流民
その通りです。本文中で「第9話で〜」「第10話で〜」のように話数を意識した表現が入ると、小説の中から急に外へ出た感じになります。
今回はそこを全部外し、**「橋と荷車の経験から自然に考えが繋がる」**形に直しつつ、後半も短い文をまとめて流れを滑らかにしました。
# 第11話『流民』
冷たい風が、ヴァルディア領の街道を吹き抜けていた。
長く続いた雨が去ってから数日が経ち、あれほど深かった泥濘も少しずつ乾き始めている。街道には再び荷車の轍が刻まれ、小さな商隊が時折城下へ入ってくるようになっていた。
以前のように商人が頻繁に行き交うほどではなく、荷車の姿が途切れている時間の方がまだ長い。それでも、完全に動きがなくなっていた頃に比べれば遥かにましだった。
少しずつではあるが、人と物が戻り始めている。
レオは毎日のように城壁へ上がり、その様子を眺めていた。
以前なら、街道を行く荷車など景色の一部にしか見えなかった。しかし今では、何台の荷車が入ってくるのか、どれほどの商人が立ち寄り、何を持ち込み、何を積んで出ていくのか、そうしたものまで気になるようになっている。
橋が使えなければ荷車は通れず、荷車が通らなければ物は届かない。物が届かなければ、それを必要とする人間も動けなくなる。
少し前までのレオなら考えもしなかったことだった。
だが、崩れた橋や泥濘にはまった荷車を目の前で見てからというもの、一つの問題だけを見ることができなくなっていた。
どこか一つが動かなくなれば、その影響は必ず別の場所へ繋がっていく。
ヴァルディア領そのものも、同じなのかもしれない。
そんなことを考えていると、背後から足音が近づいてきた。
「若様」
振り返ると、ガイゼルがいつになく険しい表情で立っていた。
その顔を見ただけで、何か良くないことがあったのだと分かる。
「どうした?」
「……来ました」
短い言葉だった。
だが、レオにはすぐに意味が分かった。
ここ数日、ガイゼルや城の兵士たちが警戒していたものだ。
「どれくらい?」
「今のところ二十人ほどです。ただ、このまま戦が続けば、おそらく後からさらに増えるでしょう」
レオは小さく息を吐き、再び城壁の外へ目を向けた。
街道から少し離れた場所に、人々が集まっている。
老人もいれば、女もいる。母親の服を掴んでいる幼い子供や、まだ少年と呼べるほどの年齢の者も混じっていた。若い男も何人かいるが、誰もがひどく疲れている。
持っている荷物も驚くほど少ない。
古びた背負い袋を一つだけ持っている者もいれば、丸めた毛布と鍋だけを抱えている者もいる。服は泥と埃で汚れ、何日も着替えていないことが遠目にも分かった。靴が破れ、その代わりに布を巻いている者までいる。
流民だった。
戦で故郷を失い、行く場所をなくした人々だ。
村を焼かれた者もいれば、畑を奪われた者もいるだろう。家族を兵として連れていかれた者や、戦場になる前に何も持たず逃げ出した者もいるはずだ。
戦乱が続くこの世界では、それほど珍しい存在ではない。
だからこそ、多くの領主は流民を嫌った。
受け入れれば食料が必要になり、寝る場所も用意しなければならない。仕事がなければ盗みや争いが増える可能性もあり、長い旅の途中で病を抱えた者が混じっていることもある。
ただでさえ余裕のない領地にとって、流民を受け入れることが負担になるという考えは間違っていなかった。
「どこから来たんだ?」
レオが尋ねると、ガイゼルは街道の南へ視線を向けた。
「南方です。ザルツ軍との小競り合いが増え、いくつかの村が巻き込まれたようです」
「ザルツか……」
「今いる者たちは、おそらく最初の一団でしょう。戦が長引けば、同じように村を追われる者はさらに増えます。二十人で済むとは思わない方がよろしいかと」
レオは黙った。
二十人だけなら、何とかなるかもしれない。
食料を少し分け、雨風をしのげる場所を作る程度なら、今のヴァルディアでも不可能ではない。
だが、これが百人、五百人となれば話は違ってくる。
今のヴァルディア領には、それだけの人間を余裕を持って養える力はなかった。
戦続きで食料は減っているうえ、田畑も荒れている。農村からは多くの男が兵として取られ、今年の収穫がどれほどになるかも分からない。倉庫には雨漏りの被害まで出ており、これから冬へ向かうことを考えれば、余裕があるなどとはとても言えなかった。
「若様」
