13話 夏鈴の秘策
「えっ——ちょ、なにこれ!?」
突然、夏鈴の悲鳴にも似た声が店内に響く。
急いでキッチンへ行き、思わず目を疑った。
「な、なんだこれ……」
思わず疑問の言葉が口から漏れる。
なにが起きているのかすぐに理解できない。
なぜなら、水道の蛇口から茶色い水が溢れ出ていたから。
「とりあえず水をとめないと!」
「そ、そうだよね!」
慌てて蛇口を捻り水をとめる夏鈴。
キッチンは泥水でもぶちまけたように汚れていた。
「「「…………」」」
衝撃的な光景に言葉を失くす俺と夏鈴と莉乃さん。
「凛久、大変——!」
すると今度はトイレの方から悠香の声が響く。
急いで駆け付けると、案の定トイレの水も茶色く濁っていた。
誰もが困惑する中、先日手を洗おうとし際、水の出が悪く不思議に思う俺に対して悠香が『最近少し出が悪い時があるの』と言っていたことを思い出す。
夏鈴も『しばらく流しっぱなしにしてると直るんだよね』と言っていた。
「凛久——?」
俺はキッチンに戻って蛇口を開けなおす。
夏鈴の言う通り水を流していれば綺麗な水に戻るかもしれないと思ったんだけど、しばらくしても汚れは収まらず、最後には詰まるような感じにとまってしまった。
「最悪だ……」
そう零さずにはいられない。
水の出が悪いと知った時、なにかしら水道管に異常が起きているんじゃないかと思っていた。今後も続くようなら業者に診てもらうおうと思っていた矢先の出来事。
まさか年の瀬、最後の最後にこんなことが起きるなんて……。
いや、今は嘆いている場合じゃない。
この茶色い汚れの正体は——。
「この匂い……もしかしてサビ?」
悠香が気づいた通り、この独特の鉄臭さは赤サビで間違いない。
「おそらく水道管に溜まっていたんだろうな。なにしろ築百年を超える古民家だし、水道管が老朽化していて当然。最近水の出が悪かったのもサビの影響だと思う」
そう答えながらスマホで調べてみる。
すると俺の想像を肯定するような情報が次々に表示される。
老朽化した水道管から赤サビが出ることは決して珍しいことではなく、しばらく水を流していれば解消することもあるらしいけどダメなら交換が必要。
仮に飲んでも人体への影響はほとんどないとされているが、継続的に飲めばお腹を壊すこともあるため、長期間の摂取は避けるべきとも書かれていた。
「人体に影響がないとしても……」
「喫茶店をやる以上……アウトだよね」
悠香と夏鈴が心配する通り。
保健所から飲食店の営業許可が下りないだろう。
そもそも水が出ないようじゃ今後の再建活動にも支障が出る。
「年が明けたらはリフォームを始めようって話したばかりだけど、その前に水回りの修理が先決だな。さすがに水回りは素人がどうこうできるものじゃないから、水道業者に頼まないといけないけど……」
「費用がかさみそうですか?」
莉乃さんは俺の様子から察したんだろう。
ついでに調べてみると信じがたい金額が書いてあった。
「実際に見積もりしてもらわないとなんとも言えませんが数十万。水道管の一部で済めばまだしも、全交換となれば相当な出費だと思います。できることなら必要最低限の修理で済ませたいところですけど……全部やった方がいいでしょうね」
「妥協して、また問題が再発したら元も子もないもんね」
「夏鈴さんの言う通り、わたしもそう思います」
となると、やっぱり先立つものはお金。
さすがに俺の貯金だけじゃどうにもならない。
「「「「…………」」」」
まさに天国から地獄とはこのこと。
アンデスの協力を得られる目途が立ち、リフォームの話も済んで気持ちよく年越しできると思っていたのに……さっきまでのパーティー気分が嘘みたいに醒めていく。
「なにか割のいいアルバイトでもあればいいんだけど……」
そんな都合のいい仕事があればリフォーム費用で悩んじゃいない。
わかってはいるけど藁にも縋る思いで呟いた時だった。
「……ふっふっふ♪」
不意に妙な笑い声が聞こえて顔を上げる。
