1話 見知らぬ青年
夏鈴と恋の答え合わせを終えた一ヶ月後。
秋が過ぎ、日に日に寒さが増していく十二月上旬。
「……今朝は一段と冷え込みが激しいな」
週末の土曜日、俺はみんなより一足早く猫まみれに向かっていた。
春から始まった猫まみれの再建活動は夏休みが始まった頃に片付けを終え、それ以来ずっと掃除に明け暮れていたけど、ようやく終わりが見えてきたところ。
あと数日もあれば終わると思うんだけど。
「問題はこの寒さだよな……」
思わず上着の襟を立てて首元を風から守る。
こんなことなら早めにマフラーを買っておくべきだったなんて後悔はさておき、単純に寒くて作業に支障が出るのもあるけどもう一つ。
猫まみれは築百年を超える古民家を改修して作った喫茶店。
老朽化もあってあちこち隙間だらけなのもあるけど、古民家は湿度の高い日本の気候に対応するため風通しを重視した構造になっているから気密性がかなり低い。
夏は涼しい反面、冬は温まりにくくて店内の温度はほぼ外と同じ。
最近は一人早く来て薪ストーブに火を着けているんだけど、夏暑く冬は寒いというのは自然の摂理とはいえ、お店をやるにはさすがに不便すぎる。
「古民家らしさは残したいけど、もう少し快適に過ごせるようにしたいよな」
掃除が終われば次は建物全体のリフォームが待っている。
そのあたりも改善したいと思いながら歩いていると猫まみれに到着。
すると、庭の隅で誰かを威嚇している猫の姿があった。
「……わたあめ?」
玄関の前を通りすぎてわたあめの傍へ向かう。
わたあめは猫まみれが閉店して以来、莉乃さんの家で暮らしているんだけど、あげぱんたちと再会してから知らぬ間に家を抜け出して猫まみれに遊びに来てばかり。
莉乃さん曰く『それだけ猫まみれが好きなんでしょう』とのこと。
猫たちにとっても猫まみれは大切な場所なんだろう。
そんなほっこりエピソードはさておき。
「わたあめ、どうかしたのか?」
そっと抱っこして落ち着かせながら顔を上げる。
すると庭で建物を眺めている男の姿が目に留まった。
相手は俺に気づき、笑みを浮かべて頭を下げる。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
笑顔に釣られて反射的に挨拶を返す俺。
ぱっと見た感じ自分とそう変わらない年齢だと思う。
誰もがイケメンだと認めるだろう整った顔立ちに理想的な身長の高さとスタイル。なにより嘘みたいに爽やかな雰囲気を身に纏っている中世的な好青年。
同性からも異性からもモテそうな人だった。
「猫まみれになにか用ですか?」
「いえ。特に用あって来たわけじゃないんです。ただ、猫まみれを再建しようとしている人がいるって噂を聞いたので……もしかして、君がここの再建を?」
「はい。俺だけじゃなくて友達と一緒に」
「なるほど……」
なにやら納得したように呟く。
「あなたも猫まみれのお世話になっていたんですか?」
「いえ、僕は猫まみれとは無関係の人間です」
俺と歳の近い人が猫まみれに来るってことは、てっきり俺と同じく子供の頃にお世話になっていた人なのかと思ったけど……どうやらそういう感じではないらしい。
すると腕の中のわたあめが警戒の色を強める。
「わたあめ。ちょっと落ち着けって」
今にも腕の中から飛び出しそうなわたあめを必死に抑える。
温厚なわたあめがここまで警戒心を剥き出しにするなんて珍しい。
「すみません。普段は穏やかな性格なんですけど」
「大丈夫です。気にしないでください」
彼は爽やかな笑みを浮かべながらそう言って続ける。
「猫まみれは地元の人たちにとって大切な場所だったと伺っています。色々と大変なことも多いと思いますが頑張ってください。陰ながら応援しています」
「ありがとうございます」
差し出された手を握り返す。
「では、失礼します」
「あの——」
せめて名前だけでも聞こうと思って呼びとめる。
だけど、その後ろ姿は立ちどまることなく猫まみれを後にした。
「……誰だったんだろう」
落ち着きを取り戻したわたあめを見つめながら呟く。
無関係とは言っていたけど、あの人が猫まみれのことを知っているのは口ぶりからも明らか。だけど、どれだけ記憶を探っても俺には見覚えがない。
「まぁでも、特別不思議なことってわけでもないか」
猫まみれの再建を始めてから気づけば半年ちょっと。
最近はご近所さんたちに会うと『猫まみれの再建、頑張ってね』と応援の言葉を掛けられ、お菓子や飲み物の差し入れを貰うくらいには認知されている。
今回は若い人だったから不思議に思っただけでの話。
なんて思っていた時だった。