ガイゼルの声には明らかな警戒があった。
「受け入れれば、備蓄はさらに厳しくなります」
「分かってるよ」
レオはそう答えたが、視線は流民たちから離れなかった。
城壁の外では、数人の兵士が流民を見張っている。
剣を抜いているわけではない。それでも兵士が動くたび、流民たちは怯えたように身体を強張らせていた。
ここにも居場所がないと言われるのではないか。
今度はどこへ行けばいいのか。
そんな不安が、離れた城壁の上からでも伝わってくるようだった。
その時、流民の中にいた一人の少女が立ち上がろうとしてふらついた。
まだ十歳にもならないだろう。
母親らしい女の服を掴みながら立とうとしたが、足に力が入らなかったのか、そのまま地面へ崩れ落ちる。
母親が慌てて抱き起こしたものの、少女は目を閉じたまま、ぐったりとしていた。
レオは思わず眉を寄せた。
「あの子、どうした?」
ガイゼルも少女を見ていた。
「おそらく飢えでしょう。何日もまともな物を口にしていないのかもしれません」
「……そうか」
レオの胸の奥が重くなる。
その光景を見ているうちに、前世の記憶が頭へ浮かんだ。
人手が足りず、毎日のように残業が続いていた職場。
一人辞めれば、その仕事は残った人間へ回された。二人辞めても補充はすぐには来ず、また誰かが穴を埋めた。
限界になって休む者が出ても、会社から聞こえてくる言葉はいつも同じだった。
『代わりはいくらでもいる』
けれど、実際には違った。
代わりなど、そう簡単には現れなかった。
人を使い潰して辞めさせるたびに、残った者へ負担が集中する。その負担に耐えられなくなった誰かがまた辞めれば、さらに人が足りなくなる。
最後には、現場そのものが回らなくなった。
佐倉玲央は、それを嫌というほど見てきた。
目の前にいる人々を、ただ食料を減らす邪魔者として追い払ったとしても、その人たちが消えてなくなるわけではない。
ここから別の領地へ行き、そこでも追い払われれば、また別の場所へ向かうしかない。
それでも食べる物が見つからなければ、最後には何かを奪わなければ生きられなくなる。
ダグラスたちもそうだった。
国を失い、仕える場所も食べる物もなくなった結果、街道を襲う側へ回った。
もちろん、だからといって盗みや略奪が許されるわけではない。
だが、そうなるまで放っておいてから討伐するより、その前にできることがあるのではないか。
レオはしばらく考えた後、口を開いた。
「……中に入れよう」
ガイゼルがこちらを見る。
「よろしいのですか?」
「うん。少なくとも、あのまま外に置いておくわけにはいかないだろ」
「二十人だけでは済みませんぞ」
「分かってる。だから、今のうちにどうするか考えたい」
ガイゼルは黙った。
レオは城壁の外にいる人々を見ながら、さらに続ける。
「ここから追い払ったら、あの人たちはどうなる?」
「……別の領地へ向かうでしょう」
「そこでまた追い払われたら、もっと苦しくなる。食べる物がなくなったら盗むしかなくなるし、もっと追い詰められたら野盗になるかもしれない」
「その可能性はあります」
「だったら、追い払ったところで全部解決するわけじゃないだろ」
レオの視線は、再び流民へ向いていた。
今は道端に座り込み、疲れ果てている。
だが、彼らだって最初から何もできない人間だったわけではない。
村で暮らしていたのなら、畑を耕していた者もいるだろう。家を建てていた者や、鍛冶をしていた者もいるかもしれない。馬や荷車を扱っていた人間だっているはずだ。
今のヴァルディアには食料も金も足りないが、人手も同じくらい不足していた。
橋を本格的に直すにも人がいる。荒れた街道を整えるにも人がいる。放置された畑を再び耕すにも、壊れた家や倉庫を直すにも、人間の手が必要だった。
「ガイゼル」
「はい」
「今のヴァルディアって、人も足りてないよな」
老騎士は少しだけ表情を変えた。
「……確かに、そうですが」
「橋の本修理だって人がいるし、街道も直したい。畑だって戻さなきゃならない。でも、それをやる人間がいない」
「流民を働かせるおつもりですか?」
「働ける人には、そうしてもらえばいいと思う」
ガイゼルは城壁の下へ視線を向けた。
「ですが、今の状態ではまともに働ける者は少ないでしょう」
「だから、まず休ませるよ」
レオは倒れた少女の方を見る。
「食べさせて、寝る場所を用意する。それで身体が戻ってから、できる仕事をしてもらえばいい」
