3話 12月といえば
そんなこんなで夏休みから掃除を始めて四ヶ月。
途中、夏鈴のテスト勉強を優先していた時期もあったから実稼働としては三ヶ月に満たないものの、すでにキッチン&ホールと子供たちの遊び場だった座敷は完了。
長年の汚れや溜まった埃を落としたり、畳みを剥いで天日干ししたり。
なかなかに大変だったけど力を合わせ店舗部分は無事終了。
先週から進めている庭と物置小屋の掃除も今日中には終わる予定だし、残すは従業員が使っていた休憩室のみだけど、それも来週には終わるだろう。
予定は押したけど年内には終わりが見えていた。
「みなさん、お昼の準備ができましたよ」
作業に没頭し、気づけば時計の針が十三時を回った頃。
お昼の準備をしてくれていた莉乃さんの声が庭に響いた。
「ありがとうございます」
「先に手を洗ってきてくださいね」
作業の手をとめて悠香と夏鈴と一緒に洗面所へ向かう。
蛇口を捻り、ハンドソープを手に取って洗おうとした時だった。
「……あれ?」
いつもは勢いよく流れる水の出が微妙に悪い。
捻りが甘かったのかと思い蛇口に手を添えたけど全開だった。
「また調子が悪いみたいだね」
「また——?」
悠香が後ろから覗き込みながらため息を吐く。
「最近少し出が悪い時があるの。キッチンもそうだし、お手洗いもそう」
「しばらく流しっぱなしにしてると直るんだよね」
その口ぶりからすると夏鈴も気づいていたらしい。
「そうだったのか……知らなかったな」
そんな話をしているうちに再び勢いよく水が流れ出す。
まぁ猫まみれは築百年を超える古民家だし、あちこち不具合が出てもおかしくない。少し心配だけど、リフォームの時に水回りも確認した方がいかもしれない。
今は莉乃さんを待たせているから詳しい話はまた今度にしよう。
手を洗って戻ると、テーブルに作り立ての料理が並んでいた。
「「「おおぉ……」」」
三人揃って感嘆の声を上げながら席に着く。
今日の昼食は莉乃さんお得意の和食が中心のラインナップ。
俺の大好物の唐揚げはもちろん、夏鈴の好みに合わせた激甘の卵焼きに、ごはんのお供にぴったりの海苔の佃煮など、みんなの好みを全部取り入れたたおかずの数々。
他にもサラダや小鉢料理があり栄養バランスも完璧。
「すごく美味しそう!」
「もうお腹ペコペコ!」
悠香と夏鈴は待ちきれない様子で前のめり。
逸る気持ちを押さえながら瞳を輝かせる。
「どうぞ、召し上がれ」
「「「いただきます!」」」
みんな揃って手を合わせると一斉に箸を伸ばす。
それぞれ好きなおかずを口に運ぶと表情を緩ませる。
「この海苔の佃煮、塩味が絶妙でご飯三杯はいけそう!」
「こっちの卵焼きもめっちゃふわふわで甘くてヤバい!」
お腹が空いていた俺たちは会話もほどほどに食事を楽しむ。
目の前でもりもり食べている悠香と夏鈴は、口の中がいっぱいで声を上げられない代わりに顔芸よろしく表情豊かに美味しさを表現しているから面白すぎる。
もちろん、俺の大好きな唐揚げもめちゃくちゃ美味しい。
でも莉乃さんの作る料理は美味しいだけじゃない。
「なんていうか、すごく懐かしい味だよね……」
「おじいちゃんとおばあちゃんの料理を思い出す……」
悠香と夏鈴が目を細めながら零した通り。
おじいちゃんとおばあちゃんの実の孫で、幼い頃から二人の料理を食べてきた莉乃さんの作る料理には、その端々に猫まみれで食べていた料理の面影を感じる。
懐かしの味を口にしながらふと思う。
——猫まみれの味を再現できるのは莉乃さん以外にいない。
「少し気が早いですけど、猫まみれ料理長は莉乃さんで決定ですね」
「りっちゃんのご指名とあれば喜んでお引き受けします」
まだまだ先の見えない再建活動で唯一の決定事項。
それだけでも頼もしくて仕方がない。
「まだまだ莉乃さんには叶わないなぁ……」
「……本当、美味しさのレベルが違うよね」
羨ましそうに漏らしたのは悠香と夏鈴。
夏休み前くらいから莉乃さんから料理を教わり始めた二人。
それ以来、再建活動の時は三人が順番でお昼を作ってくれているんだけど、悠香と夏鈴が当番の時は莉乃先生がマンツーマンでお料理教室を実施している。
今日は莉乃さんが当番だから一人で作ってくれたんだけど。
「別に落ち込むようなことじゃないさ」
悠香と夏鈴が料理を教わり始めてまだ四ヶ月ちょっと。
俺が猫まみれに通っていた頃からおじいちゃんとおばあちゃんのお手伝いで料理もしていた莉乃さんと比べるのは、さすがに向上心の現れとはいえ無理がある。
一言で言うなら年季が違う。
「二人の料理も最初の頃に比べれば美味しくなったよ」
「りっちゃんの言う通りです。上達が早くて教え甲斐があります」
お世辞を言っているつもりはなく本心でそう思う。
少なくとも雑な料理しか作れない俺より上手。
「まだまだ、せめて莉乃さんくらい上手にならないと」
