第53話 伝えられなかった言葉
花火が終り、学園祭の終了と帰宅を促す校内放送が流れる中。
周りのカップルたちが帰った後も、俺たちは屋上に残っていた。
なぜなら、まだ話は終わっていないから——花火が始まったことで中途半端になってしまった話の続きを、お互いに話したいと思っていたから。
「でも、そっか……」
夏鈴は夜空を見上げながら話を切り出す。
「りっくんは『あの頃』あたしを好きだったんだね」
夏鈴は過去の出来事を確認するように口にした。
それは、夏鈴が言葉の文脈を正しく理解している証拠だろう。
俺がクラスメイトの前で言った『子供の頃、夏鈴のことが好きだった』という言葉——あの場にいた全員が、子供の頃から夏鈴のことを好きだったと捉えたはず。
彼氏のふりをしていたんだから、そう思って当然のこと。
だけど、夏鈴だけは過去の話だと理解していた。
「そういうことでしょ?」
今さら隠そうなんて思わない。
「ああ。俺は夏鈴のことが好き——だった」
言葉にした瞬間、苦い記憶から解放されるような感覚を覚えた。
あの日のことを謝り罪悪感が薄れたからか、想いを伝えられた達成感か、それとも後悔が晴れた安心感か……言葉にし難い感情で心が満たされていく。
「ヤバ……めっちゃ嬉しい……」
夏鈴は両手で口元を隠しながら呟く。
「あたしも……りっくんのことが好き!」
はにかみながら囁く愛は、何度も耳元で語られた言葉よりも甘く響いた。
「いつも独りで勉強してたあたしに声を掛けてくれた男の子。一緒に勉強してくれて、わからないところは教えてくれて、チョコをくれた、初めての男の子の友達……辛い時もあったけど、りっくんと一緒にいる時だけは楽しく過ごせた」
夏鈴の告白に当時を思い出しながら耳を傾ける。
そんなの俺だって同じだ……早くに母親を亡くし、悠香との恋に破れたと思っていた俺にとって、夏鈴と一緒にいる時だけは孤独を感じずにいられた
俺たちは二人でいることで寂しさを半分こにしていたんだと思う。
「あたしが、りっくんを好きになるのは当然だよね」
俺が夏鈴を好きになるのも当然だったと思うよ。
「あの頃のあたしは自分に自信がなくて、りっくんに告白しようなんて考えたこともなかった。そもそも、りっくんのことは大好きだったけど、友達としてなのか、一人の男の子としてなのかもよくわかってなかった。でも、今ならわかる」
悠香は想いを噛み締めるように呟く。
「あの頃の想いは間違いなく、あたしの初恋だったって」
そう語る表情は、見ている方が照れるくらいに恋する乙女だった。
「りっくんにとっては終わった恋かもしれないけど、あたしは今でもりっくんのことが好き。ううん……あの頃よりも、今のほうがもっと好き——」
夏鈴の真っすぐな瞳と想いが胸を貫く。
「あたしと……付き合ってもらえないかな?」
こうして、夏鈴と叶わなかった恋の答え合わせをしながら想うこと。
それは悠香の時と同じく、俺にとって夏鈴への想いは過去形だということ。
自分でも嫌になるほど、すでに過ぎ去りし思い出であり想いだった。
「夏鈴の気持ちは本当に嬉しく思ってる。夏鈴が自分の彼女だったら、きっと毎日楽しいだろうなって思ったことは一度や二度じゃない」
だけど、俺は六年かけて想いに決着をつけてしまった。
傷つけて失恋したと思い込んでいたが故に思い出にしてしまったんだ。
あの頃の夏鈴への淡い恋心は今も鮮明に覚えている。だけど、傷つけても失恋してもいなかったと知った今、悲しさを覚えるほどに当時の熱量はない。
幸か不幸か、心の整理はついてしまっていた。
「本当に、ごめん……」
謝罪の言葉が口から零れる。
「悠香からも告白されたから?」
「……なんで知ってるんだ?」
「二人を見てればわかるよ」
そんなにわかりやすい自覚はなかったんだけどな。
「悠香は関係ない。確かに悠香からも告白されたし、昔は悠香のことが好きだったけど、今でも好きとか付き合うとかはない。夏鈴と付き合えない理由とは関係ない」
「じゃあ、どうして?」
「俺には……もう一つ答え合わせをしたい恋が残ってる」
頭に浮かんだのは、拒絶の言葉を口にした莉乃さんの悲しそうな顔。
きっと俺は、全ての失恋に決着をつけないと前に進めないんだと思う。あれだけ失恋した理由を知るのを怖いと思っていたいのに、今ではそう思っている。
「だから、今は夏鈴の想いに応えることはできない」
「そっか……」
夏鈴は悲しそうに呟きながら視線を落とす。
だけど次の瞬間、一転していつもの笑みを浮かべた。
「でも、今は——だもんね。先のことはわからないけど、あたしにも可能性があるって思っていいんだよね?」
「まぁ……それはそうだけど」
「だったら、りっくんの中で答えが出るまで待つ。もちろん、ただ待ってるつもりはないよ。振り向いてもらえるようにアプローチしまくるから覚悟しておいてよね♪」
夏鈴はいつもの調子で俺の腕にしがみ付いてきた。
覚悟しておいてよね、か……。
今でもめちゃくちゃ積極的だから想像がつかない。
そのうちマジで夏鈴と既成事実を作りかねない気がした。
「最後に、一つだけ聞いていい?」
「ああ。なんだ?」
「昔のあたしと、今のあたし——どっちが好き?」
「もちろん、今の夏鈴の方が好きだよ」
「どうして?」
「勘違いさせた結果とはいえ、女の子が自分のために変わろうとしてくれたんだ。どっちの夏鈴も魅力的だと思うけど、その気持ちがすごく嬉しい」
「そっか……えへへ。嬉しい♪」
子供みたいに屈託のない笑みを浮かべる夏鈴。
「ありがとうな……こんな俺をずっと好きでいてくれて」
「あたしの方こそ、好きになってくれてありがとね♪」
こうして俺たちは六年の時を越えて想いを伝え合う。
ずっと抱え続けていた罪悪感が晴れたからだろう。
心に刺さり続けていた棘が、また一本抜けたような気がした。




