第28話:地平線の裁定と、崩れ去る自尊心
ゼクス魔導工房の最深部。空調術式が唸りを上げ、受像水晶が発する熱を排出し続けている。モニターの向こう側、アグライアの草原には大陸全土から集った「正解」たちが、その威信を背負って整列していた。
アステリア王国の至宝、ヴァルガ帝国の精鋭、商盟の快速馬、教皇国の聖駒。
「……壮観ですね。1頭1頭がそれぞれの国の理屈を体現している。自分たちが一番正しいと信じて疑わない。その確信が、どれほど脆いものか、そろそろ教えてあげましょうか」
ゼクスがコンソールの「開始」を叩くと、草原に魔導砲の轟音が響き渡った。
ゲートが弾け飛ぶと同時に、名馬たちが大地を穿った。
だが、その走りは異様だった。第1コーナーに入る前から、アステリアの騎手とヴァルガの騎手が互いに鞭を入れ、凄まじい勢いで先頭を奪い合っている。
「ハハ、いいですよ。期待通りだ。一歩でも引けば自国の名誉に傷がつく。あのアステリアの連中も、帝国の無骨な連中も、隣を走る『別の正解』が許せないんだ」
王室の意地、軍部の誇り。それらが手綱を引くことを許さない。
通常であれば脚を溜めるべき序盤から、レースは計算外のオーバーペースへと突入した。後続のフェルディナ商盟や教皇国の馬たちも、その狂った速度に引きずり込まれる。彼らにとっても、先頭集団から脱落することは「予測の誤り」を認めることに他ならないからだ。
地平線の彼方、猛烈な砂塵が巻き上がる。受像水晶の画面越しでも、馬たちの呼吸が限界に達しつつあるのが分かった。
「……あ、もう足取りが乱れ始めましたね。自尊心の燃料切れですよ」
レース中盤を過ぎた頃、有力候補と目された名馬たちが次々と沈み始めた。
異常なペースで心肺を削られたアステリアブレイズが失速し、強引に先頭を維持しようとしたヴァルガの軍馬も、膝を震わせながらズルズルと後退していく。
有力者たちの「正解」が、草原の物理法則に塗り潰されていく。
そんな混沌とする国家選抜組を尻目に、集団の後方で淡々と走る影があった。
アグライアの地元の馬。
派手な紋章も、歴史ある血統も持たないその若駒と騎手は、草原の起伏を熟知し、風の抵抗が最も少ない位置を死守し続けていた。
「風を知り、地脈を知り、己の限界を知る。……計算で塗り固めた貴族様たちが見捨てた『不確定要素』。それが今、牙を剥きますよ」
最後の直線。
疲れ果てて泥を噛む名馬たちを、地元の馬が鮮やかに抜き去った。
騎手は一度も無理な鞭を入れず、ただ草原と対話するように脚を伸ばす。
アステリアの重鎮たちが、ヴァルガの将軍たちが、唖然として受像水晶を見つめる中。
アグライアの馬が、地平線の彼方にあるゴール板を一番に駆け抜けた。
王都の広場、そして大陸全土の鉄箱の前には、かつてないほどの沈黙が降りていた。
「……あーあ。皆さん、固まってますね。自分の知恵が、正義が、完膚なきまでに否定された気分はどうですか?」
ゼクスは手元の端末で、確定した配当金を処理していく。
人気が集中した四強が全滅したことで、配当金は歪な形に膨れ上がっていた。名声に惑わされず、オッズの歪みを読み切って地元の馬に賭けた一握りの的中者たちが、集まった欲望の結果を総取りしていく。
的中を知らせる鉄箱の黄金の光が、呆然とする貴族たちの顔を皮肉に照らし出した。
彼らが注ぎ込んだ資産は、彼らが「無知」と見下していた者たちの懐へと流れていく。
ゼクスは椅子を回転させ、工房の静寂を味わった。
「血統や武力で運命を制御できると信じ込んだその傲慢……。それが、この盤面を一番美味しくしてくれる供物なんですよ」
ゼクスは琥珀色の液体をグラスに注ぎ、誰もいない空間に掲げた。
「お疲れ様でした、重鎮の皆さん。あなたたちの全能感の代償……確かに、私のプラットフォームで預からせていただきました。さて、次は何を賭けてもらいましょうかね」
草原の砂塵が収まる頃、受像水晶には狂喜乱舞する一握りの勝者と、膝をつく多数の敗者たちの姿が、鮮明に映し出されていた。
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