第6巻 第3章 竜の長との対立(1)
空が、ひび割れる。
「……高い音だ。薄い板を指で折るみたいだな」
アレスが顔を上げる。薄く赤い光が頬に差し、割れ目の線が瞳に映り込む。
「上から落ちる。避けて、アレス」
エララが短く告げて、肩越しに空を睨む。降るのは雨じゃない。透明な破片が光を跳ね返し、硬質なきらめきとともに落ちてくる。
「私の箱庭の天蓋だ。……絶対の膜。設計した軌道から外れていく」
アレスの指先が震え、掌から走る光が枝分かれする。
「ここ、あなたの春を閉じ込めた場所でしょう? 外の汚れは、入れさせないって言ってたのに」
エララが半歩詰め寄る。彼の横顔に、砕けた光の反射が散る。
「遮断できるはずだ。温度も、風も、花の開く時刻まで……精緻に整えてきた」
その声は乾いている。泉の縁に触れた指の感覚を思い出すみたいに、一語ずつ置く。
破片が土に刺さる。触れた途端、白い百合が黒へ沈む。大理石の柱に蜘蛛の巣のような線が走り、泉の水は濁った色へと傾く。嗅覚が先に悲鳴を上げる。腐乱と硫黄が混ざる重たい匂い。喉の奥で胃が縮む。
「……あぁ、私の、美しい庭が……」
アレスの唇が襞を作る。周縁から血の色が滲んだ。
「まだ、止められる?」
エララは彼の腕に目をやりながら問う。彼の皮膚の下で光が脈打つのが見える。青であるはずの輝きは、熱を帯びた赤へ傾く。
「補修する」
アレスは両手を天に掲げる。指の角度は一定。爪の白さ。肌に触れる空気が熱い。
「やりすぎ。あなたの体、嫌な音がする」
エララが低く呟き、背後から迫る魔物へと体をねじる。彼女は人の姿のまま、爪だけを竜のものへ変える。白いドレスが風を掴み、銀糸の髪が血を吸って重さを増す。
「……鎮まれ」
アレスが短く息を吐く。言葉は二つだけ。結界の裂け目に薄膜が生まれ、軋む音がかすかに和らぐ。
「もっと詠唱するつもり? やめる選択肢もある」
「必要だ。庭に瑕疵は不要だ」
気配が耳朶に刺さる。蝙蝠の翼を持つガーゴイルが割れ目を縫って降りる。地面を這う不定形の泥。肉と泥が擦れるぬめった音。視界の端で白が黒へ変わる。
「来るね」
エララが一匹のガーゴイルへ跳ぶ。爪が喉元に滑り、硬い骨が抵抗を見せてから砕ける。黒い血が噴き、百合の花びらに斑点を描く。
「ごめん、あなたの花。後で、直せる?」
誰に向けるでもない小さな声。返り血を拭き取る指先は震えない。笑みは薄い。背後で気温が一度下がる。氷の粒子が、彼女の肩口から微かに漏れる。
「ガァァァッ!」
骨と腐肉の塊が裂け目から這い出て跳躍する。狙いはアレスの背。
「させないっ!」
エララが脚力を解放し、間に割り込む。竜の魔力を込めた右腕が横一文字に通る。頭骨が砕け、腐肉が弾ける。湿った音が耳の膜の内側へこびりつく。代償は酸のしぶき。左肩から胸元にかけて、熱と痛みが走る。
「あぐっ……!」
ジュウッと音が立ち、白煙が上がる。肌が焼ける匂い。呼吸が浅くなる。彼女は膝を折らない。足裏が泥に沈み、指が土を掴む。
「平気。動ける」
エララは吐き、視線だけを背後へ戻す。アレスの光が乱れる。
「……不規則だ」
エララが光の明滅を数える。間隔が短く、長く、また短い。彼はわずかに身を震わせる。瞳は焦点を拒む。
「足りない。燃料が。……なら、変換する」
アレスの言葉が途切れ途切れに落ちる。こめかみの内側で何かが剥がれる感覚。彼は自分に言い聞かせるように呟く。
「何を捧げるの」
