第50話 花女の学園祭
そして迎えた学園祭当日、十一月に入って最初の日曜日。
俺は夏鈴と交わした約束を守るため、花女こと花崎女子高校に来ていた。
「それにしても、見事に女の子ばっかりだな……」
女子高だから当然だけど、さっきから敷地内へ入っていくのは女の子ばかり。校門の前から中を覗いてみても、目につく男性の姿は教師と父兄と思われる人くらい。
いわゆる他校の男子生徒の姿はなかった。
「本当に来てよかったのかな……」
なんて不安を覚えた時だった。
「りっくん——!」
俺を呼ぶ声が聞こえて声の先に視線を向ける。
そこには手を振りながら駆け寄ってくる夏鈴の姿があった。
「今日は来てくれてありがと!」
「お礼なんていいよ。俺も楽しみにしてたからさ」
「ほんと?」
「こんな機会でもないと花女に来ることなんてないし、夏鈴がどんな高校生活を送ってるのか気になってたんだ。俺たちの中で夏鈴だけ高校が別だからさ」
夏鈴と再会以来、ずっと考えていたことがある。
もし夏鈴も同じ高校だったら、一緒に登校したり、お昼を食べたり、みんな一緒に帰ったり……同じ学校だったら、もっと違う青春の形があったかもしれない。
そんな『たられば』が頭をよぎる度に思っていた。
もしそうだったら、もっと毎日が楽しかっただろうなって。
だから、今日一日とはいえ同じ時間を過ごせるのが楽しみだった。
「じゃあ、さっそく案内してもらおうかな」
「うん——って言いたいところだけど、お昼までクラスの模擬店の当番なの。りっくんを迎えに来るのに抜けさせてもらったんだ。とりあえず、あたしの教室に行こ!」
さっそく夏鈴の通う教室へ向かう俺たち。
並んで廊下を歩きながら改めて思うこと。
「なぁ夏鈴」
「ん? どうかした?」
「なんか、俺以外に男子生徒の姿が見当たらないんだけど……」
女子高だから当たり前と言われたらそれまでなんだけど、俺みたいに外部からお呼ばれしている男子がいるものだと思っていたから見かけないのは少し不安。
「一人もいないってわけじゃないけど……少ないは少ないと思う」
「やっぱり女子高だから男はあまり呼ばないようにしてるのか?」
「えっと、呼ばないようにっていうか、呼べないっていうか……」
どうにも煮え切らない感じでもにょもにょする夏鈴。
言葉の続きを待っていると。
「夏鈴——!」
不意に夏鈴を呼ぶ女の子の声が聞こえて振り返る。
そこには夏鈴と同じ制服を着た女子生徒の姿があった。
夏鈴の友達だろうと思い、挨拶をしようとした時だった。
「この人が彼氏のりっくん!?」
「か、彼氏——!?」
まさかの発言に思わず絶句。
「あ、ごめんなさい。私は夏鈴のクラスメイトで親友の雨宮詩音っていいます。夏鈴が転校する前は同じ小学校に通っていて、高校で再会したんです。子供の頃からりっくんの話は聞いてたんですけど、なるほど……噂通りの好青年って感じですね。今日は楽しんでってください。それと、どうか末永く夏鈴をよろしくお願いしますね!」
俺が疑問を口にする間もなく捲し立てる詩音さん。
「じゃあ夏鈴、また教室でね!」
「う、うん。またね……ははっ」
乾いた笑みを浮かべながら詩音さんを見送る夏鈴。
誰がどう見ても気まずそうな感じで目を逸らしていた。
「……どういうことか説明してもらえるか?」
「え、えっと……詩音はね、小学生の頃の数少ない友達で、お母さんに友達の家に泊まるって嘘を吐いて海に行った時に、口裏を合わせてもらった子で——」
「違う。そうじゃない」
「ううっ……」
わざとらしく話を逸らそうとする夏鈴を一蹴
観念したらしく、小さくなりながら話し始める。
「うちの女子高、別に他校の男の子を呼んじゃダメって決まりがあるわけじゃないの。ただ昔から、生徒の間でルールっていうか暗黙の了解があって……学園祭に呼んでいい男の子は彼氏だけってことになってるんだよねぇ……」
「そんなことだろうとは思ったよ」
つまり、俺と一緒に学園祭を回るため友達に彼氏が来ると嘘を吐いたってこと。
海で夏鈴がナンパされた時に続き、また彼氏役をすることになるとはな。
そりゃ男の姿を見かけないわけだ。
「まったく……そういうことは事前に言っておいてくれ」
「ごめん……怒ってるよね。ていうか嫌だよね……」
「別に怒ってるわけでも嫌なわけでもない」
「じゃあ、なんで——え?」
俺はしょぼくれている夏鈴の手を握る。
「夏鈴の彼氏なんて大役、務めるには心の準備が必要だからな」
正直、俺が夏鈴と不釣り合いなのはわかっている。
俺を学園祭に呼ぶためには彼氏と嘘を吐くしかなかったとしても、夏鈴が恥ずかしくない彼氏を演じられるよう、できる限り努力をして今日を過ごしたい。
それも踏まえて約束だろう。
「こうして手を繋いでた方が嘘だとバレにくい——って、夏鈴?」
繋ぐ手から伝わる体温が以上に高い気がして顔を覗く。
すると、夏鈴は直立不動で顔を真っ赤にしていた。
「夏鈴、まさか照れてるのか?」
「こ、こんな不意打ち、照れるに決まってるじゃん!」
羞恥の極みともいえるような表情で声を震わせる夏鈴。
その顔を見て、ふと海で夏鈴がナンパされた時のことを思い出した。
俺が『お世辞抜きに可愛いんだから、もう少し自分の魅力に自覚を持ってくれ』と伝えると、夏鈴は『可愛いって言われたの初めてだもん!』と言って照れまくり。
夏鈴は典型的な押しに弱いタイプの女の子というまさかの事実。
自分から押す分にはエロにも寛容だしスキンシップも平気。
だけど、少し押されたくらいで狼狽えまくる。
「彼氏を演じるためだ。我慢してくれ」
「う、うん……が、がんばる……」
照れまくっているせいで精神年齢がガタ落ちする夏鈴。
そんな姿を見て、自分の中のSっ気が再び覚醒。
「それとも肩を組んだ方が恋人っぽいか?」
「ちょっ——!」
「ほら、遠慮しないでもっと近寄れよ」
「ふぇっ——!?」
優しく肩を抱いてみる。
「無理無理無理——恥ずくて死んじゃう!」
あんなに積極的だった夏鈴が防戦一方なのが面白すぎる。
そんなギャップが可愛らしく、ついつい必要以上にスキンシップを取る俺。頭を撫でてみたり、ほっぺを摘まんでみたり、腰に手を添えて抱き寄せてみたり。
その都度、悲鳴を上げる勢いで照れまくる夏鈴。
「りっくん……お願い。もう許して……」
調子に乗って攻めまくること十分少々。
半泣きで縋る夏鈴を見て我に返った。
「ご、ごめん……さすがにやりすぎたな」
「嫌なわけじゃないんだけど、他の人の目もあるから……」
言われて周りを見回すと、俺たちを見つめている女子生徒たちの姿。
悪戯するのに夢中で気づかなかったけど、そりゃ廊下の真ん中で男女がイチャイチャしていたら注目を集めて当然。
思い出すように恥ずかしさが込み上げてきた。
「そ、そろそろ行こうか」
「う、うん……」
そんなこんなで、逃げるように夏鈴の教室へ向かった。




