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第5巻 第5章 四天王討伐(1)

星が落ちる音がした。耳ではなく、肌の内側で弾けるような音だ。夜の色が薄くなり、死の森の上で光の粉が漂う。磨りガラスの柱に触れるとひやりとした。苔むした庭石は雨上がりの石畳の匂いを放つ。腐った泥は乾いた紙をなぞる指先の手触りに矯められ、獣骨は細い砂紋へと押し込められる。


「……やっぱり、アレスの天蓋は夜の匂いが違うな」


 若い竜が泉の縁で鼻を鳴らした。吐息は温かい湯気となって星粒を揺らす。


「見張りを怠るな。匂いに酔うのは宴のときにしろ」


 岩棚から老いた長が低く言う。片目は閉ざされ、角の根元に血が滲む。それでも声の芯は固い。アレスは巨樹の根を削ってこしらえた見張り台に立ち、指に絡めた光の糸を軽く弾いた。星粒の密度、風の道、水の温度。冷たい糸が小さく歌う。


 静けさが歪んだ。天蓋に、乾いた器をひねるようなひびの音が走る。星が塊で落ちる。風が唸り、森の奥で土煙が膨らんだ。


「──敵だ!」


 若竜の叫びが谷に転がる。刈り込まれた砂紋の向こうで黒い波が壊れた岸のように押し寄せる。鉄槍、毛むくじゃらの獣、鎖の音。


「武闘のバルガス、だな」


 アレスは奥歯を噛む。言葉は短く、指先は忙しい。砂紋の裂け目を結び、棚田の段差をせり上げ、川の半ばを絞り、隠し道を露わにして喉を細くする。光の糸が、冷えた水草みたいに指の間を滑った。


 黒波の先頭が笑った。狼の鬣のような髪が肩で揺れる。裸の胸に刻まれた古い割れ目。ぶら下がる鋼鎖が歩むたびに景色を引っかく。


「いい庭だな。踏み荒らすには、ちぃと惜しい」


 牙の奥で舌が笑う。獣の匂いに、人間の冷えた理が混じる。


「退去を命じる。ここは俺の箱庭だ」


 アレスの目は天蓋の歪みを追い、耳は鎖の音の周波を測る。指先の糸は、切れ目の縁でくぐもった音を立てた。


「箱庭、ねぇ」


 バルガスが一歩、砂を踏む。短い距離。だが地面の下で杭が軋み、谷の空気が重くなる。若い竜の膝がその重さに一瞬沈んだ。


「来る!」


 刃物のような声が風を切る。黒髪が夜の光を拾ってたゆたう。細い角が額で光り、外套の裏で鱗の光沢がさざめく。エララがアレスの脇をすり抜けるように通り、袖口で彼の手に触れた。熱が移る。祈りに似た重さ。


「私が受ける。あの獣は通さない」


「無茶は──」


 呼びかけた舌の先で、名前の輪郭がほどけた。紙の端が湿って破れるみたいに、音が手から滑る。アレスは息を浅く吐き、糸を握り直す。


「……君」


 かすかな間。エララの肩がほつれた糸かのようにきしむ。金の瞳が振り返り、獣の目に似た細さをまとい、すぐに笑みの線へと戻る。彼女は前だけを見る。


「うん、見てて。庭を守るから」


 薄い背に、鋼板の冷たい硬さ。彼女が跳ぶ。星の粒が羽衣さながら尾を引く。足裏が砂紋に触れるたびに輪が広がり、流星の跡が伸びるのだ。


 バルガスが拳を構える。口角が上がる。


「竜姫か。噂は聞くさ。男一人に目が……」


「噂話に時間があるなんて、戦士にしては平和的ね」


 泉の水際みたいに冷えた声。次の瞬間、拳と掌がぶつかり、耳鳴りが夜全体を震わせた。天蓋の星が一斉にふるえ、小さな音が降る。


「散るな!」


 若竜が飛び出しかけるのを、長の杖が横切り止める。


「焦るな。あの二人の間に入るな」


 老いの濁りの奥で目が光る。しかし谷の別の縁で黒波が新たに溢れた。バルガスに似た気配を背負う影が、斜めから里を縫う。


「くっ」


 アレスは舌打ちすらしない。指先の糸をわずかに弾き、崩れかけの棚田を押し出して道を狭める。足がとられる音、甲冑が石にぶつかる音。間に合わない地点が出る。降る星は尽きなく見えて、命の灯はそうではない。