空腹の人間へ、働けと言ったところでまともに動けるはずがない。
疲れ切ったまま無理をさせれば、結局倒れるだけだ。
それも前世で嫌というほど知ったことだった。
「ですが若様、我々にも余裕はありません」
ガイゼルは声を落とした。
「今年の冬は、今いる領民だけでも厳しくなる可能性があります。人数が増えれば、その分だけ備蓄の減りは早くなりますぞ」
「うん。それは分かってる」
受け入れれば、その瞬間から得になるわけではない。
最初は間違いなく負担になる。
食料を出し、寝る場所を用意しなければならない。必要なら衣服や道具も貸さなければならないだろう。
それでも、人が増えればできることも増える。
荒れた畑を耕す者が増えれば、次の収穫へ繋がる。街道を直す人間が増えれば荷車は通りやすくなり、商人も来やすくなる。家や倉庫を直せる者がいれば、壊れたまま放置している建物を使えるようにもできる。
「最初は食料が減ると思う」
レオはゆっくりと言った。
「でも、その人たちが働けるようになれば、今までできなかったことができるようになるだろ」
ガイゼルは何も言わなかった。
「今のヴァルディアには、やらなきゃならないことがたくさんある。でも、それをやる人間が足りない。だったら、人を追い払うだけが正しいとは思えないんだ」
「危険もありますぞ」
「分かってるよ。善人ばかりじゃないかもしれないし、何も確認せずに城下へ入れるつもりもない」
レオは少し考えながら続けた。
「名前と出身を聞いて、何ができるのかも確認する。それから仕事を割り振ればいい。病気の人がいるなら、それも先に見てもらおう」
その答えに、ガイゼルは僅かに目を細めた。
ただ可哀想だから助けようとしているわけではないと分かったのだろう。
しばらく考えた後、老騎士は小さく頷いた。
「では、まず人数と出身、それから健康状態を確認させましょう」
「頼む」
「ただし、若様はここから指示をお願いいたします」
「俺も行くよ」
「なりません」
あまりにも早い返事に、レオは顔をしかめた。
「なんでだよ」
「傷が治っておられないからです」
「もう普通に歩けるって」
「数日前、胸を槍で貫かれた方の台詞ではありません」
「でも、本人と話さないと分からないこともあるだろ」
「私が聞きます」
「俺も聞きたいんだよ」
「若様」
「ゆっくり歩くから」
ガイゼルはしばらくレオを睨むように見ていたが、やがて深く息を吐いた。
どうやら止めても無駄だと悟ったらしい。
「……絶対に無理はなさらないでください」
「分かってる」
「先日も同じ言葉を聞いた覚えがありますが」
「今日は本当に分かってるって」
そう答え、レオは城壁の階段へ向かった。
一段ずつ降りるたびに、胸の奥へまだ鈍い痛みが走る。それでも以前ほどではなく、急がず歩けば問題はなかった。
城門を出ると、流民たちの間に緊張が走った。
兵士たちを連れた若い貴族が近づいてくるだけで、女たちは子供を自分の後ろへ隠し、若い男たちは警戒するように身体を強張らせた。老人たちも俯き、こちらをまともに見る者はほとんどいない。
これまでにも、別の領地で同じように追い払われてきたのかもしれなかった。
レオは彼らから少し離れたところで足を止めると、まず倒れた少女へ目を向けた。
母親らしい女に抱かれたまま、まだぐったりしている。
「その子、先に中へ運んで」
レオが兵士へ声を掛けた。
「治療所へ連れていって、医者に診てもらってくれ。食べ物も必要だと思うけど、いきなりたくさん食べさせていいか分からないから、それも聞いて」
「はっ」
兵士が近づくと、母親は一瞬怯えたように娘を抱き締めた。
レオはそれに気付き、慌てて言う。
「追い出すんじゃない。治療所へ連れていくだけだから」
女は信じられないような顔でレオを見た。
「……よろしい、のですか?」
「そのままにしておけないだろ」
女は何か言おうとしたようだったが、声にならなかった。
何度も頭を下げながら、娘を抱えた兵士の後をついていく。
それを見送ってから、レオは残った流民たちへ向き直った。
「まず、いくつか聞きたいことがある」
誰も答えなかった。
レオは近くにいた老人へ目を向ける。
「名前は?」
老人は戸惑った様子でレオと兵士たちを見比べてから、恐る恐る口を開いた。
「……トーマ、と申します」
「どこから来たの?」
「南のリュート村でございます」
