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異世界賢者の平穏な復讐  作者: かぶんす


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十四話 秘密の図書室と、少女の揺るがぬ覚悟

 昼休みの校内は、喧騒に満ちていた。  しかし、その賑やかさから完全に切り離された場所が、校舎の最上階の奥にある。  薄暗く、埃の匂いと古い紙の香りが漂う準備室――普段は滅多に人が立ち入らない、資料図書室だ。

 蓮は窓際の古い木製椅子の背にもたれ、文庫本を広げていた。  その端正な横顔は、彫りの深い二重まぶたと、陽光を浴びて淡い琥珀色に輝くヘーゼルの瞳によって、まるで一枚の宗教画のような静謐さを醸し出している。

「やっぱり、ここにおった」

 引き戸が小さく開き、聞き慣れた、そしてこの場所で唯一、蓮の心を和ませる声が響いた。  入ってきたのは、森本綾だった。  少し色素の薄い茶色がかった瞳に、左側だけを黒いヘアピンで留めた黒髪。平均的な身長ながら、母親譲りの豊かな胸元が制服のセーラー服を押し上げている。クラスでは「可愛い」と評判の彼女だが、蓮の前で見せる表情は、いつだって少し照れを含んだ、飾らないものだった。

「綾。ここへ来ると、また君が堂島くんに目を付けられますよ」  蓮は本から目を離さずに言ったが、その声には、先ほど大輝に向けたような冷徹さは微塵もなかった。

「そんなん、知るかいな」  綾は小さく唇を尖らせると、蓮の隣の椅子を引いて、遠慮がちに腰掛けた。 「大輝くんが何言おうと、誰が蓮くんの悪口言おうと、うちは全然気にせえへん。だって、蓮くんがそんな悪いことする人やないって、うちが一番よく知ってるもん」

 彼女の少し訛りのある柔らかい言葉が、冷え切った図書室の空気をじんわりと温めていく。  綾は、蓮にとって「特別」な存在だった。  幼馴染であり、中学生の頃の最も過酷なイジメの最中でも、唯一、蓮を見捨てずに手を差し伸べようとし続けた少女。彼女の蓮に対する好意は、単なる同情ではなく、魂の根源で惹かれ合うような、純粋で強い恋心だった。

「……君は、お人好しが過ぎる」 「お人好しやないよ。うちな、蓮くんのその、ちょっと冷たいけど、本当はすごく優しいところが好きなんよ。……あ、いや、今のは友達として、っていうか!」  自分で言っておいて急に顔を真っ赤にし、綾は両手をバタバタと振った。  その愛らしい様子に、蓮の口元にかすかな、本当に微かな笑みが浮かぶ。

「知っていますよ。君が私を信じてくれていることは。……ですが、今の私と関わることは、君にとって何の利益にもならない」 「利益なんか求めてへんよ!」  綾は、蓮の手の上に、自らの小さな手を重ねた。  温かい。  蓮はその温もりに、前世で失った最愛の女性、雫の面影を重ねずにはいられなかった。

「うちはな、蓮くんがどれだけ辛い目に遭っても、絶対に隣におる。大輝くんがどれだけ脅してきても、うちは絶対に蓮くんから離れへんからな」

 綾の瞳には、強い、揺るぎない覚悟が宿っていた。  彼女は、大輝が自分に歪んだ恋心を抱き、その腹いせとして蓮をイジメていることに気づいていた。だからこそ、自分が蓮の傍に居続けることが、大輝の怒りを買う原因になることも理解している。それでも、彼女は退かない。

「ありがとう、綾。君のその言葉だけで、私は十分です」  蓮はそっと手を引き抜き、彼女の頭を優しく撫でた。 「ですが、無理はしないでください。私は、見かけほど弱くはありませんから」

「うん……知ってる。蓮くん、たまにすごく……何て言うか、大きな大人の人みたいに見える時があるもん」  綾は嬉しそうに目を細めながら、小首をかしげた。 (当然だ。私の中には、一国の軍勢を容易に滅ぼす賢者の魂があるのだからな)  蓮は心の中でだけ、そう呟いた。

 しかし、そんな二人の穏やかな時間を切り裂くように、図書室の扉が「バン!」と乱暴に開け放たれた。

「おい、やっぱりここにいやがったな、綾!」

 立っていたのは、顔を怒りで真っ赤に染めた堂島大輝だった。  その後ろには、体育教師の姿もある。  大輝の目は、蓮の隣に座る綾を捉え、その瞬間に激しい嫉妬と憎悪が爆発した。

「おい高梨! お前、また綾を脅してこんなところに連れ込んでんじゃねぇだろうな!」  大輝の怒号が、静かな図書室に響き渡った。  歪んだ独占欲と、支配欲。  綾が蓮に向ける笑顔を見るたびに、大輝の心は狂いそうになっていた。彼は、どんな手段を使ってでも、蓮を綾から、そしてこの学校から排除することを決意していた。


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