「昨日の本の題名。……紅茶の香り。味の濃さ。幼い頃の音。……基礎の手順。感覚の並べ方。君と過ごした、……時間」
最後の語で声が細る。舌の上に金属の味。血が口内に溜まる。
「待って、今、何て」
エララが近づく。彼の足元には血の魔法陣。幾何学の線が絡み、ルーンの光が層を作る。幾つかの文字が崩れ、意味を失い、灰色へ落ちる。
「……あぁ、花が……私の、青い薔薇が……枯れていく……なぜだ……」
アレスの指が灰になった花弁へ伸びる。指は震えている。銀の髪は艶を失い、肌は青ざめて、体温が下がる。
「聞いて、アレス。結界はもう充分。今は逃げるの。あなたがいれば、また作れる」
エララが彼の頬を両手で包む。掌に付いた血が冷たい。彼女は気に留めない。
アレスの視線がゆっくり動く。透明な目だ。氷の色。そこに彼女の知っている光が見当たらない。
見知らぬものを見る眼差し。路傍の石でも眺めるかの、乾いた空洞。
「……アレス?」
声は細い。彼の瞳が彼女の傷、血、唇を順に辿る。眉間に小さな皺。記憶の棚を探る仕草。
「……君は……」
一語がエララの胸に刺さる。
「君は……誰だ……?」
音が止まる。結界の破片が落ちる音も、瘴気のうねりも遠くへ退く。彼の困惑だけが近い。
「え……?」
エララの口から空気が漏れる。冗談だと言ってほしい。彼は冷たい態度を取ることがある。からかいだと笑えるなら、楽だ。
「やだな、アレス。私よ。エララ。ずっと一緒。庭を作った時も、手伝ったの」
彼女は縋る。彼の目は嘘を持たない。純粋な疑問。自分の管理する空間に立ち入った者への警戒がわずかに混ざる。
「なぜ、君は泣いている? なぜ傷だらけでここに? 侵入者か? ……違う。君は、私を庇って」
アレスは頭を押さえ、足がよろめく。視線が定まらない。
「思い出せない。君の顔、見覚えがあるはずなのに……。君の……名前が……」
口角から血が下りる。彼の脳が失われた情報を探す。戻らない欠片を求めて空回りする。
「あ、あぁ……」
エララの手が震える。彼はエララという音と形を手放した。彼女の日々を燃料に換えた。
「あなた、私を……」
言葉が途切れる。胸の奥から音が鳴る。パリン、と乾いた響き。長く積んだものが崩れる音。
「……ねぇ、聞こえる? この音」
エララは笑う。にっこり。目元が濡れる。背中で気温が一度さらに下がる。
「エララ……? 知らない。私は、そんな名前は……。私はただ、この庭を……」
アレスの意識が結界へ戻る。彼の手から光が強まる。感情の色が抜ける。
「離れて。あなた、すべて、失う」
エララの声は優しい。唇の端に微笑。目線はまっすぐ。彼の指先に触れそうで触れない距離。
「美を留めるために、何を削る。……私か。君との時間。紅茶の湯気。角度の違う朝の光。隣の体温。……それらは、質が良すぎる」
アレスが自分の内側を説明する。音の粒が空気に落ちていく。
「いい、もういい。あなたは生きる。それで充分」
エララは息を整える。自分の心臓に手を当てる。跳ねる鼓動が痛い。けれど、そこに火がある。
「忘れられても、私は覚える。……それで、足りる」
彼女は頬の涙を親指で拭う。笑みは柔らかい。悲しみが色を淡くする。
「君は誰なのだ」
アレスは再び問う。問いは真っ直ぐだ。彼の目には彼女しか映らない。それなのに、その名札は消えた。
「あなたの隣で茶を淹れた人。花の水を替えた人。あなたが眉を寄せるとき、黙って隣に立ってた人。……その人」