「そこで何をしてた?」
老人は少し不思議そうな顔をした。
追い払われるかどうかを決められると思っていたのに、なぜ仕事を聞かれるのか分からないのだろう。
「畑を……。生まれてからずっと、麦を作っておりました」
レオは老人の手を見た。
指は太く、皮膚は硬くなっている。長い旅をしてきた今でも爪の間には土が残っており、何十年も畑を耕してきたことが、その手を見るだけで分かった。
「他にも、畑仕事をしてた人はいる?」
最初は誰も動かなかったが、やがて一人の女がおそるおそる手を上げた。それを見て別の老人が続き、さらに若い男も手を上げる。
思っていたより多かった。
「大工仕事ができる人は?」
今度は二人の男が手を上げた。
そのうち一人は、まだ二十代ほどに見える。
「村の家を建てるくらいなら……」
「それなら十分だよ」
レオが答えると、男は少し驚いたような顔をした。
「鍛冶ができる人は?」
少し離れた場所にいた中年の男が手を上げ、その隣にいた若者も続いた。
「俺は鍛冶屋の手伝い程度です」
「それでもいい」
さらに馬を扱える者や荷車を引いた経験のある者を尋ねると、何人もの手が上がった。
隣にいたガイゼルも、僅かに驚いたような顔をしていた。
レオ自身も同じだった。
城壁の上から見ていた時には、ただ疲れ果てた流民の集団にしか見えなかった。
だが、一人ずつ話を聞けば違う。
畑を耕してきた者がいて、家を建てられる者がいる。鍛冶を知っている人間もいれば、馬や荷車を扱える者もいる。
彼らはすべてを失ったように見える。
家を失い、土地を失い、道具もほとんど持っていない。
それでも、これまで生きてきた中で身につけた経験や技術まで失ったわけではなかった。
そして今のヴァルディア領には、その経験を持つ人間が必要だった。
レオは少し考えてから、流民たちへ向き直った。
「全員、ひとまずヴァルディア領へ入っていいよ」
一瞬、辺りが静かになった。
誰も、すぐには言葉の意味を理解できなかったようだった。
「……入って、よろしいので?」
トーマが恐る恐る尋ねる。
「うん。追い出さない」
レオがそう答えると、流民たちの間で小さなどよめきが起きた。
「すぐに家を用意するのは無理だけど、雨風をしのげる場所は探す。食事も最初は領から出すよ」
「そんな……」
誰かが小さく呟いた。
「ただ、身体が戻ったら働いてもらう。畑をやってた人には畑を手伝ってもらうし、大工ができるなら家や倉庫を直してほしい。街道を直す仕事もあるから、それぞれできることを頼むつもりだ」
流民たちは、それでもまだ信じられないような顔をしていた。
追い払われると思っていたのだろう。
それどころか、場合によっては剣を向けられることすら覚悟していたのかもしれない。
やがて一人の女が口元を押さえた。
肩が震え、そのまま膝から崩れ落ちると、隣にいた幼い子供を抱き締めたまま泣き始めた。
それにつられるように、老人たちも何度も頭を下げ、若い男たちは言葉を失ったように互いの顔を見合わせている。
レオはその反応に少し困り、頭を掻いた。
「いや、そんなに頭を下げなくても……」
「若様」
隣からガイゼルが小さな声で呼ぶ。
「こういう時は、お受けになった方がよろしいかと」
「そういうもの?」
「そういうものです」
レオにはよく分からなかったが、ガイゼルが言うのならそうなのだろう。
その時、少し離れた場所にいたヴァルディア兵の一人が、不安そうに声を上げた。
「若様、本当に大丈夫なのでしょうか」
その声には、責めるような響きはなかった。
ただ、不安なのだ。
流民へ渡した食料の分だけ、自分たちが食べられる量は減る。領民の中にも、自分たちでさえ苦しいのになぜ他所から来た人間を助けるのかと思う者はいるだろう。
レオ自身、必ずうまくいくと言い切れるわけではなかった。
街道はまだ荒れている。
橋も仮修復しただけで、畑には放置された場所が残っている。倉庫も傷んだままで、食料に余裕があるわけでもない。
今のヴァルディアには、足りないものばかりだった。
だからレオは、無理に安心させるようなことは言わなかった。
「大丈夫かどうかは、俺にもまだ分からないよ」
兵士が意外そうな顔をした。
「何百人も来たら、今のままじゃ受け入れられないかもしれない。でも、だからって最初から全部追い出すのも違うと思うんだ」
レオは流民たちへ目を向けた。
