2024年もあとわずかになりました
前話が10月…あれから何人もの方が、旅立っていきました。
入所されて間もなくという方も、10年弱の方も…穏やかに亡くなられた方も、回り道をしてしまった方も、壮絶な闘病生活(本人的には?なのですが…毎日の処置が大変でした)の末亡くなった方…
そもそも、特養入所した方々は、「独居だったけれど、サービスを入れても一人暮らしの継続は難しくなった方」とか「家族が同居は無理!」とか「介護は無理」という方々です。
脳トレドリルや編み物、読書、塗り絵などをして過ごしている方が、そうですね~96人中6人ほど、テレビをわかってみている人が数人、時々エプロンたたみなどをしてくれる人もおりますが、ほぼ何もせずに日々「食っちゃ寝」だけです。その「食べる」という行為さえ、自分で出来なくなったり、理解できなくなり、「完全食事介助」となっている方もここのところ大変多くなってきています。
言い方は悪いけれど「終わりを待っているだけ」という感じ…
やれ敬老の日だ、ハロウィン(意味が分かる方はほぼ無し)、クリスマスだと、色々季節ごとの行事はやっていますが、特別なお料理を楽しめる方だけが喜んでいる、そんな感じです。
話の出来る方の半数は、不満を訴えてきます。
「ナースコールを押してもすぐ来ない」
「食べ物がまずい」
「痛いのに何もしてくれない」
「欲しいものがすぐ来ない」
「○○がうるさい」
等々…
思うに、なあんにもないすることがないから、不満が募るし、自分の身体の不調に気が行ってしまう。生きていくのが精いっぱいならば、そんなこと言ってられないのにな~と…
先日テレビ番組で、100歳の方々の生活「何が彼らを元気のまま長生きにしているのか?」をやっていました。
植物繊維が細胞の炎症を抑えてくれるからとか、無理ない運動の継続とか…そして、一番は「つながること」すなわち、「人と関わること」でした。
そうですよね、誰かと会話をすることで、笑うことも出来るし、人目を気にすれば恥ずかしい行為はしませんものね。つながるということは、相手の事を思いやり、我慢も出来るし、頑張ることも出来る…そう、趣味を持ったり、生きがいを持つことも出来ますよね。
まあ、施設入所後にこの「つながる」を求められても…
「お母さん、お友達は出来ましたか?」
と、面会の時に言われることがよくあります。はい、無理です。
なるべくお話の出来る人同士、近くの席にしたり、事あるごとに会話のきっかけを作ってあげたりするのですが、続きません。そもそも、そのお母さん自身が昔と違っていることにご家族気づかない?いや、認めたくないのでしょうか?もう、そう言うレベルではないのですが…
職員とならばなんとか会話が出来ても、職員、ずっと傾聴している時間など作れません。
ナースコールで呼ばれて訪室すると、色々な不満や物取られ妄想…仕事にならないと、医務室に「何とかして~」と、介護員さん達が訴えてきます。少なくとも、夜は寝て欲しいと…
最近嘱託医に相談して、眠前薬や気持ちを和らげる薬を処方して頂いた方は三名。
1人は精神科病院からの入所。病院で面接した時は瘦せていて、うつろな感じでしたが、その二か月後、着いてびっくり、1.5倍になり、腕力も強い、で、まったく寝ずに夜中ベッドから降りてセンサーマットが鳴る。
「この人のセンサーに対応していると、他の人を看れないから、もう、無理!」
そこそこの薬はすでに内服しているし~と思ってもう一度サマリーを確認すると、入所時に処方されていた薬以外に病院では飲んでいたことが判明…「前に飲んでいた薬だから」と、嘱託医に処方してもらいました。少しは寝てくれる日もあるそうですが、ダメな日も…でも、これ以上は…とりあえず「食事が取れなくなるんじゃないかしら」という心配は無用だったようで、毎回完食されています。瘦せる気配はありません。
1人は、もう7年ぐらいになるでしょうか、入所時は若いこともあり、脳梗塞の後遺症は半身麻痺だけで、話はしっかりと出来ていました。本当は、老健でもう少しリハビリを続くれば歩けるようになりそうだったのですが、家族が強く特養入所を希望され、本人もここでということで入所されました。入所時は面会に来るお友達に
「ここはとってもいい所よ、至れり尽くせり」
なんて言っていたのですが、翌年あたりから
「トイレに行きたいと言っても、直ぐ連れて行ってくれないのよ!」
となり、やがて七夕飾りの短冊に「安楽死」と書くように…
元々の性格は気の強い方だったのだと思います。それが、自分で何も出来ない…やってもらうだけ…片手しか動かない方でも、エプロンたたみなどをしてくれている方もいます。けれど、彼女はしてもらうことしか考えていない、車椅子も片手で動かせるのに…
軽い脳梗塞を起こしたのか、一瞬力が入らなくなりました。
その後、運動機能に変化はなかったのですが、認知症が進んだような、というか、認知症の振りをしているような…
コールが頻回になり、訪室しても、意味不明なことを言ったり、押したことを認めなかったり。その内、車椅子からわざとずり落ちそうにして
「あげてくださ~い」
と叫んだり
「お水!」
「膀胱炎!」
等々、単語を大声で連呼します。
あんなに動かそうとしなかった車椅子を片足で漕いでぐるぐる回り、扉を壊そうともされます。
ホールで手を入れて便をテーブルに出した時は、ああ~~~でした。
「いくら、認知症の振りをして職員を困らせようとしたとしても、これは、しないんじゃないかな?」
車椅子を横倒しにして転落したこともあり、ご家族に内服の相談をしました。
「そちらの良いように薬を増やしてください」
ん~~~~~
「職員の気を引こうとして、危ないことをしているようなところもあります。たぶん、寂しいんだと思いますので、どうか面会にいらしてください」
とは、言っておきました。携帯を持っていて、よくご家族にかけています。もちろん仕事中だとは思いますが、いつも留守電になっています。
夜間帯はなんとか寝る時間が増えたそうです。日中の活動量も減ってきたかしら、こちらも今のところご飯は完食されています。
三人目は、今絶賛「困ったちゃん」…というか、ずっとこういう生き方をしていらした方なんだろうな~なので、みんな「関わりたくない」と…訴えれば訴えるほどに嫌われてしまうのに、それが解らない、どうしてあげればよいのか?
長くなりそうなので、この話は来年に
亡くなっていかれた方々の物語も、来年です。
来年にやろうとすることがまだある! これは、素晴らしいことだと思います、ね
今年一年も、読んでいただきありがとうございました。世の中が「死」をちゃんと受け止められるよう成熟することを願っています。