「カイ、下がれ! 翼が──!」


 まだ角の根元に乳色が残る少年が悲鳴を飲む。友の翼が黒い帯に断たれ、泉へ落ちた。水柱が立つ。白い泡が星の光で一瞬だけ真珠色に見えた。


「行くな、待て!」


 老長の一喝が背を打つと同時に、敵の槍先が少年の胸を掠めた。青い血が飛ぶ。磨いた廊下に塗料を投げたような汚れ。


 アレスは泉の流れを逆さにする。水の皿。光の糸を芯にして面を固め、墜ちた竜をすくい上げる。


「今、持ち上げる」


 彼の囁きに合わせて水面が動き、救護の竜女たちが駆け寄る。その中の一人が、見慣れぬ顔を上げた。旅から戻った療治師、サーシャだ。彼女の視線が一瞬、アレスに刺さる。すぐに傷へ戻る。


 エララの歯の裏に舌先が触れ、肉のざらつきが引っかかった。爪が音もなく伸び、掌の皮がきしむ。背後の空気が氷を含む。笑みが口元で固まる。目は別の場所──赤い手に。強く握り、放す。ため息は吐かない。その一瞬、バルガスの膝が脇腹に入る。体が砂紋の上を滑り、星粒が白い尾を引いた。


「姫!」


 若竜が前へ出かけるのを、エララの声が叩き落とす。


「来ないで。列を切らないで」


 彼女は起き上がる動作で痛みを折りたたみ、眼の端でサーシャの手さばきを確認する。血泡が割れ、わずかな呼吸が繋がった瞬間に肩の力で嫉妬の残滓を押し潰す。言葉は宙に残さない。


「あなたは治す人。私は断つ人。それだけ」


 バルガスがあくびを噛み殺して肩を回す。


「戦いに集中しろよ、竜姫。男の取り合いは寝具の上でやれ」


「夜の静けさのほうが、あなたの息より穏やかだもの」


 一瞬だけ笑いが広がる。硝子みたいに砕けた。バルガスの拳が光の壁を叩き、天蓋に波のような亀裂が走る。墨が滲むような黒が広がる。アレスは喉の奥で息を飲み、糸をきつく握る。


 ここには苔、ここには水、ここには風の道。星粒の一つ一つに、彼の指の跡が宿っている。今はそこに血の溜まり、折れた角。見ないふりはできる。だが消えはしない。


「アレス!」


 長の声が乾いた木のように鳴る。片翼が根元から裂け、骨が白い。血の色は古い枯葉みたいに褪せている。


「長!」


「最上段を割れ。泉を落として壁にする」


「形が崩れる」


「命が散るよりは安い」


 ためらいは短く終わる。アレスは歯を噛み、光の線を引いた。段が割れ、水が重い布かのように落ちる。音が谷底を埋め、闇の群れを押し返した。破壊の軌跡さえ、彼の手で線に整えられる。矛盾はいちいち数えない。


 水は万能ではない。落ちる流れを滑るように、細い影が舞った。蛇の眼、鋼線の筋。バルガスの副官だ。蛇の槍が閃き、長の杖が火花を散らす。数合。膝に石突が入る。老体が座り込む。