彼女は舌に乗せる言葉を慎重に選ぶ。禁止された語に触れない。笑みを保つ。背後で霜が薄く張る。
「……君の説明で、温度が少し戻る」
アレスの声は小さい。彼は形のないものの輪郭を指でなぞるように言う。
「ねぇ、逃げよう。ここから。あなたが息をしていれば、庭はまた生まれる」
エララが提案する。彼に顔を近づける。彼の息は浅い。血の匂いが鉄めいて鼻腔に張り付く。
「逃げると、外の汚れが侵入する。春の均衡が崩れる」
「その言葉、今は胸に刺さるだけ。あなたがいない春なんて、春じゃない」
瘴気の波が押し寄せる。ガーゴイルが再び滑空。泥が足元で泡立つ。
「邪魔」
エララは低く吐き、踏み込む。爪が肉を裂く。骨が音を立てる。血が地へ落ちる。匂いが濃くなる。
「さっきの酸、痛む?」
アレスが問いかけるように目を動かす。彼の声は意外に静かだ。
「……少し。後で、撫でて」
エララは冗談めかして唇の端を上げる。背中で氷の魔力が漏れる。笑みはそのまま。指先がわずかに白くなる。
「詠唱を一つ」
アレスが手を上げる。指を鳴らす音は微か。
「……止まれ」
その短い音に応じて、破片の落下が一瞬遅くなる。空気が固くなる。だが、押し寄せる波は大きい。
「足りない。君の名が出てこない」
「名前より、命。ね?」
エララは彼の頬に額を寄せ、一瞬だけ目を閉じる。まぶたの内側で彼の横顔が光の線になって走る。
「あなた、昔、初めて私の名前呼んだ日、覚えてる?」
彼女は問う。返答はない。彼は瞼の裏を探す。空白ばかり。
「紅茶の香り、消えたって言ったね。じゃあ、いま淹れても意味は薄い。……だから、戦う」
彼女は立ち上がる。背中で布が裂ける音。白の上を銀が押し広げる。
ドレスの背から巨大な翼が生える。頭に角。肌が鱗へ変わり、光を鏡のように弾く。両手は鉤爪を持つ竜の腕。口元から白い熱が漏れる。温度が周囲の空気を押し返す。
「あなたの愛した景色、守りきれないかもしれない。でも……あなたは守る」
エララの声は静か。反論を許さない優しさ。
「圧倒的……だな」
アレスが視線を上げる。竜の気配が庭の残滓を震わせる。
「見ていて。……いいえ、見なくていい。息だけ、して」
エララは笑って、翼を一度打つ。瘴気が飛ぶ。ガーゴイルの群れがたじろぐ。
「白銀の炎を」
彼女は低く息を吸い、大地の底から魔力を引く。吐き出すのは単なる火ではない。命を削る光だ。瘴気に触れた端から淡く消す。魔物の肉体が塵へ割れる。空気が澄む瞬間だけ音が消える。
「数が、増える」
彼女が灰の中から這い出す影を見て言う。翼の端から鱗が剥がれる。血が滴り、地面に赤い小さな円を描く。
「まだ動ける?」
アレスの問いはまっすぐだ。彼の手は結界へ向いたまま。指の節が白い。
「動く。……あなたが座っていられる時間、稼ぐ」
エララは呼吸を整え、視線を低くして走る。泥の手が足首を掴もうとする。爪で断ち切る。硬質な音。
「君は、私のためにここまで」
「うるさい」
エララは笑って遮る。指先が血で濡れ、光が滴る。背中の鱗が一枚落ちる。拾わない。
「私が、君を忘れているのに」
「忘れてる顔、嫌いじゃない」
目を眇めて、彼女は振り返らない。翼が風を割る。地面の砂が舞い、鼻腔に土の匂いが広がる。
「……君の言葉で、温度が上がる。少しだけ」
アレスの声が背後から届く。彼は自分の指の動きを確認する。血の筋が手首に沿う。痛みは遠い。
