第52話 叶わなかった恋の答え合わせ
「だいぶ日が落ちるのが早くなったな」
「ほんと。ちょっと前までは明るかったのにね」
すでに太陽が沈み、わずかな残光が空を茜色に染める十七時頃。
学園祭の終わりには、PTAと地域住民の協賛で花火が打ち上げられるらしく、俺たちは見晴らしのいい場所で眺めようと二人で屋上に足を運んでいた。
「こんなにいい場所なのに思ったより人が少ないな」
他にも生徒がいると思いきや数組のカップルがいるくらい。
「実はね、最後に屋上を使っていいのも彼氏持ちの子だけなの」
「なるほど、そりゃ少ないわけだ」
いわゆるカップルシートみたいなものらしい。
お互いに邪魔しない距離を保っているのも暗黙の了解だろう。
俺たちは周りのカップルたちから離れたベンチに腰を掛ける。
時刻を確認すると花火の打ち上げ時刻まで十五分くらい。
涼しくなった夜風を浴びながらその時を待っていると。
「ねぇ……りっくん」
夏鈴が小さく呟いた。
辺りが暗く、俯く夏鈴の表情はよく見えない。
「一つ、聞いてもいい?」
だけど、その声音には固い決意が感じられた。
「あたしのこと……子供の頃、好きだったって本当?」
そう言って上げた顔には言葉で形容し難い表情が浮かんでいた。
疑問だけじゃなく、喜びと期待と不安、さらには動揺と——おおよそポジティブな感情とネガティブな感情が交錯しているような複雑極まりない表情だった。
「ごめん……違うよね」
夏鈴は俺が答えるより早く首を横に振る。
「あれは、彼氏のふりをするために話を合わせて——」
「——違うんだ」
俺は夏鈴の言葉に被せて否定する。
「あの言葉は、夏鈴の彼氏のふりをするために吐いた嘘じゃない」
「じゃあ、本当ってこと……?」
夏鈴の表情から不安が消えて期待が滲む。
その言葉に答える前に言わなきゃいけないことがある。
「ごめん——」
俺は深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「あの日——友達から夏鈴のことが好きかって聞かれた時、咄嗟に『俺が好きなのは夏鈴と真逆のタイプだから!』って言ったこと……ずっと後悔してたんだ」
「後悔——?」
「本当は夏鈴のことが好きだったのに、恥ずかしくて心にもないことを言ってしまった。夏鈴に聞かれてるとは思わなくて嘘を吐いたんだ。夏鈴を傷つけたこと、ずっと申し訳ないと思ってた……今さら許してもらえるなんて思ってない。本当に——」
「ちょ、ちょっと待って——」
もう一度謝罪の言葉を口にしようとした時だった。
夏鈴は思いっきり困惑した様子で視線を泳がせる。
「え……じゃあ、子供の頃から好き……本当で、真逆のタイプ……が嘘?」
小さく呟きながら頭の中を整理するように考え込む夏鈴。
あまりにも動揺しいて心配になり声を掛ける。
「夏鈴、大丈夫か?」
「あ、えっと——」
俺の呼びかけで我に返る夏鈴。
「あたし、全然傷ついてないから!」
すると、思いもよらない言葉を口にした。
「あの時、りっくんが『あたしと真逆のタイプが好き』って言ってるのを聞いた時はショックだった。でも、仕方ないって思った。当時のあたしは勉強ばっかりしてる地味な子だったから当然だよねって。でも、すぐに思ったの——今の自分と逆になれば、りっくんに好きになってもらえるって。だから傷つくどころか喜んでたくらい」
今の自分と真逆になれば?
じゃあ、まさか——。
「夏鈴がギャルになったのって、俺の言葉を信じたからか?」
夏鈴は『うん』と答える代わりに深く頷いた。
「りっくん好みの女の子になるために、六年間、見た目も性格も真逆に変えようって頑張ってきた。菫さんに相談したら、男の子は自分だけにエッチな女の子が大好きって教えてくれたから、本当は苦手だけど色々勉強したり、りっくんにだけは積極的になれるように、ぬいぐるみをりっくんに見立ててエッチな練習したりしたんだ」
ぬいぐるみ相手にどんな練習をしていたかはさておき。
「菫さん……」
色々察して思わず頭を抱えた。
いつだったか、夏鈴が『菫さんのアドバイス通り頑張った結果です!』と言っていたのを思い出す……なんのことかと思っていたけど、そういうことだったのか。
小学生になにを教えているんだと文句を言うのは後にして。
「つまり、全部……俺のためだったんだな」
金髪の似合うギャルになったことだけじゃない。
明るくポジティブな性格になったのも、スキンシップが過剰になったのも、思春期男子の下心に理解がありすぎるのも、俺にだけエロに寛容なのもそう。
全部が全部、俺好みの女の子になりたい一心だった。
「…………」
なんていうか……言葉がない
夏鈴が傷ついていなかったと知ったところで罪悪感は晴れない。
だってそうだろ……傷つかなかったのは夏鈴が前向きに受けとめてくれたから。
普通の人なら酷く傷ついて当然で、傷つかなかったとはいえ六年近くも夏鈴に勘違いをさせ、必要のない努力をさせ続けてしまった責任が俺にはある。
むしろ真実を知ったことで罪悪感は増すばかり。
一人の女の子の六年間を奪った罪は重い。
「夏鈴、本当にごめん……」
悲しみと後悔と罪悪感と、混濁した感情が溢れそうになるのを必死に堪える。
唇を噛み締め、それでも瞳に滲む涙を拭おうとした時だった。
「あたしの方こそごめんね」
夏鈴は俺の頬に手を添えて涙を拭ってくれた。
「夏鈴が謝ることなんて——」
夏鈴は小さく首を横に振る。
「あの時、あたしに勇気があれば逃げ出さずに話ができたと思う。りっくんの好みを勘違いすることもなかったし、辛い思いをさせることもなかった……だから」
夏鈴は俺の頬から手を放すと、手を伸ばして俺を抱き締める。
「六年間、ずっと後悔させ続けてごめんね」
無条件で注がれる優しさに抑えていた感情が弾ける。
我慢できず、情けないくらいに涙が溢れた。
「それでも……夏鈴は悪くない」
「だとしても、りっくんだけが悪いわけじゃないよ」
「夏鈴……」
「お互いに子供だったね」
夏鈴の言う通り、当時の俺たちは子供だったんだろう。
幼くも必死で、本気だったけど、どうしようもなかった。
「だから、もう謝らなないで」
「……ありがとう」
感謝の言葉を伝えた瞬間、夜空が閃光に包まれる。
学園祭のフィナーレを飾る花火を眺めながら思うこと。
どうやら俺は、六年間ずっと勘違いをしていたらしい。
あの日——俺は失恋なんてしていなかった。
これが二つ目の叶わなかった恋の答えだった。