「長老!」


 若竜たちの喉が裂ける。アレスは打ち込まれる刃の軌道を糸で押す。しかし、そのならしの間隙に、別の拳が落ちた。バルガスのものだ。


「終わりだ」


 拳が胸板に沈む。石と肉の嫌な混ざり声。長の身体が岩棚に叩きつけられ、蜘蛛の巣のようなひびが走る。


 星粒が息を止めたみたいに、光をやめる瞬間が訪れた。


「……長……」


 若い声が震え、消えかけて戻る。アレスの足は、宙で一歩踏み出しかけて止まる。計り、切り、繕う余裕が消える。


「まだだ」


 長が息を吸う。黒ずんだ血が口角から溢れ、白い牙を汚した。


「まだ……倒れぬ」


 エララが叫ぶ。短剣の刃が外套の内側で光り、掌が闘士の背に触れた瞬間、銀が噴く。刃が肩を掠め、鉄の味が夜気の中で広がる。


「いいぞ」


 バルガスは嬉しそうに舌で血を舐める。腰を落とし、地を殴る。震脚。地下に打ち込んだ杭が軋み、天蓋の星粒がばらばらに落ちる。アレスの指に熱が集まり、糸が焦げる匂いがした。離せない。離したら、庭は泥に戻る。


「アレス様!」


 喧騒を割る声。サーシャだ。指が血に濡れ、目は澄んだまま。


「長の胸骨が沈みます! 圧と空気を!」


 エララの舌に浮かんだ呼び名が、一度止まって引っ込む。怒りの向きを変える音が、脳の内側で小さく鳴る。アレスの手を自由にする。今はそれだけ。


「サーシャ、あなたが指示して。二列目、下がって輪を作って!」


 命令が空気を切る。誰も逆らわない。かつての彼女を知る者でさえ、今の声に納得する。


「アレス!」


 彼女が呼ぶ。短く、真名を。アレスは僅かに振り向く。糸の網の向こうで、彼女の顔がゆらいで見える。


「エ……ラ……」


 喉の奥で二音が濡れてほどける。目を閉じ、息を吐く。


「エララ」


 小さな凍りが胸腔で砕ける。彼女は頷く。笑わない。笑うと、今は壊れる。


「私は平気。あなたは天蓋と糸を」


 バルガスの舌打ちが近い。彼女の突きは片腕でいなされ、もう片腕が地を殴る。星が舞い、塵が立つ。


「……鎖、落ちろ」


 アレスの声は低い。夜から藤の房のような細い光の鎖が垂れ、バルガスの四肢に絡む。重い。沈む。軋む。


「見事なもんだ」


 バルガスが鎖を引きちぎろうと肩を膨らませる。光の粉が散る。アレスは張力を上げる。庭全体が歪み、構図が崩れ始める。それでも鎖を緩めない。


「暴れるほど、光は深く食い込む」


「なら、動きごと外せばいい」


 バルガスは地を軽く蹴り、重心をずらし、鎖の重さを無効化した。エララの刃が喉を狙い、肩で受け止められる。骨までは届かない。肩が殴られ、電気のような痺れが腕を駆けた。


「姫!」


 歯を食いしばる音が並ぶ。彼女は痛みに息を合わせ、再び踏み込む。その目に映るのは、アレスの手だ。細い指に噛み跡のように食い込んだ糸。血がにじみ、熱が走る。あの手を自分は守る、その一点で動きが定まる。


 アレスは視界の端で長とサーシャの周りに薄い膜を張る。音が少し遠のき、内側では規則のある鼓動だけが響く。サーシャの手が骨の位置を戻し、圧迫し、呼吸の隙間を繋ぐ。彼女の額に汗が光り、血の鉄臭と混ざって生々しい匂いになる。エララはその汗に針の先を向けない。向ける暇を動きに殺されている。


 時間が濃くなる。星が落ち、血が跳ね、砂紋が崩され、また引き直される。若い竜たちが倒れ、名を呼ぶ声が喉で崩れる。アレスは全部には届かない。落ちる命の下に皿を滑り込ませ、血の水路に堤を巡らし、炎の行き場に風の通り道を作る。それは美のための手ではなく、命のための手だと脳が告げる。その言葉を認めると、自分の芯がぐらつく予感がした。だから口には出さない。