「手放すなら、私が持つ。あなたの時間、私の中に置いていく」
エララの独り言は淡々としている。翼の陰に笑み。沈黙が彼女の主張を補う。
「君は、誰だ」
「さっき言った。説明、足りなかった?」
エララは戦いながら、言葉を落とす。ガーゴイルの顎が近づく。爪で裂く。骨が乾いた音を出す。
「もう一度」
「あなたの椅子を磨いた人。朝の光の角度を合わせた人。薔薇の棘を抜いた人。夜、あなたが黙る時間に、隣で黙ってた人。……それで、十分?」
彼女は笑顔で問う。背の鱗がきらめく。冷気がわずかに舞う。
「十分だ。……名前が、ない」
「名前は、後で拾う。落ちないように、私が紐を付ける」
エララは唇に指を当てる仕草をする。内側から漏れる氷の粒が空気を白くする。
「結界を、続ける」
アレスが短く告げる。彼は最小限の線を引く。光が小さく安定する。彼の美意識は一度だけ語に落ちる。「整ったものが好きだ」と心の内で囁き、音にしない。
「なら、私が外を掃く」
エララは翼を広げ、地を離れる。飛びながら息をまた一つ吐く。白銀の光が扇状に広がる。瘴気が裂ける。匂いが薄まる。
「消え去れぇぇぇっ!!」
咆哮が森へ伸びる。音が木々を震わせ、腐肉の塊が灰になっていく。
「エララ」
アレスが名を口にしようとする。喉が詰まる。音が出ない。名を持つ感覚が指の隙間から砂のように落ちる。
「呼べないなら、見なくていい。……呼べる日まで、私が呼び続けるから」
エララは風の中で笑い、目を細める。彼女の笑みは優しく、悲しい。静けさが一瞬降りる。そしてまた、音が戻る。
「君の時間を、刻むのか」
「刻む。ここじゃない場所でも、あなたの息の温度、指の癖、紅茶の湯気の高さ。全部」
エララの声は淡い。背の翼が影を落とし、彼女の足元に模様を描く。
「私は、庭の線を保つ」
アレスが二度目の最小限の詠唱を落とす。
「……黙れ」
その一言で、外からの咆哮が一瞬止む。音のない空間。光の粒が揺れる。次の瞬間、また押し寄せる。
「あなた、強い」
「足りない」
アレスは乾いた結論を出す。指が小さく痙攣する。血が冷える。彼は息の速度を一定に調整する。
「なら、私が燃やす」
エララは再び吐息に光を乗せる。身体の内側が擦れて痛む。心臓が注ぐ血の音が耳の奥に響く。
「痛むのに、笑うのか」
「笑うと、あなたが少し落ち着くでしょう?」
彼女は視線を横へ滑らせる。彼の頬の筋肉がわずかに緩むのを確認する。そこに安堵が生まれる。
「私は、君のことを忘れている」
「忘れてる顔も、あなた」
エララは簡潔に返す。言葉で塗り固めない。沈黙の間を指で撫でる。
「いつか、戻る?」
「戻らなくても、私は隣に立つ。……戻ったら、茶を淹れる」
軽い調子。笑い声は出さない。唇に息を乗せる。
周囲は闇へ傾く。結界が崩れ、空が黒の層に覆われる。破片が降り続ける。光は斜めから当たる。角度が少しずつ変わるたび、アレスはそれを数える。彼の目の中で、美が無言のまま並び替えられるのだ。
「まだ、来る」
エララが告げる。群れは無尽蔵。灰から二匹。灰に二匹戻す。繰り返し。
「私が死んでも、あなたが生きれば……」
エララの独り言。息の隙間。彼女の体は既に限界に近い。鱗が剥がれ、血が地表に点を増やす。痛みは言葉にしない。
「死ぬな」
アレスが短く言う。声に温度が乗る。冷たい氷のような瞳に、わずかな熱の筋。
「そう言うなら、あなた、立って」
「立っている」
