6話 猫カフェと昔話
一緒にプレゼントを選び始めて一時間後。
「さぁ、帰りましょう」
無事にプレゼントを買った俺たちは百貨店を後にしていた。
もっと時間が掛かると思っていたけど莉乃さんのおかげで早く済み、冬とはいえ日が落ちるにはまだ早く、今から帰るにしては少し名残惜しくもある時間帯。
とはいえ用事もなくバス停に向かって歩き出した時だった。
「——ん?」
不意に背中を引っ張られて立ちどまる。
振り返ると莉乃さんが俺の上着を摘まんでいた。
「どうかしましたか?」
「えっと……その、ですね……」
迷いのある言葉とは裏腹に指先に込められる強さ。
理由はともかく、まだ帰りたくという固い意思を感じる。
「どこか寄りたいところがあるなら付き合いますよ」
「本当ですか——!?」
察して声を掛けると弾けるように顔を上げる莉乃さん。
その瞳は遊園地に連れて行ってもらった子供みたいに輝いていた。
「つい先日、隣の商業ビルの中に新しい猫カフェができたそうなんです。この辺りまで足を運ぶ機会は少ないので、よかったら一緒に行きませんか?」
「猫カフェですか」
なるほど、そりゃ莉乃さんの意志が固いのも納得できる。
自他ともに認める無類の猫好きにして、猫を愛し猫からも愛されている莉乃さんにとって新しく猫カフェができたと聞いて足を運ばずにいられるはずもない。
それに俺も猫カフェは行ったことがないから興味あり。
「いいですね。ぜひご一緒します」
「ありがとうございます!」
そんなこんなで帰る前にちょっと寄り道。
向かったのは四階にある『猫茶屋にゃっほ』という猫カフェ。
スマホで調べてみると、ここには様々な種類の猫が二十五匹でお出迎え。
猫カフェとしては珍しく半個室になっているスペースがあり、一人で利用するのに抵抗がある人や、友達や恋人同士でゆっくり過ごしたい人におすすめらしい。
「楽しみですね」
「はい。楽しみです!」
珍しく前のめりの姿を前に思わず笑みが零れた。
本当、今日の莉乃さんは別人と思うほどにハイテンション。
誰しも好きな物や事に対して気分が上がるのは当然だし、普段は見せないオフの顔を持っているものだけど、ここまで違うと驚きを超えてちょっと楽しい。
特に普段は大人しく控えめだからギャップがすごい。
なんだか莉乃さんの新たな一面を垣間見た気分。
「ここですね!」
エレベーターを降りて右側に店舗を発見。
入り口に大きく張り出された猫の写真と『猫茶屋にゃっほ』の看板。
壁は全てガラス張りになっているため通路から猫たちの姿がよく見え、店舗の前で立ちどまり中を覗いている人たちの姿もある。
「りっちゃん、早く入りましょう!」
莉乃さんは待ちきれない様子で俺の袖を引っ張る。
さっそく受付を済ませ、女性店員さんの説明を聞いてからいざ入店。
案内されたのは部屋の中央にある半個室。胸の高さくらいの木材で仕切られた天井のないスペースで、広さは一畳半くらいのプライベート空間。
「では、こちらをご利用ください」
「ありがとうございます」
お姉さんにお礼を伝えて中へ入る。
腰を掛けると、思いのほか狭くてお互いの肩が触れる。
お互いの息遣いが聞こえる近さに緊張している俺とは対照的に、莉乃さんは個室内に置いてあった猫の写真が付いたプロフィールカードを楽しそうに眺めている。
気づけば一匹の猫が入り口から中を覗いていた。
「この子はラグドールのネムちゃんですね」
莉乃さんは慣れた様子でネムを誘う。
すると莉乃さんの膝に乗ってゴロゴロ言い出した。
「さすが莉乃さん、猫の扱いが上手ですね」
「ありがとうございます。でも、ラグドールは人懐っこくて甘えん坊な性格なので、わたしでなくても仲良くしやすい子なんですよ」
今まさに莉乃さんが解説した通り。
ネムは莉乃さんの膝を堪能すると俺のもとへやってくる。
胡坐をかいている俺の足の中にすっぽりと収まると、身体を丸めながらバイクのアイドリングよろしく爆音で喉を鳴らし始めた。