 バルガスの闘気が黒い煙ごとき立つ。鎖はもはや足止めにならない。彼は両拳を胸の前で交差し、ゆっくりほどく。周囲の誰もが、今の音を忘れられなくなる。空気が鳴った。


「終わらせるぞ」


 足音はない。気配だけが滑る。次に彼は長の前にいた。老竜と目が合う。長は、刹那だけ笑う。


「お前は、生き残れ。誰かの時間は買える」


 破れた翼が、なお盾になる。拳が羽の残骸を弾き、骨と肉が散る。エララの叫び。アレスの指に熱が戻る。段差を壊し、斜面を差し入れる。拳の軌道がわずかに滑る。中心は逸れる。衝撃は避けられない。岩に叩きつけられ、血が溢れる。


 短い沈黙。胸が上下する。細いが、確かに。


「よく、耐えた」


 誰の声か、誰にも分からない。自分自身に向けたものかもしれない。


「まだ終わらせない」


 エララの背で白い紙の翼がひるがえる。手は痺れ、脇腹は痛み、肩は上がらない。それでも翼は刃となる。バルガスは微笑む。遊び心が力の燃料だ。楽しむほど彼は強くなる。


「楽しくない」


 アレスの声は低い。星の糸を束ね、透明な柱をいくつも立てる。触れれば音が震える。音庭。動きに応じて音を返し、その振動が筋肉の収縮にわずかな遅れを誘う。


「へえ、鳴くのか」


 バルガスが踏み出す。柱が低く唸り、足の筋がわずかに縛られる。遅い。エララの刃が背に入る。肩で受ける。骨は切れない。


「ちょこざいだな」


 拳が柱を砕く。綺麗な音がばらけて散る。アレスはすぐに繕う。指が震える。名を忘れる恐怖が、震えを増幅する。彼は背中を冷たい汗が走るのを感じた。忘れたくない。あの声、あの背、あの夜に「私たちの」と彼女が言った響き。


「撤退を!」


 どこかで誰かが叫ぶ。声が乾いて割れる。エララは首を振る。


「下がれない。下がれば、家が焼かれる」


「でも、姫!」


「今は剣。名は置いて行く」


 声が冷たさと炎を同時に持つ。サーシャが短く合図する。長の呼吸は薄い線ごとき安定する。脆いが切れていない。アレスは唇を固く結び、風の道に沿って灰を一方向に掃く。視界がひらく。バルガスの姿が雄牛のような重さで浮かび上がる。


「終わりって言ったが、まだ遊べる」


 笑みが景色の線を乱す。拳が空を殴る。天蓋にまたひびが広がる。星が落ち、薄いガラス片のように砂へ刺さる。


「アレス!」


 エララの声が警鐘になる。アレスは天蓋の一枚を切り離し、別の層で補強する。綴織の糸を片方で外し、片方で縫い直す。犠牲を選ぶ手。


「持たせる」


 呟きは自分へ。天蓋が破れた瞬間、死の森の本性が吹き込む。冷たい湿り気、腐敗の匂い、膝が抜ける感覚。美の膜は皆の肺を守る盾だ。自分だけのための飾りではない。


 ひびを見上げ、満足げに息を吐くバルガス。その隙にエララが滑り込み、膝裏を切る。膝がわずかに落ちる。重心が崩れる。拳の軌道は変えられない。地が殴られ、水が跳ね、砂紋が崩れる。


「今!」


 若竜たちの残る力が一斉に吐き出される。青、白、蒼の焔が重なり、光の檻になる。バルガスは笑う。両手を広げ、焔を受け止め、押し返す。若竜の顔が焼ける。悲鳴と嗤いが混ざり、空気が鉄臭く重くなる。


「横へ流す」


 アレスは短く言い、焔の流れを棚田の間に逸らす。火は泉の上で蒸気に変わる。瞼の内側の皮膚が熱でぴりぴりした。


 長が息を数える。サーシャの手は離れない。若い竜が泣き、立ち上がる。エララが攻め、バルガスが笑い、アレスが繕う。時間は流れている。


 けれど、傾きは鮮明だ。若い竜たちは次々倒れ、救護の場は声でいっぱいになる。長は深手で目が霞み、アレスの天蓋は裂けては継がれて、星は落ちては拾われる。一見、保たれる景が、実は反射の速さでようやく間に合っているだけだ。限界の手触りが背骨に沿って冷たくのぼる。耳の奥で、また名前が滲む。


