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異世界賢者の平穏な復讐  作者: かぶんす


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十三話 歪んだ包囲網と、終わらない悪意

 高校生活というものは、多くの若者にとって「人生の新しいスタートライン」として語られる。しかし、高梨蓮にとってその場所――栄学高校は、単に「前世からの因縁」を引きずり、さらに凝縮させただけの、新たな監獄に過ぎなかった。

 少しくすんだ金髪を春の柔らかな風に揺らしながら、蓮は校門をくぐった。  ヘーゼルの瞳は、どこまでも冷徹に周囲の状況を分析している。 (校舎の構造、防犯カメラの位置、生徒たちの導線……。中学生の頃と大差はないな。ただ、人間の悪意というものが、より『巧妙』に、かつ『社会的』に機能する年齢層になったということか)

 蓮の中には、かつて異世界で一世を風靡した伝説の賢者「レン・ヴァルハイト」の記憶と魂が同居している。しかし、現時点での彼の肉体は、あくまで魔力の極めて希薄なこの日本という世界に最適化された、ただの「ハーフ(ダブル)の高校生」に過ぎない。驚異的な学習能力や身体能力の片鱗こそ見せているものの、世界を崩壊させるような魔法を振るうことはできない。それが、彼をこの世界で長年苦しめてきた最大の要因でもあった。

「おい、見ろよ。あれが例の『高梨』だろ?」 「中学のとき、同級生を殴って怪我させたってやつ? ハーフだからって調子乗ってたんだろ」 「うわ、近寄らんとこ……。顔はいいのに、中身はヤバい奴とか一番タチ悪いやん」

 耳を劈くようなコソコソ話が、登校する生徒たちの間から聞こえてくる。  誰もが、蓮と直接目を合わせようとはしない。しかし、その視線には明確な「忌避」と「侮蔑」が混じっていた。

 ――この噂を流した張本人が誰であるかなど、調べるまでもない。  堂島大輝。  幼馴染でありながら、蓮に対して異常なまでの劣等感と憎悪を抱き、中学時代には凄惨なイジメを主導した男。地元の名士である堂島家の財力とコネクション、そして持ち前の「要領の良さ」を駆使し、大輝は栄学高校の体育教師や一部の上級生にまで、すでに根回しを終えていたのだ。  大輝にとって、蓮は「自分の引き立て役」でなければならず、同時に、自らが執着する森本綾の視線を奪い去る「最大の邪魔者」だった。

「おーおー、お出ましだな。お前、初日からずいぶんと有名人じゃねぇか、高梨」

 下駄箱の前で待ち構えていたのは、やはり堂島大輝だった。  ツンツンと尖らせた黒髪に、目つきの鋭い一重まぶた。その口元には、他者を完全に見下した下卑た笑みが浮かんでいる。背後には、中学時代から大輝の腰巾着として動いていた数名の取り巻きが、威圧するように控えていた。

「おはようございます、堂島くん。高校でも、随分と賑やかなお仲間を従えていらっしゃるのですね」  蓮は、感情の平坦な、しかしどこか慇懃無礼な響きを帯びた声で返した。  その落ち着き払った態度が、大輝のプライドをかすかに逆撫でする。大輝は一歩踏み込み、蓮の耳元で、他者には聞こえないような低い声で囁いた。

「スカしてんじゃねぇぞ、ダブルの分際で。ここはな、中学とは違って大人のルールが通じる場所なんだよ。お前がどんなに勉強ができようが、俺が一言『あいつはヤバい奴だ』って言えば、この学校の誰もがお前をゴミ扱いする。先生たちだって、俺の親父の顔を立てて、お前じゃなくて俺の言うことを信じるんだよ」

 大輝の言うことは、この世界の縮図としては悲しいかな、一面の真実だった。  高校に入学して早々、蓮への「イジメ」は、直接的な暴力から「社会的な孤立」へとシフトしていた。教師たちは蓮を腫れ物のように扱い、クラスメイトたちは大輝たちの顔色を窺って、蓮を徹底的に無視する。  プリントの配布をわざと飛ばす。  グループワークでは、誰も蓮と同じ班になろうとしない。  廊下ですれ違いざまに、わざとらしく肩をぶつけられ、カバンの中身をぶちまけられる。

 それらの嫌がらせに対し、蓮は一切の反論をせず、ただ冷ややかに彼らの行動を観察していた。 (実に見苦しい。しかし、この小さなコミュニティにおける権力構造の維持には、非常に興味深いものがある。堂島大輝……お前が積み上げているその『砂の城』が、どれほど脆いものか、いずれその身をもって知ることになるだろう)

 蓮の脳裏には、かつて異世界で自分を裏切り、母である雫を死に追いやった親族たちの姿が重なっていた。  彼らもまた、自分たちの権力と財力に溺れ、幼い蓮と雫を容赦なく踏みにじった。  だが、蓮の心は折れない。彼の中に眠る「賢者レン・ヴァルハイト」の魂は、この程度の精神的攻撃など、ただの微風程度にしか感じていなかった。

「フン、相変わらず不気味な奴だな。……おい、行くぞ」  大輝は、蓮が全く動揺しないことに舌を打ち、取り巻きを連れて去っていった。

 一人残された下駄箱で、蓮は小さく息を吐いた。  彼が耐えているのは、決して無抵抗だからではない。  すべては、力を取り戻すその瞬間のため。そして、母を苦しめた親族どもと、目の前の愚者たちを、一兵も残さず完璧に「駆逐」するための、静かなる牙の研ぎ澄ましだった。


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