乾いたやりとり。そこに二人の時間が戻る。会話が薄い糸を張る。
「昔、私、あなたの視界に入りたいって思ってた。今は、視界、どうでもいい。……息だけ、して」
彼女は笑い、翼で風を作る。土が舞い、匂いが変わる。
「君は、変わった」
「変わらない部分もある。あなたを見る時、黙るところ」
彼女は冗談めかして肩をすくめる。肩の傷が痛む。痛みは表情に出さない。
「君の笑みで、空気の温度が上がる」
アレスが感覚で言う。彼の世界は温度と角度と匂いでできている。彼は言葉にする代わりに、それらを数える。
「なら、もっと笑う」
エララは口角を上げる。背の氷が薄く溶ける。血の匂いの中に、かすかな花の匂いが混ざる。彼女の翼の影が広がり、魔物を包む。
「……君は、私の庭よりも、私を守るのか」
「当たり前。庭は、あなたがいるから庭」
彼女は即答。間を与えない。音が重なる。ガーゴイルの翼が折れる音。泥が破裂する音。炎が空を焼く音。
「君は、私を愛しているのだな」
「言葉にすると軽くなる。……見てれば、わかる」
エララは視線を投げる。そこで沈黙。笑みだけ。
「私は、君を忘れているのに」
「忘れる人を守るの、嫌いじゃない」
彼女は翼を振り、最後の群れへ突っ込む。爪が閃き、白銀のブレスが地平を焼く。灰が舞い、風がそれを散らす。
「君は、どこへ行く」
「外の波へ。戻るまで、私が掃く」
エララは背中越しに声を投げる。彼の目が彼女の背中を追う。虚ろなはずの瞳に、わずかな焦点が戻る瞬間がある。
「……うるさい」
アレスが指を鳴らす。外の咆哮がまた一瞬止む。彼の術は短く、効果は十分。光の塵が幾何学に並び、押し寄せる波の線が薄くなる。
「あなたの短い言葉、好き」
エララは笑いを目尻に宿す。彼女は自分の体を惜しまない。炎を吐くたび、命の火が削れるのをわかっている。それでも止まらない。
「私は、君を知らない。……なのに、君は私を知っている」
「不公平ね。だから、私が埋め合わせる」
彼女は翼を畳み、一瞬だけ地に足を付ける。膝の音。骨の感触。泥の冷たさ。
「また、名前を教えてくれるか」
「何度でも。毎朝でも。寝る前でも。嫌がっても、耳元で」
エララは甘く囁く。ふふ、と薄く笑って、指先から氷の粒がこぼれる。
「氷の気配。……君は、笑うと冷えるのだな」
「そうね。秘密」
彼女は片目を閉じる。軽い仕草。重い場面。バランスは彼女の中で自然に取れる。
「君がいると、音が変わる。割れ目の響きが、少し低くなる」
「私の声が混ざるから」
さっ、と翼が辺りを掃く。風の匂いが入れ替わる。土、血、花。彼女の呼吸がそれらを分ける。
「私は、生きる」
アレスが言う。短い宣言。彼にしては珍しく、感情が乗るのだ。
「それでいい。私が死んでも、あなたが生きていれば」
エララの言葉は淡々。命に頑固な調子。笑みは揺れない。
「死ぬなと言った」
「じゃあ、守って。私の背、少し軽くして」
エララが振り向かずに頼む。彼は答えない。代わりに指を一度弾く。外の影が薄くなる。彼女の背に当たる風が柔らかくなる。
「ありがとう」
エララは短く礼を言う。翼が音を立て、空へと跳ぶ。死の森に彼女の咆哮が響く。白銀の炎が群れを灰に変え、灰が風に乗る。
彼女は自分の命を燃やす覚悟を決めている。彼女の背中を、記憶を失った結界師が見つめる。虚ろな瞳に、少しの熱。見ているかどうかは、もうあまり重要ではない。彼女はただ、彼の息の音を守る。それが、今のすべて。




