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帰る空~桜舞う記憶~  作者: 雨宮ぐみ


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3才の目覚め


――あの日、私は知らない青年に「帰ってきて」と願った。

十七歳の夏。

家族旅行で訪れた鹿児島・知覧。

そこで私は、一枚の写真に出会った。

写真の中にいたのは、まだ少年の面影を残した十八歳の青年だった。

知らない人のはずなのに、なぜか懐かしい。

初めて見る写真なのに、ずっと昔から知っているような気がする。

そして、その青年が家族に残した一通の手紙を読んだとき、理由も分からないまま涙があふれた。

――帰ってきて。

心の中で、そう願っていた。

その夜、私は不思議な夢を見る。

戦争の時代。

一つの家族。

そして、幼い少女を抱きしめる青年。

少女の名前は、桜子。

青年は、誠司。

けれど私は知らなかった。

その少女が、かつての私自身だったことを。

そして――

この家族が、もう一度私を必要としていることを。

時代を越えて与えられた、小さな命。

見えるのは、人の心。

そして、まだ決まっていない未来。

けれど、未来を変えるということは、誰か一人を救えば終わることではなかった。

父の葛藤。

母の祈り。

兄の恐怖と覚悟。

そして、幼い妹の「生きてほしい」という願い。

戦争によって引き裂かれようとする家族を前に、桜子は何度も未来を見る。

何度も迷い、何度も涙を流す。

それでも――

「みんな一緒に生きてほしい」

その願いだけは、決して手放さなかった。

これは、過去に生きた一つの家族と、未来から戻ってきた一人の少女の物語。

そして、

「もし、あの時代にもう一度戻ることができたなら――」

そんな問いから始まる、家族と平和の物語です。

過去を変えることはできない。

けれど、過去から受け取った想いを、未来へつなぐことはできる。

この物語を読んでくださるあなたの心に、桜子たちの願いが届きますように。

そして、二度と同じ悲しみを繰り返さない未来を、私たち一人ひとりが願い続けられますように。


昭和二十年、春。


桐生家の庭に植えられた桜が、風に揺れていた。


三歳になった桐生桜子は、その花びらをじっと見つめていた。


「さくら、きれいねぇ。」


母・千代美が笑う。


「桜子の名前と同じ桜よ。」


桜子は小さく頷いた。


(……桜。)


その瞬間だった。


一枚の花びらが額に触れた。


世界が反転する。


スマホ。


制服。


知覧特攻平和会館。


「望桜!」


誰かが呼ぶ。


飛行機。


手紙。


『妹が生まれたら、桜子という名前を――』


記憶が一気に押し寄せた。


桜子は頭を抱え、その場に座り込んだ。


「いたい……。」


幼い体には耐えられないほどの情報だった。


私は神谷望桜。


令和の高校二年生。


でも今は――。


(桐生桜子。)


(本当に生まれ変わった。)


涙があふれた。


夜。


家族が眠ったあと。


桜子は布団の中で小さな指を握りしめた。


(昭和二十年。)


(あと数か月で終戦。)


(でも、その前に。)


誠司。


兄はまだ家にいる。


しかし未来では飛行学校へ進み、特攻隊員となって知覧から飛び立つ。


(時間がない。)


翌朝。


父・桐生勝が軍服を整えていた。


厳格な軍人。


しかし家では娘に甘い。


「桜子。」


「はい。」


三歳とは思えない返事に勝は少し笑う。


「今日は賢いな。」


桜子は父の顔を見つめた。


(お父さんは戦後もしばらく苦しむ。)


(軍人だったことで責任を背負い続ける。)


(それも変えたい。)


朝食。


兄・誠司が味噌汁を飲んでいた。


まだ十八歳。


笑顔は写真で見たままだ。


「桜子。」


「これ食べるか?」


焼き魚を少し分けてくれる。


胸が苦しくなる。


(この優しさを知ってる。)


(前世じゃ守れなかった。)


桜子は魚を受け取り、小さく呟いた。


「お兄ちゃん。」


誠司は笑う。


「なんだ?」


「どこにも行かないで。」


箸が止まった。


「え?」


「ずっと、おうち。」


千代美が笑う。


「桜子はお兄ちゃんが大好きなのね。」


誠司も照れ笑いした。


「心配するな。」


「俺はちゃんと帰ってくる。」


その言葉が胸を刺した。


(帰ってこなかった。)


(だから私は来た。)


その日。


桜子は家の中を歩き回っていた。


すると縁側の柱がぐらりと揺れていることに気付く。


(これ。)


