14話 初詣
そして迎えた元旦、アルバイト当日。
夜明けにはまだ早い朝五時半を過ぎた頃。
俺たちは猫まみれの近くにあるバスの営業所で待ち合わせしていた。
アルバイトは八時からなのに、なんでこんなに早く向かっているかというと、せっかくだから仕事の前にみんなで初詣をしようという話になったから。
自宅が近い莉乃さんが最初に着いて、続いて俺が到着。
一緒に悠香と夏鈴と菫さんが来るのを待っている。
「今朝は一段と冷えますね」
莉乃さんの吐く白い息が暗闇に滲む。
「そうですね。でも、莉乃さんのくれたマフラーがあるから大丈夫です」
「わたしも……りっちゃんのくれた手袋があるから暖かいです」
穏やかに微笑みながら手を頬に添える莉乃さん。
俺も釣られて首元のマフラーに手を添える。
「それにしても、お互いのプレゼントが当たった時は驚きましたね」
「はい。当たってほしいと願ってはいましたけど、まさか本当に当たるなんて思いませんでした。悠香さんではありませんが、一生分の運を使った気分です」
そこまで言ってもらえると送った側としてもすごく嬉しい。
こうして喜べるのも一緒に選んだのが悠香と夏鈴にバレなかったおかげ。
「あの時、莉乃さんが俺の意図を察してくれて助かりました。二人にバレてたら今頃どうなっていたことか……年末のトラブルは水回りだけで充分ですよ」
俺の冗談に莉乃さんは口元を押さえて小さく笑う。
「りっちゃんの気持ちは昔からお見通しです。だてにお姉さんしていません」
すると珍しく莉乃さんも冗談を交えて返してきた。
遠慮気味に、でも胸を張ってドヤ顔を浮かべる姿が可愛らしい。
莉乃さんの言う通り、昔から莉乃さんには隠し事ができなかったよなと思うと同時にふと思う——本当にお見通しだとしたら、俺の好意もバレていたんだろうか?
そう思った瞬間、動揺のあまり心臓が小さく跳ねる。
莉乃さんに目を向けると夜空の星を眺めながら微笑んでいた。
「……どうかしましたか?」
「あ、いや——」
俺の視線に気づいた莉乃さんは不思議そうに首を傾げる。
動揺しているのがバレないように慌てて言い訳を考えていると、莉乃さんに向けている視線の先に並んで歩く悠香と夏鈴と莉乃さんの姿を見つけた。
「悠香たちも着いたみたいですね。おーい!」
わざとらしく手を振って三人を出迎える。
こうして再建メンバーと新年初の顔合わせ。
「「「「「あけましておめでとうございます!」」」」」
声を揃えて『今年もよろしくお願いします』と新年のご挨拶。
「みんな一緒に来たのか?」
「うん。菫さんが車で家まで迎えに来てくれたの」
「寒くて自転車はきついから、お言葉に甘えちゃった♪」
「こんな時間に未成年と出掛ける以上、保護者代わりは務めるさ」
「へぇ……まるで教師みたいな台詞ですね」
「まるでもなにも私は教師だ!」
だったら授業中にマッチングアプリはしないでほしい。
教室に来るなり『イケメンとマッチングしたから今日は自習だ!』と言い放ち、授業をサボってやり取りしているのがバレて校長先生に怒られた人の台詞じゃない。
ちなみに菫さんは初詣だけで巫女のアルバイトには不参加。
本人はやりたがったんだけど『巫女の姿で参拝客の中からイケメンをゲットだぜ!』なんて罰当たりにもほどがある理由だったから全力でとめた。
そもそも公務員は原則副業禁止。
そういうのは新しい彼氏とのプレイだけにしてくださいと煽ったら『つまり誰とも結ばれなかったら凛久が相手をしてくれるということか?』と煽り返された。
マジで吐きそう……勘弁してください。
「さぁ、行こうか」
そうこうしいているうちに臨時バスの出発時刻。
他の乗客と一緒にバスに乗り込んで停留所を後にする俺たち。
暗闇の中、十分も走ると次第に山道へと差し掛かり、バスがギリギリすれ違えるくらいの狭い道を登っていくこと三十分、最寄りのバス停に到着してバスを降りる。
神社に向かう道は初詣に来た人の姿でいっぱいだった。
「ていうか……めっちゃ寒くない!?」
バスを降りた直後、夏鈴が自分の腕を抱きながら声を上げる。
それもそのはず、神社は標高九百メートルの位置にあるから平地よりも五度くらい気温が低い。その証拠にスマホの天気アプリで気温を確認するとマイナス八度。
吐く息は真っ白で、頬を刺すような寒さに口が動かしにくい。
まだ陽が昇っていないから体感的にはもっと寒く感じる。
