代を稼いだ俺たち。
水回りのリフォーム費用を稼げて嬉しい反面、莉乃さんと四ノ宮さんの関係について考える度に言葉にし難い感情に苛まれ続けた。