「そうね。来年の目標は莉乃さんに追いつくことよ!」
何事においても目標を高く持つのは素晴らしいことだし、羨ましく思うのは向上心の表れなんだろうけど……ぶっちゃけ向上心以外にも他意があり。
「もっと上手になって凛久の胃袋を掴まないと!」
「莉乃さんにりっくんを取られちゃう!」
「「…………」」
心の声が駄々漏れしている恋する乙女たち。
気まずさ全開、思わず苦笑いを浮かべる莉乃さん。
そういうのは当人のいないところで言ってもらいたい。
「まぁでも、無事年内に掃除が終わりそうでよかったですね!」
なんとか話題を変えようと隣に座る莉乃さんに話題を振る。
「そうですね。色々ありましたけど、このペースなら来週には終わると思います。最後にゴミをクリーンセンターに運ぶとしてもクリスマス前には終わるでしょう」
つまり、冬休みに入る前には全て終わる。
ふと安息を漏らした時だった。
「「クリスマス——?」」
箸を持つ悠香と夏鈴の手がぴたりととまる。
口元に運んだおかずではなく莉乃さんの言葉に食いついた。
「そうだよ……もうすぐクリスマス!」
「嘘……もうそんな時期だっけ?」
思い出したように声を上げる二人。
驚きというよりも焦りの色の方が濃く見える。
「どうしよう……再建活動が忙しくてすっかり忘れてた」
「あたしも、勉強と両立するのに必死で抜けちゃってた」
話が見えずに首を傾げる俺。
「準備って、なんの話だ?」
「「クリスマスパーティーに決まってるでしょ!」」
テーブルの向こうから身を乗り出す勢いで迫る二人。
なるほど、二人はクリスマスパーティーをする予定があるらしい。
誰とするかはさておき今から準備をするとなると焦る気持ちも理解できる。
「まぁ来週には掃除も終わるし、もしクリスマスの準備が間に合わなそうなら残りの作業は俺がするから休んでいいぞ。みんなにはいつも頑張ってもらってるしな」
まぁ俺一人でも年内には終わらせられるだろう。
なんて善意のつもりで言ったんだけど。
「ちょっと凛久、なんで他人事みたいに言うの?」
「りっくん、もしかしてクリスマスは先約ありな感じ?」
「いや、ないけど……え?」
そこまで言われてようやく気づく。
「まさか、ここでやるつもりか?」
「「もちろん!」」
二人曰く、クリスマスは猫まみれでパーティーをしようと相談していたらしい。
自分で言うのもなんだけど、二人のことだからどっちが俺と過ごすかで揉めそうなものだけど、予想を裏切り二人は休戦協定を結び四人で過ごすことを選んだらしい。
二人で俺を誘い合い、自分が選ばれなかった時のことを考えての結果。
それなのに二人揃って忘れていたんだから焦りもする。
ていうか、そういうのは早めに言っておいてほしい。
俺に予定があったらどうするつもりだったのか。
「でも、そうか……みんなでクリスマスパーティーか」
全然考えてなかったけど、案外いい機会かもしれない。
みんなには春からずっと再建活動を手伝ってもらっていたから、どこかのタイミングで慰労会というか、感謝を伝える場を設けたいと思っていたんだよな。
クリスマスパーティーと一緒にやるはありだろう。
「じゃあ、みんなの予定が空いてるならやろうか」
「「そうこなくっちゃ!」」
喜びのあまりハイタッチしてみせる悠香と夏鈴。
とてもライバル視し合っているとは思えない仲の良さ。
できることならずっと休戦協定を結んでいてほしいくらい。
「莉乃さんも大丈夫ですか?」
「もちろんです。ご一緒させてください」
そんなわけでクリスマスは猫まみれでパーティーの開催が決定。
「じゃあ、時間もないし準備の役割を決めよう」
「お料理はわたしに任せてください」
真っ先に申し出てくれたのは莉乃さん。
「私は店内の飾り付けをやるね。うちの倉庫に毎年使ってるクリスマスツリーと電飾のセットがあるから、お母さんにお願いして猫まみれに運んでもらおうかな」
「あたしはアンデスにケーキを頼めないか相談してみる」
「アンデスのケーキか……」
ふと最近考えていたことが頭をよぎった。
「アンデスのケーキじゃない方がいい感じ?」
「いや、そうじゃなくて……受け取りは俺に任せてもらえないか?」
「りっくんが当日ケーキを取りに行ってくれるってこと?」
「ああ。ご主人に相談したいことがあるんだ」
それは夏休みに再建のビジョンを共有して以来、ずっと考えていたこと。
猫まみれを子供も大人も自然と集まるような場所——『地域の懸け橋にする』というビジョンを実現する上で、絶対に欠かすことのできないピースのひとつ。
「わかった。あたしの方でお願いしておくね」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
こうしてクリスマス準備の役割分担が決定。
なに気に今から楽しみで仕方がなかった。




