二十話 親愛なる家族への宣戦布告と、揺るがぬ背中
木枯らしが窓を激しく叩く、冬の夜だった。
高校3年の12月。世間の受験生たちが人生の岐路に立ち、血のにじむような努力を続けている中、高梨家のリビングには、それとは全く質の異なる重々しく、しかし不思議と澄み切った空気が流れていた。
リビングのソファに腰掛け、蓮は養父母である高梨弦と恭子に向き合っていた。
テーブルの上には、「LIFE」と交わした、幹部候補としての特別契約書が静かに置かれている。
「弦さん、恭子さん。……『LIFE』との契約の件、本当にありがとうございました。お二人のご尽力と後ろ盾がなければ、これほど有利な条件で社会的な基盤を確保することはできませんでした」
蓮は深く頭を下げた。くすんだ金髪が揺れ、その下から覗くヘーゼルの瞳には、心からの感謝が滲んでいる。
弦は穏やかに首を振り、眼鏡の奥の目を細めた。
「気にする必要はないよ、蓮。私たちは君の親だ。それに、君がもたらしてくれた数々の魔術的な知見や『分断』に関する予測データは、会社にとって契約金など安すぎるほどの価値がある。……私たちが感謝したいくらいだよ」
「ええ、そうよ、蓮。あなたがやりたいように進みなさい」
恭子もまた、優しい笑みを浮かべて蓮の手を温かく包み込んだ。
「ですが……」
蓮は一度言葉を切り、背筋を伸ばした。彼の纏う空気が、一瞬にして冷徹な大賢者のそれへと変貌する。
「これより私は、長年私を虐げてきた堂島大輝、そして彼に与した栄学高校の教師どもへの『報復』を開始します。同時に、私の実の母である雫さんを騙し、その尊厳を踏みにじり続けている穂積家の親族どもも、社会的に徹底的に破滅させるつもりです」
一歩間違えれば、親に激しく咎められるであろう過激な宣言。
しかし、高梨夫妻の表情に動揺はなかった。それどころか、弦の瞳には、静かに燃えるような怒りの炎が宿っていた。
「……蓮。君がどれほどの理不尽に耐え、泥をすすりながら耐えてきたか、私たちはすべて知っている。学校での陰湿な嫌がらせも、君が『私たちの社会的地位を傷つけないために』黙って耐えていたことも、すべてね。……私たちも、もう我慢の限界なんだ」
「そうよ。私たちの可愛い息子を、どこの馬の骨かもわからない地主の餓鬼や、金に目がくらんだ小汚い教師どもが、好き勝手に踏みにじっていいわけがない」
恭子の声には、普段の穏やかさからは想像もつかないほどの確固たる怒りと、蓮への絶対的な庇護の意志が満ちていた。
「やりなさい、蓮。君の邪魔をする『害虫』どもを、一匹残らず排除しておしまいなさい。高梨家の持つあらゆる法的リソースとコネクションは、すべて君の盾として機能させる。後ろのことは、何も心配しなくていい」
「ありがとうございます、父さん、母さん」
蓮は、彼らを初めて「父、母」と呼んだ。その言葉に、弦と恭子は嬉しそうに目を細めた。
翌日、蓮は学校の放課後、人目を避けた準備室で綾にもその決意を伝えていた。
「綾。これより、堂島大輝のすべてを終わらせます。……たとえ彼が君の幼馴染であろうと、私は一切の容赦をしません。君がもし私を止めようとしても、私はこの手を止めませんよ」
大輝は、綾と同じ一流大学へ進学する予定だった。地元の有力地主である父親のコネと、学校推薦を独占し、ろくに勉強もせず、すでに合格を確約された「勝ち組の未来」を約束されていたのだ。
綾は蓮をまっすぐに見つめ、その華奢な肩を怒りで震わせた。
「止めるわけないやん……! 大輝くんが蓮くんにしてきたこと、うち、ずっと悔しくてたまらんかった。蓮くんが我慢してるのを見るのが、一番辛かったんよ。大輝くんがどれだけ偉そうにしてても、やったことのバチは当たらなあかん。……うちのことは気にせんと、蓮くんの思う通りにやって!」
「……わかりました。ありがとう、綾」
蓮は、彼女の小さな頭を優しく撫でた。
時は満ちた。
権能『賢魂回帰』を得てから9ヶ月。高校生活の最後に用意された、最も冷酷で、最も完璧な舞台――新年の幕開けと共に、すべての因果が逆転する。




