7話 溢れる本音
——そんなわけで、莉乃さんと猫の相思相愛っぷりは才能。
たぶん前世は猫か、猫の神様ことバステトだと思う。
「りっちゃん、どうかしましたか?」
思い出に浸るあまり笑っていたせいだろう。
莉乃さんが猫を撫でながら不思議そうに首を傾げる。
「二人で子猫を保護した時のことを思い出してたんです」
「ありましたね。そんなことも」
「猫と戯れている莉乃さんの姿を見て思い出したのもあるんですけど、あの時みたいに莉乃さんと二人になる機会は少ないので、なんだか少し懐かしい気分です」
「こうして二人きりになるのは、海浜公園の観覧車以来ですね……」
莉乃さんは儚げな表情を浮かべながらぽつりと零す。
瞬間、莉乃さんの言った言葉が頭をよぎる。
——あの日、りっちゃんに言ったことを……今でも悔やんでいます。
夏休み、みんなで二泊三日の海水浴旅行に行った時のこと。
海浜公園の観覧車に二人で乗っていた時に莉乃さんが言った言葉。
本心では元彼を引きずり続ける菫さんに、俺が『未練があってもいい』と声を掛けたのを聞いて、自分自身に向けられているように感じたと言って零した台詞。
それは、あの日突き付けられた拒絶の言葉の続き。
——もう、りっちゃんとは一緒にいられません。
——それは……りっちゃんのことが好きだからです。
当時、幼かった俺には理解も想像もできなかった言葉の意味。
知りたいと願いながらも叶うことなく離ればなれになり、再会してからもお互いに切り出すことはなく、今日の今日まで触れることができなかった話題。
もう真意を知ることはないと諦めていたのに訪れた機会。
あれ以来、ずっと聞きそびれたままだった。
「いつも四人で行動することが多いですし、りっちゃんの周りにはいつも悠香さんや夏鈴さんがいますから……今日は二人きりで過ごせて嬉しいです。できることなら、もっとりっちゃんと一緒に過ごす時間を増やしたいと思っています」
「ありがとうございます。なんだか嘘みたい——」
言いかけた瞬間、自分の軽率さに口を噤む。
莉乃さんの言葉を疑っているわけじゃないんだ。
過去のトラウマから悪意なく漏れただけ。
「嘘じゃありません!」
莉乃さんは弁明するように訴える。
「こうして何気ない時間を一緒に過ごせて本当に嬉しく思っていますし、お買い物に百貨店を選んだのも、りっちゃんと会えるかもしれないと思ったから——!?」
そこまで言いかけて今度は莉乃さんが言葉を飲み込む。
思わず口が滑って秘密を漏らしてしまった感じ。
その表情には気まずさが溢れていた。
「ど、どういう意味でしょう……?」
「ううっ……」
すると、莉乃さんは猫の中でもトップクラスの大きさを誇るノルウェージャンフォレストキャットのラテを軽々と抱き上げ、お腹に顔を埋めて深呼吸を繰り返す。
莉乃さんにとって猫の匂いは精神安定剤。
緊張している時や照れている時に猫を吸う癖がある。
本人曰く、猫の匂いには高いリラックス効果があるそうで、照れたり動揺したりしている時は猫のお腹に顔をうずめて深呼吸。一発キメると落ち着くらしい。
つまり今の莉乃さんは動揺しているということ?
「すうううぅ……はあああぁ……」
傍にいる猫たちをわんこそばよろしくお代わりしまくる莉乃さん。
さすがに吸いすぎじゃないかと心配していると、観念したのか、猫のお腹に顔を埋めたまま横目でチラ見。その顔は誤魔化しようがないくらい真っ赤だった。
「実は……朝から百貨店の前で張っていたんです」
莉乃さんは観念した様子で続ける。
「りっちゃんは悠香さんや夏鈴さんに会わないようショッピングモールを避けるはず。そうだとすれば、行き先は百貨店をおいて他にはないと思いました」
それは出会ってすぐに話した通り大正解なんだけど。
「じゃあ……俺と一緒に買い物をするために?」
「本当にごめんなさい……」
「マジですか……」
まさかのカミングアウトに驚きを隠せない。
花崎市は田舎の地方都市だから、市内でプレゼントを探すとなればショッピングモールか百貨店、もしくは駅に直結しているビルのショッピングエリアくらい。
俺が買いに行く日を知っていたとしても会えない可能性の方が高い。
ダメで元々とはいえ大胆すぎる。
「もしかして、いつもと雰囲気が違うのも?」
「はい……もし会えたら、りっちゃんと初めてのお出かけです。りっちゃんの隣に並んで恥ずかしくない服装にしようと悩んでいたら、気づけば朝になっていました」
驚愕の事実が追加されて思わず絶句。
百貨店で会ったのが偶然じゃなかったことも、行動パターンが読まれていたことも、なんなら莉乃さんに若干のストーカー気質があったことも驚きを隠せない。
だけど一番の驚きは、普段の莉乃さんからは想像できない行動力。
ばったり会った時、驚く俺とは対照的に妙に落ち着いた様子だったから気にはなっていたんだけど……そういうことだったのか。
「正直に言うと……アクセサリーショップで嬉しそうにしていたのも、店員さんからりっちゃんの彼女だと思われたのが嬉しくて舞い上がっていたからです」
仕舞には聞いていないことまで白状し始める莉乃さん。
それは俺も少し気分がよかったからなにも言えない。
「待ち伏せした挙句、彼女面するような女は重いですよね……」
「そんなことありません」
確かに興味のない人にされたら重いというかマジで怖い。
だけど仲良くしている女の子が自分と一緒に過ごしたくて待ってくれていたと聞いて嫌悪感を抱く男はいないと思うし、彼女面されるのだってまんざらでもない。
むしろ健気な人だと好感を抱くだろう。
事実、俺は嬉しいと思っている。
「でも、それなら誘ってくれてもよかったのに」
「お誘いしようと思ったんですけど……いつ行くかを聞くのが精一杯でした」
「ああ……」
あれは莉乃さんなりのお誘いだったらしい。
きっと勇気を振り絞って聞いてくれたのに察しが悪くて申し訳ない。
「それに……私に男の人を誘う勇気なんてありません」
こうしている最中も猫を吸い続けている莉乃さんを見て笑みが零れる。
朝まで一睡もせずに洋服を悩み続けたり、会えるとは限らないのに百貨店の前で待ち伏せしたりする行動力はあるのに、出かけようと誘う勇気はないらしい。
まぁでも、その奥ゆかしさも莉乃さんらしいと思う。
「次からは遠慮なく——莉乃さん?」
誘ってくださいと言い掛けた時だった。
「あはっ♪」
「……あはっ?」
幻聴だろうか?
妙にお茶目な声が個室に響いた気がした。




