59 [ユイリス]軍神、自宅に帰る。
任務を終えた私は自宅に帰ることにした。
王都までの約百キロの道のりをゆっくり一時間ほどかけて走破。
屋敷に着くと、正面玄関は避けていつも通り裏口から中に入る。そのまま自室に直行し、装備を外してソファーに体を投げ出した。
すぐに扉が開き、私と同じ赤髪を肩まで伸ばした少女が部屋の中へ。
「お帰り、お姉ちゃん。たまには玄関から入ってくればいいのに」
「拝まれたり祈られたりするのはごめんよ、アリエル」
彼女は私の七つ下の妹でアリエルという。結構な広さのこの屋敷に暮らしているのは私達二人だけだった。
私達の家族はかつて別の土地に住んでおり、このトラドネザム王国に移ってくる途中で戦争に巻き込まれた。その時に両親とは離ればなれになってそれっきりになっている。
当時、十四歳だった私は自分と幼いアリエルを守るために剣を取った。思い返せばあの頃は大変だった気もするけど、今の戦乱の世ではそう珍しい話でもないだろう。安住の地を手に入れるのは容易じゃない。
アリエルは窓際まで歩いて外の様子を眺めていた。門の前には大勢の人だかりができている。
「私が今生きていられるのはお姉ちゃんのおかげだから、もちろんとても感謝しているよ。それはあの人達も同じなんだと思う。大切な人が生きているのはお姉ちゃんのおかげだと気付いているから感謝している。そして、きっと分かってもいるんだよ。お姉ちゃんが皆の分の痛みを引き受けてくれているって。だから、拝まずにはいられないし、祈らずにはいられない」
「……あの人達にとって、私は本当にもう人間じゃないのかもね」
私も窓の前まで行って外に姿を見せると、門の人々は一斉に頭を下げた。
会釈をしてソファーへと戻る。アリエルがお茶を入れてくれていた。
「それから、お姉ちゃんは美人で背が高いからだよ。……私が同じ活躍をしても軍神赤神とは呼ばれない気がする。姉妹なのに私はどうして顔もスタイルも平凡なんだろう……」
急に落ちこみ出した妹の赤髪を私はそっと撫でる。
「私は可愛いと思うわよ」
「子供扱いしないで。私もう十七歳なんだよ!」
「そうやってちょっとムキになるところがまた可愛い」
「もう!」
アリエルは頬を膨らませて、差し出そうとしていたクッキー皿を下げて自分が食べた。やっぱり可愛い。
この子は色々とよく見えているようで、肝心なことに気付いていない。私が今も軍神赤神としてやっていけているのはこの子のおかげだというのに。
ようやく私にもクッキーを食べさせてくれたアリエルは、思い出したように「あ」と呟いた。
「お客様がいらしてたんだった。応接室でお姉ちゃんを待ってるんだよ。残された時間は長くはないがそれくらいの猶予はあるだろう、って」
「その言い回し……。……やっぱり、ブライアン様ね」
魔力感知を使って私は来客の正体を確認した。あまり待たせるのも申し訳ないので、お茶を一口飲んでソファーから立ち上がる。
ブライアン様は長らくこのトラドネザム王国の軍師を務めていた方で、年齢的なこともあって近々引退して隠居することが決まっていた。軍略の天才と呼ばれ、私が軍に入るよりずっと昔から、半世紀以上も王国を守ってきた方よ。私を徹底的にこき使い、軍神赤神に仕立て上げた張本人でもある。
別れの挨拶にでも来たのかしら。いい機会だから恨みごとの一つでも言ってやろう。
それにしても今日はやけに魔力を体に巡らせてるわね。まさか本当に私と喧嘩する気? おじいちゃんだからって手加減しないわよ。
応接室の扉を開けると、老紳士は座っていたソファーから腰を上げる。こちらが挨拶をする暇もなく、彼はその白髪の頭を下げていた。
「……何のつもりですか、ブライアン様」
「シェリル、すまなかった」
……だから謝罪の理由を聞いているんだけど。
再びソファーに座り直したブライアン様はすっかり冷めてしまったお茶を口に運ぶ。
私は彼が次の言葉を発するのを待った。数秒間の沈黙の後にやっと話し出す。
「なぜ詫びたかなんて聞くまでもないだろう。俺がお前に詫びなければならないことは一つしかない」
「私を軍神としてこき使っていたことですね」
「奪い合う命の計算をするのが俺の仕事だ。その上でシェリルという人間は最高の駒だった」
「謝罪する気あるんですか?」
いきなり頭を下げてきたからどうしたのかと思ったけど、結局この方は何も変わっていない。軍師というのは人を駒に見立てられる冷徹さがないと務まらないのだろう。天才と呼ばれたこの方ならなおさらね。
私が呆れるのも気にせず、ブライアン様は会話を続ける。
「もちろんある。実際に今さっき、きっちり詫びたろう。さらにお前には、過去だけじゃなくこの国の未来のことまで頼むのだから、本当にすまないと思っている」
「今日もしっかり頭と爪を取って追い返しましたよ」
「それでいい。忙しいのは今だけでそれほどかからずに攻めてこなくなるはずだ。ここに来る前に、我が凡庸なる王にもしつこいくらいに説いて聞かせた。あいつにもしっかりやってもらわねば困る」
「トラドネザム王国が乱世を生き残るために、ブライアン様が考えた最後の策ですからね」
アリエル、意識的にオルセラに寄せてます。