「エ……」


 呼ぶ必要はない。彼女は動く。己のためだけではなく、里のために。嫉妬や愛や誇り、責務が混ざり合った舞。彼の庭を盾にしつつ、その外へ出ようとする意志。


「終わりは来る。だが今ではない」


 老竜の声は枯れて弱い。それでも、谷に届く。バルガスがその言葉に横目を投げる。軽蔑ではないものが、刹那に宿った。


「まだ立つのか」


「立たねばならぬ」


 老竜が起き上がる。折れた翼の残骸を引きずり、杖を握り直す。アレスが足許に薄い棚を作る。目に見えない、しかし足裏の感覚で分かる支え。老竜は驚かない。ひと歩き。石の音が鳴る。弱いが、誰かに勇気を渡す音。


 闇は濃い。敵は多い。バルガスの闘気は衰えず、拳は重い。若い竜は疲れ、救護場は途切れない。サーシャの手は赤く染まり、唇は噛まれない。エララの肩は落ち、呼吸は荒くても、目は揺れない。アレスの天蓋は薄くなり、星は少しずつ落ち、糸が指から滑る。皮が裂け、血が糸に移る。


 谷の中央に、誰も触れない灯籠が坐した。絶望という名の石。音がしない。アレスはその周りにそっと糸を巡らせる。名を付けたことがある灯だ。希望、と。今、舌にその音が乗らない。苦く、口角が上がる。自嘲ではない。ズレた歯車の音に、微笑が生じただけ。


「まだ」


 彼が言う。エララが頷く。バルガスが笑う。長が息を押し出す。若竜が目を擦る。星が、ひとつ、強く光る。


 バルガスが歩き出す。闇が後ろで揺れる。疲れを見せない。見せないという技で、相手の足元を崩す。


「行く」


 エララが剣を地に当て、音を鳴らす。痺れが抜けるまでの短い儀式。サーシャが頷く。長が杖を立てる。若い竜が涙を拭う。アレスが糸を張る。


 絶望の灯籠の前に、小さな供物が置かれていく。勇気という名の小石。意地という名の苔。誓いという名の水。灯は揺れる。倒れない。


 星がひとつ、ゆっくり落ちる。皆が見る。願う暇はない。ただ目を開き、その線を胸に焼き付ける。光が砂に刺さり、円が出来た。アレスがそこに糸を結び、花弁を広げる。砂の上に、小さな花が咲く。血と灰の中で。美しい。だからこそ憎い。憎いからこそ、愛しい。愛しいからこそ、手を離せない。


 闇は笑わない。笑うのは人間で、竜で、バルガスだ。泣くのも、叫ぶのも、手を伸ばすのも彼らだ。名を持ち、音を持ち、景色を持つ。アレスの箱庭はそれらを包もうとし、包みきれない。それでも包もうとする意志が、今の救いだ。


「終わりじゃない」


 エララがもう一度言う。


「うん」


 アレスが頷く。


「まだ遊べる」


 バルガスが笑う。


「息を」


 長が自分に命じる。


「圧、続けます!」


 サーシャの声が短く強い。


「立て!」


 若竜が互いに肩を押す。


 星が落ち、夜が続く。絶望はそこにある。だが彼らもそこにある。庭はまだ壊れていない。たとえ花弁がひとつ残るだけでも、守る理由も戦う理由も尽きない。


 風が音庭の残響を運ぶ。凍った息の中、小さな笑い声が混じる。嘲りではない。生きているという合図だ。バルガスの眉がわずかに動き、歩みが速くなる。エララが剣を握り直す。アレスは糸を引く。長は目を閉じ、息を整える。サーシャの手は温もりを離さない。若竜が涙を袖に拭う。


 絶望の防衛戦は、さらに深い闇へ潜る。次の光が射す、その刹那まで。星降る箱庭の壊れかけの美が、彼らの背を照らし続ける限り。

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