すると夏鈴が不敵な笑みを浮かべていた。
「夏鈴……どうかしたのか?」
「割りのいいバイトならあるんだよねぇ♪」
まさかの一言、夏鈴は腕組みしながらドヤ顔をしてみせる。
「実はね、冬休みに短期バイトを申し込んであるの。あたしは勉強もあるから長期のアルバイトは無理だけど、休み中に短期ならできると思って前から探してたんだ」
夏鈴は『いずれお金が必要なのはわかってたしね♪』と付け加える。
思えばアルバイトの話をした時、いつもなら夏鈴が真っ先に一緒にやると言ってきそうなのに黙っていたのは、こっそり働いて驚かそうと思っていたからだろう。
先を見越して行動しているあたりが夏鈴らしい。
「それで、どんなアルバイトなんだ?」
「神社で巫女のアルバイト♪」
「「「巫女!?」」」
まさかのアルバイトに驚く俺たち。
「みんな、春名神社は知ってるでしょ?」
「ああ。そりゃもちろん」
春名神社とは、美里町の隣町である春名町にある神社。
春名町は美里町と同じように、かつては群馬県内にある市町村の一つだったんだけど平成の大合併の際に美里町と一緒に花崎市に吸収合併された町。
そんな町が誇る群馬県を代表する神社の一つ。
「そこで年始に巫女のアルバイトを募集してるの。みんなもやりたいなら一緒に働けないか聞いてみるよ。アルバイト代は時給千五百円で朝八時から十七時までの実働八時間。年内に事前研修が二日あって、元旦から四日までの合計六日間。残業も少しあると思うから……四人で三十万円くらいは稼げると思う。めっちゃよくない?」
「「「さ、三十万——!?」」」
想像以上の金額に声をハモらせて驚く俺たち。
確かに、短期で稼ぐならこれ以上ない好条件だけど。
「巫女は女性の仕事だから、男の俺には無理じゃないか?」
「それなら大丈夫。男性もお守りの販売とか境内の掃除とかあるから」
「それならお願いしたいけど……今から頼んで働かせてもらえるのか?」
「応募はもう締め切ってるけど交渉次第じゃないかな? 三が日は猫の手も借りたいくらい忙しいって言ってたし、友達も一緒の方が神社にとってメリットがあるって伝えられれば大丈夫っしょ。むしろお願いしますくらい言わせてみる♪」
とてもじゃないけど働かせてもらう側の物言いじゃない。
でも夏鈴なら本当に言わせてしまいそう。
「悠香と莉乃さんもいいよね?」
「うん。一度でいいから巫女の服を着てみたかったの!」
憧れに瞳を輝かせる悠香とは対照的に。
「春名神社、ですか……」
なぜか莉乃さんは浮かない表情を浮かべる。
なにか心配事でもあるように視線を伏せていた。
「もしかして、年始は都合が悪いですか?」
「いえ……もちろん、わたしも参加します」
そう言って莉乃さんはいつものように微笑みを浮かべる。
だけど、その表情にわずかに影を落としているのは気のせいじゃない。
「じゃあ明日、神社に連絡してお願いしてみるね!」
こうしてトラブルが起こりつつもクリスマスパーティーは終了。
菫さんのことをすっかり忘れ、放置したまま猫まみれを後にした。
翌日、夏鈴から『みんなも一緒に働けることになったよ!』と連絡があった。
夏鈴が言っていた通り募集は締め切っていたんだけど、持ち前の交渉力で怒涛の如く売り込んだ結果、熱意に押された担当者が快くオーケーしてくれたとか。
しかも本当に『是非お願いしたい!』と言わせたらしい。
いやいや……さすがに交渉力がおばけすぎる。
改めて夏鈴の人を巻き込む魅力を実感しながら思う。
——夏鈴の交渉力は、この先も猫まみれの武器になると。
そんなわけで数日後、春名神社で研修を受けた俺たち。
他のアルバイトの人たちと一緒に境内の案内を受けたり、参拝客への対応について教えてもらったり、巫女としての心得や業務内容について指導を受けたり。
こうして無事に研修を終え、当日を迎えるだけとなったんだけど……費用の目途がついた喜び半分、莉乃さんの見せた表情が頭から離れなかった。




