58 [ユイリス]軍神、転送される。
転送水晶を砕くと、ミレディア様の執務室にいたはずの私は一人で森の中にいた。
すぐに魔力感知で周囲を確認する。時間帯が真昼なだけにこれといった魔獣の反応はない。この結果に、安堵より落胆の感情が込み上げてきた。
レジセネの町に行く前に少し魔獣と戦っておきたいのよね……。
町まで結構ありそうだしゆっくり行こう。
魔獣との実戦を積んでおきたいというのもあるけど、何より少しでもレベルを上げたい。こんなに急ぐ羽目になるなんて……。オルセラがドジを踏むから!
私ははっきり言って、人類と魔獣との戦争なんてどうだっていい。人類が滅ぶ運命にあるというのならそれで構わないとさえ思う。
ただ、オルセラだけはどうにか守ってあげたい。いつかやって来るであろうその日に備えて、とりあえず戦士になっておくことにした。半年間の訓練を適当にこなし、後は現地で戦況を見極めながらのんびり経験を積む予定でいたのに……。
オルセラが先に転送されてしまったからそうはいかなくなった。
最低でも早く前世と同じところまで持っていかなければならない。いえ、それでも全然足りないわ。魔獣と相討ちで死んでいては話にならないでしょ。
――――。
旧暦二五四八年七月上旬。
私のトラドネザム王国は乱世のただ中にあった。国境の半分以上でいくつもの戦線を抱えており、日々、戦うか国土を減らすかの選択を迫られている。民達は王国を守るために命を懸けて戦っていた。
私、シェリルもその一人だった。けれど、今の私はもう命を懸ける必要なんてないと思う。
階級が最高位の将軍になったから、というのが理由じゃない。現在でも、私は誰よりも前線で戦っている。理由はもっと単純で、私を殺せる人間なんてもういないから。
八年前、トラドネザム王国の一兵士として歩み出した私は、固有魔法のおかげで次々に戦果をあげ、戦場を重ねるごとに昇格していった。
二十四歳になった現在、私は【セイバー】レベル108。かつて西方を統一したかの英雄王でさえ、(複数の女性から毒を盛られて)亡くなった時は五十代で同じ【セイバー】のレベル110だったらしい。八年という歳月で私はどれだけの人を殺めたのだろう。
罪の意識からじゃないけど、近頃はそれほど殺めなくなってきている。
荒野の小高い岩山で、私は待ち人が来るのを待っていた。と言っても、相手は一人じゃない。情報によれば二万人弱だとか。
噂をすれば地平線の向こうに行進する軍勢が見えてきた。
やがて前にいる者の顔が分かるくらい岩山に近付くと、私は背後に控えた者達に合図を送る。これを受けて彼らは設置していた信号弾をポポンと発射。敵軍の頭上に無数のビラがばら撒かれた。
あの紙には『トラドネザム王国を守護する軍神赤神の名において、これより先の侵攻を禁ず』と書かれているわ。
少し遅れて私は岩山の先端に立ち、敵軍に自分の姿を見せた。すぐに軍勢のざわめきが伝わってくる。
しかし、いくら目立つ赤髪でもこれで帰ってくれるほど甘くはないので、本人証明代わりの固有魔法が必要だった。
まあ、ベースは初歩魔法でいいでしょ。〈ファイアボール〉。
私がかざした手の上に直径五メートルほどの火球が浮かび上がる。これは〈ファイアボール〉を限界まで大きくしただけで、レベルが高ければ、つまり魔力が多ければ誰でも作れる火の玉よ。ここからが私の見せ場になる。
空中の火球が分裂するように大きさはそのままで二つに分かれた。
見ていた敵軍の騒がしさが増す。どうやら私が本物の軍神赤神だと分かってもらえたようだ。
私の固有魔法の名前は〈魔法倍化〉。私自身が習得しているありとあらゆる魔法を倍にできるというものよ。それでこの二つの火球をどうするかというと……。
私は目に魔力を集中させると同時に、魔力感知の範囲を広げた。
二通りの探知方法で捜しているのはそれぞれ異なる人物。まず目で捜しているのはこの軍の総大将で、大体は豪華な鎧を身につけて周囲には取り巻きがいる。ああ、やっぱり軍の後方にいたわね。
そして、魔力感知で捜しているのは一番の腕利きで、結構な確率で部隊長をやっていたりする。こちらも、軍の真ん中辺りに発見。
では〈ファイアボール〉×2、発射。
ドオォ――――ン! ドオォ――――ン!
二つの火球が軍勢の中央と後方を直撃し、共に激しく燃え上がって大きな穴を開けた。
まずその周辺にいた兵達が逃げ出し、やがて軍全体が崩れはじめる。
数十人くらいは殺してしまったけど、これは仕方ないと思うわ。敗走する二万人弱を眺めつつ、背後の隊に声をかける。
「戻ってこないとは思うけど、一応追跡よろしく」
「……シェリル様、これではまた私達が国王様からお叱りを受けます」
リーダーの男性が肩を落として弱音をこぼしていた。
「敵の指揮官と一番腕の立つ戦士を討ち取った上で軍を退かせたのに、いったい何が不満なのかしら。文句ばかり言ってないで早く停戦するように伝えておいて」
私に代わる戦士はいないのでこの程度の無礼は許されている。何しろこっちは軍神だし。
出発する私のお守り部隊を見送ってからもう一度、来た道を引き返す敵軍に視線をやった。
できれば全員、このまま戦場には戻って来ずに家族を連れてどこかに逃げてほしい。今のこの世界に安心して暮らせる場所なんてないのかもしれないけど。
しばらく空きました。すみません。
ユイリス編はちょっと長いですし、贖罪として今月はできるだけ投稿します。
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