「畑を戻すのも、道を直すのも、家を建てるのも人がやることだろ。今の俺たちは、やることばかり増えて、それをやる人間が足りなくなってる」
今日受け入れた者たちが、すぐに領地を立て直してくれるわけではない。
まず身体を休めてもらわなければならないし、仕事を覚えるまで時間の掛かる者もいるだろう。中には思ったように働けない者や、問題を起こす者が出る可能性もある。
それでも、一人ずつ何ができるのかを確かめ、その人に合った仕事を任せることができれば、ただ食料を渡し続けるだけにはならない。
「まず、この人たちが何をできるのか調べよう。それから、今の領地で足りないところへ手伝ってもらう。それで本当に困ることが出てきたら、その時また考えればいい」
兵士はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
ガイゼルも何も言わず、静かにレオを見ていた。
しばらくして、レオは思い出したように彼へ向き直る。
「ガイゼル、空いてる建物ってなかった?」
「城下の外れに、以前兵の宿舎として使っていた建物がございます。ただ、かなり傷んでおります」
「寝られないくらい?」
「雨漏りする場所はありますが、使えないほどではありません」
「じゃあ、ひとまずそこを使おう。毛布が余ってるなら出してほしい。それと食事も必要だけど、何日も食べてない人に急にたくさん食べさせていいのか分からないから、医者にも相談して」
「承知しました」
ガイゼルはそう答えた後、少し考えるように流民たちを見た。
「明日からは、どうなさいます?」
レオも同じ方向へ視線を向ける。
二十人を一晩休ませるだけなら、それほど難しいことではない。
だが、これからも流民が来るのなら、食事と寝床を与えるだけでは続かない。
ここで暮らせるようにする必要がある。
「まず、何ができるのか全部聞いてまとめよう」
レオは答えた。
「農業、大工、鍛冶、馬の世話、それ以外にも何かあるかもしれない。それを見て、今足りない仕事を手伝ってもらう」
「畑も使いますか?」
「うん。放置されてる畑があるなら、耕せるか見てほしい。今すぐ収穫できるわけじゃないけど、このまま放っておくよりいいだろ」
「では確認させます」
「街道の方にも人を回したいな」
その言葉を聞き、ガイゼルが苦笑した。
「やはり、そこへ戻りますか」
「だって、人手が足りなかっただろ」
レオも少し笑った。
橋を本格的に直したくても、兵士をいつまでも工事へ回すわけにはいかない。街道を整える仕事まで加えれば、なおさらだった。
ならば、ここで暮らしたい者がいて、仕事を必要としているのなら、手伝ってもらえばいい。
もちろん今日すぐ働かせるつもりはない。
まず食べて、眠って、身体を戻すことが先だ。
それから畑へ行く者がいればいい。
街道を直す者がいてもいい。
壊れた宿舎そのものを、大工仕事のできる者たちに直してもらうことだってできるかもしれない。
そうして仕事をすることで食料を得て、少しずつここで暮らせるようになれば、流民はいつまでも助けられるだけの存在ではなくなる。
レオはそこで、前世の職場を思い出していた。
あの場所では、人が足りなくなるたびに残った者へ仕事を押しつけた。その結果、耐えられなくなった者が辞め、人はさらに足りなくなっていった。
今のヴァルディアで同じことをすれば、兵も農民も職人も疲れ果て、やがてどこかが本当に動かなくなる。
ならば、人が来たのなら、その人が動ける場所を作ってみる。
一人増えれば、食べる物は一人分多く必要になる。けれど、その一人が畑を耕し、道を直し、物を運べるようになれば、領地でできることも一人分増えていく。
そんな単純にうまくいくものではないことくらい、レオにも分かっていた。
病気で働けない者もいるだろうし、子供や老人まで全員を労働力として数えるわけにはいかない。食料が足りなくなれば、受け入れられる人数そのものを考え直す必要も出てくる。
それでも、目の前にいる人間を何も見ずに追い払うよりは、その人が何をできるのかを知ってから考えた方がいい。
今のレオには、そう思えた。
その日の夕方、二十人ほどの流民は城下の外れにある古い宿舎へ案内された。
長く使われていなかったため壁にはひびが入り、屋根の一部からは雨漏りもしていたが、野外で眠ることを考えれば十分だった。
倉庫から古い毛布が運び込まれ、大鍋で作られた薄い粥が配られる。