令和の記憶がよみがえる。


(ここ、倒れる。)


数日後、父が修理中に下敷きになる事故。


その未来を思い出した。


桜子は必死に叫ぶ。


「だめ!」


勝が振り向く。


「どうした?」


「ここ!」


柱を叩く。


「こわれる!」


勝は苦笑しながら柱を触った。


「そんな大げさな。」


しかし触れた瞬間。


ミシッ。


木が大きく軋んだ。


「……!」


勝は顔色を変える。


「誠司!」


「道具を持ってこい!」


二人で柱を確認すると、中が腐っていた。


「危なかった。」


勝は額の汗を拭く。


「もし修理中だったら。」


千代美が青ざめた。


桜子は胸をなで下ろす。


(ひとつ変わった。)


未来が少しだけ動いた。


その夜。


誠司が桜子を肩車した。


「今日は桜子のおかげだったな。」


「えへへ。」


夜空には満月。


誠司がぽつりと言う。


「桜子。」


「俺さ。」


「飛行機が好きなんだ。」


桜子の心臓が止まりそうになる。


(始まってる。)


飛ぶ夢。


空への憧れ。


それが未来の特攻へ繋がる。


桜子は誠司の頭をぎゅっと抱いた。


「飛ぶなら。」


「帰ってきて。」


誠司は笑った。


「もちろん。」


でも桜子は知っている。


その約束は未来では守られなかった。


だから今度は、自分が守る。


数日後。


近所で噂が広がる。


「桐生家の娘は不思議な子だ。」


「三歳なのに未来を知ってるみたい。」


千代美は心配そうに桜子を抱きしめた。


「桜子。」


「無理しなくていいのよ。」


桜子は母の胸に顔を埋める。


(無理なんて。)


(する。)


(お母さんも。)


(お父さんも。)


(お兄ちゃんも。)


(みんな生きてほしい。)


その時、家の電話が鳴った。


父が受話器を取る。


軍からの連絡だった。


勝の表情が少しずつ険しくなる。


受話器を置いたあと、静かに言った。


「誠司。」


「来月、飛行学校への適性試験がある。」


部屋の空気が凍った。


誠司はまっすぐ頷く。


「はい。」


桜子は小さな拳を握りしめた。


(未来が動き始めた。)


(ここからが、本当の勝負。)


第二話 終。



この物語を書き終えて、最後に残ったのは、一つの問いでした。

「命を守るとは、どういうことなのだろう。」

戦争の時代には、多くの人が自分の大切な人を残して、戦地へ向かいました。

そこには、それぞれの覚悟があり、家族への愛があり、そして言葉にできない恐怖もあったのだと思います。

私たちが今、当たり前のように過ごしている日常。

家族と食卓を囲むこと。

「いってらっしゃい」と送り出し、「おかえり」と迎えること。

好きな人と笑うこと。

明日の予定を考えること。

将来の夢を語ること。

それらは決して当たり前のものではありません。

この物語の中で、桜子は過去へ転生し、未来を変えようとします。

けれど、本当に変えたかったのは、一人の人間の運命だけではありません。

「誰かが犠牲にならなければならない」という未来そのものでした。

兄を救うために父が犠牲になる。

父を救うために兄が犠牲になる。

そんな未来ではなく、

父も、母も、兄も、妹も――

家族全員が生きて、笑って、未来を迎える。

桜子が最後まで願ったのは、そんな未来でした。

そして、物語の中で桜子が持つ「人の心が見える力」と「未来を見る力」は、特別な力でありながら、実は私たちにもあるものなのかもしれません。

誰かの悲しみに気づくこと。

誰かの苦しみに寄り添うこと。

大切な人を失いたくないと思うこと。

そして、

「明日は今日より平和であってほしい」

と願うこと。

それもまた、未来を変える小さな力なのだと思います。

知覧で残された写真や手紙は、過去から未来へ届けられた言葉です。

その言葉を受け取った私たちが、何を感じ、何を未来へ残していくのか。

それは、この物語を読んでくださった皆さん一人ひとりに託されているのだと思います。

最後に。

桜子が願った、

「みんな一緒に生きてほしい」

という言葉が、どうか物語の中だけの願いになりませんように。

戦争を知らない世代から、また次の世代へ。

家族を想う気持ちを。

平和を願う心を。

そして、かけがえのない命の大切さを。

この物語が、ほんの少しでも未来へつなぐ橋になれば幸いです。

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