「か、かわいい……!」
「でしょう?」
子供の頃から猫まみれで猫と触れ合う機会は多かったけど、初対面でこの慣れ具合はかつてない。人馴れしているからだろうけど、それにしたって愛嬌がありすぎる。
感動を覚えていると個室内にぞろぞろ猫が集まり出す。
気づけば周りは猫だらけになっていた。
「……さすがですね」
「ふふっ。幸せです」
猫を愛でる莉乃さんを眺めながら思うこと。
ご覧の通り莉乃さんは猫を愛し猫に愛されているんだけど、その相思相愛っぷりは猫好きの一言では収まらず『才能』と言っても過言じゃないレベルだったりする。
その証拠に、以前こんなことがあった——。
*
「莉乃ちゃん、いる——!?」
ある日、猫まみれで作業をしていた時のこと。
一人の女性が妙に取り乱した様子で莉乃さんを訪ねてきた。
「どうかされましたか?」
「実は……近所で野良の子猫を見つけて保護しようと思ったんだけど、なかなか上手くいかなくて。警戒心が強いから人が近づくと逃げちゃうし、捕獲機もダメ。日に日に弱っていくのを見過ごすわけにいかないから、猫のアイドルの力を借りたいの」
「……猫のアイドル?」
真剣な会話の中に聞き慣れない単語が混ざる。
「わかりました。わたしに任せてください」
「……ありがとう!」
俺の疑問をよそに莉乃さんは迷うことなく引き受ける。
女性は猫の居場所を伝えると猫まみれを後にした。
「引き受けて大丈夫なんですか?」
「実はわたし、猫の保護が得意なんです」
胸の前で可愛らしくガッツポーズする莉乃さん。
莉乃さん曰く、これまで保護してきた猫は五十匹以上。
地元では『猫の捕獲に困ったら莉乃さんにお願いすれば確実!』と口コミが広がり、今では他の市町村の保護猫団体からも捕獲の依頼が飛び込んでくるほど。
なんでも保護団体から表彰されたこともあるらしい。
「結果、猫のアイドルという身に余るあだ名をいただきました」
「なるほど」
確かに莉乃さんは猫に愛されている。
とはいえ、どんな感じで捕獲するのか興味あり。
「では、今から探しに行きましょう」
せっかくだから俺も同行させてもらうことに。
そうして向かったのは、女性に教えてもらった古い空き家。
手分けして敷地内を探していると、倉庫の隅に置いてある毛布の隙間から顔を出している二匹の子猫を見つけた。
「莉乃さん、いました」
子猫を驚かせないように小声で莉乃さんを呼ぶ。
「では、さっそく始めましょう」
そう言って取り出したのはラップに包んだスルメの切り身。
ラップを剥ぐと、なんとも香ばしいスルメの香りが辺りに漂う。
なるほど、このスルメで子猫をおびき寄せる作戦か——と思ったんだけど、なぜか目の前の子猫を無視しスルメを掲げて上機嫌、ルンルンで鼻歌を歌い出す。
「ふふふん、ふん、ふ~ん♪」
「…………」
あっけにとられる俺と楽しそうな莉乃さん。
まるでなにかの儀式のようにスルメを天高く掲げながら歌っていると、辺りの物陰から次々と猫たちが姿を現して俺たちを取り囲み、その数ざっと二十匹以上。
まるでコンサート会場に集まるファンのように聞き惚れる猫たち。
なるほど、これはまごうことなき猫のアイドル。
なんて感心していると、莉乃さんは集まった猫たちにスルメを配給。
すると他の猫たちが莉乃さんと仲良くしているのを見てか、それともスルメの匂いに釣られてか、倉庫の奥で警戒していた子猫二匹がゆっくりと近づいてくる。
気づけばスルメを食べながら莉乃さんに甘える子猫たち。
「さぁ、連れて帰りましょう」
こうして無事に捕獲し、相談に来た女性に引き渡して保護は完了。
莉乃さんの不思議な特技を知られたし、綺麗な鼻歌も聞けたし、なにより無事に保護できてよかったけど……選曲が『猫踏んじゃった』だったのが少し異議あり。
できれば猫は踏まないであげてほしいと思った。