流民たちは最初こそ遠慮するように椀を受け取っていたが、一口食べた途端、夢中になって口へ運び始めた。
その様子を見ていたレオは、少し離れたところで小さく息を吐いた。
「若様」
隣に立っていたガイゼルが声を掛ける。
「何?」
「これから忙しくなりますな」
「……やっぱり?」
「受け入れると決めた以上、食事を与えて終わりというわけにはいきません」
「分かってるよ」
レオは苦笑しながら宿舎を見た。
明日になれば、一人ずつ仕事を確認しなければならない。
畑へ回す者を決め、大工仕事のできる者には壊れた建物を見てもらい、街道の整備へ回せる者も探す。
それだけではない。
彼らを受け入れたことに不満を持つ領民も出るかもしれないし、さらに流民が増えれば寝る場所も足りなくなる。
問題は、むしろこれから増えていくだろう。
それでもレオは、城門の外で倒れていた少女の姿を思い出すと、この判断が間違っていたとは思えなかった。
追い払うだけなら簡単だった。
門を閉じ、兵を並べればいい。
だが、それでは目の前からいなくなるだけで、何も解決していない。
ならば少なくとも今は、できるところまでやってみるつもりだった。
数日後、少しずつ身体を取り戻した流民たちは、それぞれの仕事へ加わり始めた。
農作業の経験がある者は、長く放置されていた畑へ向かった。
大工仕事のできる男たちは、まず自分たちが寝泊まりしている宿舎の屋根を直し始め、鍛冶を知る者は城下の鍛冶場で道具の修理を手伝うようになった。
若い男たちの何人かは、兵士たちと一緒に街道へ出て、泥で崩れた場所へ石を運んでいる。
最初は警戒していたヴァルディアの領民たちも、その姿を何日か見ているうちに、少しずつ接し方を変えていった。
もちろん、すべてがうまくいったわけではない。
体調を崩して寝込む者もいたし、慣れない土地で不安を訴える者もいた。食料の配分をどうするのか、働けない老人や子供をどう支えるのかといった問題も残っている。
それでも、城門の外で座り込んでいた頃とは違った。
彼らは少しずつ、自分の居場所を作り始めていた。
そしてヴァルディア領の側もまた、その手を必要としていた。
荒れていた畑へ鍬が入り、傷んだ建物には新しい板が打ちつけられ、街道では石を運ぶ人の姿が増えていく。
一人ひとりがしていることは小さい。
けれど、その小さな仕事が重なれば、領地の中で止まりかけていたものが少しずつ動き始める。
レオは城壁の上からその様子を眺めながら、以前とは少し違う目で人々を見ていた。
流民だから助けるというだけではない。
働ける人間を受け入れれば、その人が別の誰かを支える側へ回ることもできる。
道が直れば商人が来るように、人が働ける場所を作れば、そこからまた別の動きが生まれていく。
まだ二十人しかいない。
それでも、この二十人が加わったことで、昨日まで手を付けられなかった仕事が一つ、また一つと進み始めていた。
レオには、その変化が何よりも大きく見えた。
そして、ヴァルディアが流民を追い払わなかったという話は、やがて商人や旅人の口を通して外へ広がっていくことになる。
村を焼かれた者や、戦で故郷を失った者、仕える場所をなくした兵士や職人たちにとって、行き場のない者でも受け入れてくれる領地があるという噂は、それだけで十分な意味を持っていた。
もっとも、この時のレオはまだ、そんな先のことまで考えてはいない。
目の前にいる二十人をどうやって暮らせるようにするか、それだけで手いっぱいだった。
だが後になって振り返れば、この日ヴァルディアが開いた城門は、ただ二十人の流民を迎え入れただけではなかった。
行き場を失った人間が、もう一度やり直せる場所へとヴァルディアが変わっていく、その小さな始まりでもあった。
後半は特に、**「農民。大工。鍛冶職人。」や「一人増える。できることも増える。」のようなリズム優先の刻み方を避けて、段落単位で意味がつながる文章**に寄せました。
また、「後に“敗者の国”と呼ばれる」の断定も少し早いため、今回は**噂が広がる予兆程度**に抑えています。12話のエルク登場へも、この方が自然につながります。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、
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