二十三話 失墜――奈落の底で踊るピエロ
元日の夕暮れ。
堂島大輝の実家である、地元でも有数の大豪邸は、まるで通夜のような静まり返り方を見せていた。
リビングでは、大輝の父親――地元の地主であり、多数の不動産を所有する傲慢な男が、激しい剣幕で電話に向かって怒鳴り散らしていた。
「どういうことだ! 動画を削除しろと言っているだろう! 私の会社の名誉に傷がついたらどうするんだ! ……何? うちとの取引を停止するだと!? おい、待て、おい!」
ツーツーと切れた受話器を、父親は怒りに任せて床に叩きつけた。
地元の名士としての権力など、インターネットという巨大な奔流の前には、ただの木の葉に過ぎなかった。大輝の父親が経営する不動産会社には、すでに「イジメ加害者の親の会社」「暴力教師への賄賂元」として、凄まじい数の嫌がらせ電話と低評価レビューが殺到し、経営は一瞬にして危機的状況に陥っていた。
「大輝……お前、なんてことをしてくれたんだ!」
父親は、リビングの隅でガタガタと震えている大輝の胸ぐらをつかみ、激しく揺さぶった。
「お前が学校で何をしでかそうが勝手だが、なぜこんな証拠を残した! おかげで、うちの会社は倒産寸前だ! 学校への寄付金も、すべて裏目に出たんだぞ!」
「お、俺は……俺は悪くない! あいつが、高梨の奴が、不気味なくせに綾と仲良くしてるのが気に入らなかっただけだ! なんであんなゴミみたいなハーフのせいで、俺がこんな目に……!」
大輝は泣き叫んだ。
しかし、彼の携帯電話に、一本の非情な通知が届いた。
画面に表示されたのは、彼が絶対の自信を持っていた「一流大学」の入学事務局からの、公式なメールだった。
『――堂島大輝殿。
今般、インターネット上等で報道されております貴殿の社会的信用を著しく損なう行為、および刑事告訴の事実を鑑み、本学規定に基づき、貴殿に対する「推薦入学の決定」を、即座に取り消すことといたします』
ピシャリ、と大輝の頭の中で、何かが弾ける音がした。
彼がこれまで誇り、周囲を見下すための最大の武器だった「一流大学への進学」という未来が、指の隙間から砂のようにこぼれ落ち、消え去った。
「嘘だ……嘘だろ……! 俺の、俺の推薦が……! これのために、俺は……!」
大輝はその場にへたり込み、子供のように大声を上げて泣き崩れた。
しかし、絶望はまだ始まったばかりだった。
夕闇が迫る中、堂島家のインターホンがけたたましく鳴り響いた。
父親が恐る恐る玄関のドアを開けると、そこには、新年の冷たい空気の中に佇む、数人の警察官の姿があった。
「堂島大輝さん、および堂島大介(父親)さんですね。栄学高校における贈収賄の疑い、および堂島大輝さん、あなたには他校の生徒に対する集団暴行、および女子生徒に対する強要・暴行の容疑で逮捕状が出ています。ご同行願います」
「あ……あ、あ……」
大輝の口から、言葉にならない掠れた声が漏れる。
彼の手首に、冷たい金属の感触――手錠がかけられた。
パトカーの赤色灯が、豪邸の白い壁を不気味に赤く染めていく。
連行される大輝は、狂ったように周囲を見回した。
その時、群衆の影、街灯の下に、一人の少年が立っているのが見えた。
くすんだ金髪を風に揺らし、ヘーゼルの瞳で、自分を憐れむように、いや、ただの「ゴミ」を見るように見下している、高梨蓮の姿を。
(高梨……高梨ぃぃぃ! お前、お前がやったんだろ! お前さえいなければ、俺は、俺は……!)
声にならない呪詛を吐き散らしながら、大輝はパトカーの奥へと押し込まれていった。
蓮は、走り去るパトカーを静かに見送った。
胸の中にあるのは、復讐を遂げた高揚感ではない。ただ、世界の秩序が、あるべき形にほんの少し修正されたという、極めて事務的な平穏だった。
「さようなら、堂島大輝。お前がその歪んだ牢獄の中で、一生をかけて己の罪を噛み締めることを、心から願っていますよ」
蓮は静かに踵を返し、暖かな光が灯る高梨家へと歩き出した。
目の前の小さな復讐は、これで完了した。
しかし、大賢者レン・ヴァルハイトの真の戦いは、ここからだ。
実の母、雫の救出。そして、世界を「分断」する超常の運命との対峙が、彼を待っているのだから。




