十九話 新たな未来への契約と、闇夜に暴かれる首謀者
綾との誓いを交わした蓮は、次なるステップへと迅速に移行した。
大学進学をしないと決めた蓮に対し、養父母である弦と恭子は、一切の反対をしなかった。それどころか、弦は蓮の「賢者としての力」と「分断される世界の予測」を完全に信頼し、今、この国で最も注目されている特殊組織「LIFE」への接触を提案した。
「LIFE」――それは、突如訪れた「分断」により海外からの輸入が完全に途絶え、食料や物資、エネルギーの枯渇という未曾有の危機に瀕した日本を救うべく立ち上げられた新進気鋭の組織だった。
当時の大阪府知事による強力な提言をきっかけに発足し、現在は実力者である宮本孝治がトップを務めている。
彼らの主な任務は、春分の「分断」の際に発生した巨大な次元の渦から、ダンジョン産の無限とも言える食料や各種希少資源を調達すること。さらに、そこから漏れ出る狂暴なモンスターへの武力対応や、ダンジョンで発見された産出物の一時買取・研究を一手に担う、少数精鋭の超専門家集団であった。
秋の気配が深まる頃、蓮は弦の強力なコネクションを介し、ホテルの一室にて「LIFE」の最高幹部である和田佐那と対面していた。
「――あなたが、高梨弦さんのご子息、高梨蓮くんね」
部屋のソファに座っていたのは、仕立ての良い漆黒のスーツを纏った、冷徹で知的な美貌を持つ女性だった。その双眸は、ガラス細工のように静かに澄み渡り、同時に他人の脳裏まで射抜くような鋭さを秘めている。
彼女は、LIFEの中でも極めて特殊な権能『虚実看破』を持つことで知られていた。あらゆる嘘、秘められた能力を直接視認し、看破することができる唯一無二の眼。
佐那は、いつものように軽い値踏みのつもりで、蓮にその眼を向けた。
だが、その直後――佐那の端麗な顔が、驚愕と恐怖で見事に引き攣った。
「っ……!? レン・ヴァルハイト……!」
佐那の『虚実看破』の視界に映ったのは、くすんだ金髪の平凡な高校生などではなかった。
蓮の背後に、天を覆い尽くさんばかりの神聖な白金色の精神体が揺らめき、星を容易く砕くかのような、果てしなく高密度な大賢者の魔力回路が、あまりにも巨大な超質量となって渦巻いている。
それは、宮本孝治をはじめとするLIFEのトップ層にも劣らない能力、圧倒的な万能性。
膨大な情報に佐那は目元を押さえ、ソファーの背もたれに倒れ込むようにして、激しく呼吸を乱した。
ただ蓮を見ただけで、その魂の質量に精神を圧倒されそうになっていたのだ。
「そんなに無理をして視る必要はありませんよ、和田さん」
蓮は、高級なソファーに深く腰掛け、足を組みながら懃懃無礼に、しかし圧倒的な余裕の笑みを浮かべて語りかけた。
「私はただの高校生です。……今は、ですが」
佐那は乱れた髪をかき上げ、脂汗を拭いながら、乾いた声を絞り出した。
「ただの、高校生……? よく言うわ、レン・ヴァルハイト。異世界の賢者、本物の化け物ね」
彼女は一息つくと、震える手で手元のグラスを煽り、自らの感情を強制的にリセットした。
目の前にいる少年は、敵に回してはならない。それどころか、何としてでもLIFEに引き入れ、協力関係を築くべき「至宝」であると、彼女の看破の眼が叫んでいた。
「……あなたのその規格外の能力、LIFEは高く買い上げるわ。高校を卒業したら、即座に幹部特別待遇で私たちの組織に加入しなさい。宮本代表にも、私から直接進言しておく。条件はどうかしら?」
「妥当な提案ですね」
蓮は静かに微笑んだ。
「私が提供する魔術的知識とダンジョンに対する知見は、LIFEに計り知れない利益をもたらすでしょう。その対価として、私は私の『大切な者たち』の絶対的な安全と、これから私が行う個人的な『復讐』について、国や法の手が入らないよう完全に揉み消すためのサポートを要求します」
「……いいわ。あなたの『牙』がLIFEに向かないのであれば、その程度の便宜、喜んで図りましょう。契約成立よ」
佐那は、今だ少し震える細い手を差し出し、蓮と固い握手を交わした。
これにより、蓮は高校卒業後の「圧倒的な社会的地位」と、最強にして超法規的な組織「LIFE」の後ろ盾を完璧に手に入れたのだ。
さらに蓮は、綾の母親に対しても、筋を通すために面会を行った。
綾の母は、高梨家とは古くからの付き合いであり、蓮の誠実な人柄をよく知っていた。蓮は新進気鋭の超国家組織「LIFE」への最高待遇での加入が決定していること、そして何より「綾と、結婚を前提に真剣に付き合いたい」という意志をストレートに伝えた。
「蓮くんなら、安心して綾を任せられるわ。これからの不安定な世界、綾をよろしくお願いしますね」
母親からの快い了解と祝福を受け、蓮と綾の絆は、家族公認のものとなった。
そしてその日の深夜。
自室に戻った蓮のもとに、放っていた影の使い魔が、一抱えもの「闇の結晶」を携えて帰還した。
結晶に触れた瞬間、蓮の脳内に、使い魔が数ヶ月にわたって記録し続けた「堂島大輝のすべての悪行」のデータが、濁流となって流れ込んできた。
(……ほう。これは、想像以上に凄惨で、かつ救いようのないデータですね)
データには、大輝が裏のグループを使い、他校の生徒をリンチしている映像。
栄学高校の女子生徒に対し、卑劣な薬物を用いて暴行し、それをネタに脅迫して「レイプ魔」に仕立て上げるなどの悪質な音声。
そして、何より――中学時代から現在に至るまで、蓮を「暴力ハーフ」として孤立させ、教師たちに賄賂を握らせてイジメを正当化していた、大輝と教師たちの生々しい密談の記録が、完璧な画質と音質で保存されていた。
「大輝、お前だけは、地元地主の推薦枠で早々に『一流大学』への進学が決まっていたそうですね」
蓮のヘーゼルの瞳が、闇の中で、禍々しいほどの白金色の光を放つ。
「輝かしい未来を夢見ているところを、その頂点から奈落の底へ叩き落とす。……これ以上のエンターテインメントはありません。
お前が積み上げた歪んだ栄光のすべてを、お前が最も誇るその『推薦状』と共に、跡形もなく消し去ってあげましょう」
権能を得てから9ヶ月。
高校3年の元日まで、あとわずか。
完璧な「証拠」と、強固な「社会的基盤」を手に入れた大賢者レン・ヴァルハイトの、無慈悲なる復讐の幕が、ついに切って落とされようとしていた。