「ねぇ、りっくん。ちょっとポケット借りていい?」
「ポケット? 借りるって、どうやって——」
「えい♪」
俺が尋ねるより早く夏鈴は俺の右手を握る。
そのまま俺の上着のポケットに手を入れて身を寄せてきた。
「ちょ、夏鈴、さすがにみんなの前では……」
「えへへ。りっくんの手……あったかいねー♪」
周りの目を気にするどころか見せつけるように甘えてくる。
当然、それを見ていた悠香が黙っているはずがない。
「凛久、私も手が冷たいな」
「いや、ちょっと待ってくれ——」
なんて言って待ってくれるはずもない。
今度は悠香が俺の左手を握りポケットに手を入れてきた。
「ちょっと悠香、真似しないでよ!」
「別に真似しちゃダメって決まりはないでしょ!」
年明け早々に始まる毎度お馴染みキャットファイト。
初詣で神様に『今年は二人が仲良くしてくれますように』とお願いしようと思っていたのに願う間もなく破られた……ていうか歩きにくいからやめてほしい。
それもこれも寒さが原因だっていうなら考えがある。
「途中にある休み処で温かい物でも食べていくか」
「凛久、詳しいんだね。来たことあるの?」
「ああ。小さい頃に家族で来てたんだ」
あれは……まだ小学校に上がる前だったと思う。
母親が亡くなる前——毎年お正月になると家族三人で春名神社に足を運び、参拝を済ませた後に休み処で温かい物を食べるのが我が家の恒例行事になっていた。
当時幼かった俺が覚えている数少ない母親との思い出の一つ。
久しぶりに来たからか、少しずつ記憶が蘇ってくる。
「うろ覚えだけど……味噌おでんがあったと思う」
「味噌おでん——!?」
寒さでしょんぼりしていた夏鈴の顔に笑顔が戻る。
「ああ……そういえばあったな。あと甘酒も」
そんな夏鈴の隣で菫さんが懐かしそうに呟いた。
正確には懐かしそうというより切なそう。
「菫さんも来たことがあるんですか?」
「なにを隠そう、元彼の浮気現場を目撃したのがここだった」
「うわぁ……」
聞かなきゃよかったと後悔した時にはもう遅い。
菫さんは新年早々、乾いた笑みを浮かべて夜空を見上げる。
「大学を卒業後、あいつが就職で他県の配属になり遠距離恋愛になったのは前に話した通り。何度会いに行くと言っても忙しいの一点張りだったんだが、年末に帰省するから一緒に初詣に行こうと誘われたんだ。実に九ヶ月ぶりの再会——喜びのあまり、あいつ好みの下着を新調したというのに……直前でドタキャンされたんだ!」
今までの元彼話から察するに、そんなことだろうと思ったよ。
「ところがどっこい、仕方がないと諦めて一人で初詣に来たら……浮気相手の小娘とイチャイチャしながら参拝している姿を目撃し、あろうことかバカップルよろしく休み処で味噌おでんを『あーん♡』ってしながら食べさせ合っていたんだ!」
悲惨すぎて慰めの言葉が浮かばない。
「私に会えないと言い続けていたのも初詣をドタキャンしたのも、全ては浮気をしていたからだった。その後はショックのあまり、どうやって帰ったのかも覚えていない……唯一覚えているのは、放心状態で引いたおみくじが大凶だったことだけだ」
「「「…………」」」
これほど泣きっ面に蜂という言葉が相応しい出来事も稀。
新年のめでたい空気から一転してお通夜状態。
俺と悠香と莉乃さんが絶句する中。
「そんなクズ彼氏のことなんて早く忘れましょ!」
相変わらずハイテンションの夏鈴が菫さんを慰める。
「むしろ早い段階で最低な奴だとわかってよかったですよ。中には十年も付き合ってから浮気されてたって気づくケースもあるわけですし、もしそんなことになってたら目も当てられないです。女性の十年を奪った罪は万死に値します!」
夏鈴の言うこと激しく同意。
世の男性諸君には肝に銘じてもらいたい。
「失恋のショックやストレスはやけ食いして発散するのが一番です。休み処でイチャついているカップルの分まで味噌おでんを食べ尽くしてやりましょう!」
「そうだな……ついでに甘酒の一滴たりとも分けてはやらん!」
得てして失恋した女性は落ち込んだ後、やけ食いをして忘れがちと聞くけど、これじゃストレス発散というよりも周りのカップルたちへの八つ当たり。
「菫さん、早く行きましょう!」
「売り切れる前に急げ!」
夏鈴は俺のポケットから手を出し、菫さんと一緒に先陣を切った。




