十五話 不条理な裁定と、深まる亀裂
「違う! 大輝くん、うちは自分の意志で――」 綾が慌てて立ち上がり、蓮を庇うように前に出た。 しかし、大輝の傍らに立つ体育教師――いかにも高圧的な態度のがっしりとした男が、それを遮るように一歩前に踏み出した。
「森本、下がってなさい。お前がこの男に脅されているのは、すでに堂島や他の生徒たちから報告を受けている」 教師の声には、端から蓮の言い分を聞く耳など持たないという、絶対的な偏見が満ちていた。 この教師もまた、大輝の父親から「学校への多大な寄付金」という名目の袖の下を受け取っている、堂島側の人間だった。
「先生、私はただ――」 「口を開くな、高梨!」 教師は蓮の言葉を大声で制した。 「お前が中学時代から素行不良で、同級生に暴力を振るっていたことは調査済みだ。高校に入ってからも、こうして女子生徒を人気のない場所に連れ込み、脅迫めいた真似をしているとなれば、これは重大な校則違反、いや、警察沙汰になってもおかしくない事案だぞ!」
あまりの理不尽さに、綾の顔が青ざめる。 「そんなことありません! 蓮くんは何もしていません! うちが勝手に――」 「森本、お前はこいつが怖いから庇っているんだろう。心配しなくていい、堂島がすべてを話してくれた。この学校は、お前のような善良な生徒を、こういった『不届き者』から守る義務がある」
教師は、これみよがしに大輝の肩を叩いた。 大輝は、教師の背後から蓮を見下ろし、勝ち誇ったような、歪んだ笑みを浮かべていた。 (どうだ、高梨。これが『力』だ。お前がいくら正論を言おうが、この学校のルールは俺たちが決めるんだよ) 彼の濁った瞳が、そう語っていた。
蓮は、ただ静かに立ち上がった。 くすんだ金髪の間から覗くヘーゼルの瞳は、怒りに震えることもなく、かといって怯えることもなく、ただ「冷酷な観測者」として、教師と大輝の姿を捉えていた。
「わかりました。では、私はこれで失礼します」 蓮は、極めて冷静な、慇懃無礼な口調で言った。 「ただし、先生。客観的な証拠もなしに、一方的な『証言』のみで生徒を断罪することは、教育者としての品格、ひいては学校の社会的信用を著しく損なう行為であると、進言しておきます」
「な、何だと……!? 反省の色すらないのか!」 教師が激昂して蓮の胸ぐらを掴もうとしたが、蓮はそれを、極めて自然な動作で、しかし完璧な体捌きで回避した。 前世の戦士としての身のこなし。魔力がなくとも、骨格と筋肉の効率的な連動だけで、素人の突進を避けることなど造作もない。
「失礼します」 蓮は、呆然とする教師と、悔しげに奥歯を噛み締める大輝の横をすり抜け、図書室を後にした。 「蓮くん!」 綾が後を追おうとしたが、大輝がその腕を強く掴んだ。 「離して、大輝くん! 最低やわ、あんたら!」 「綾、お前のためを思ってやってるんだよ! あんな、どこの馬の骨かもわからないハーフの暴力男なんかと関わっちゃダメだ!」
廊下を進む蓮の耳に、彼らの言い争う声が遠ざかっていく。 蓮の拳は、ズボンのポケットの中で静かに握りしめられていた。
(堂島大輝。そして、小汚い大人の権力にしがみつく教師ども。……お前たちの罪状リストに、また一つ項目が増えたな。私は、かつて異世界で『賢者』と呼ばれた男だ。賢者とは、ただ知識を持つ者ではない。すべての事象を掌握し、最も効率的に、最も残酷に、敵を根絶やしにする術を知る者のことだ)
蓮の心の中で、冷徹な復讐の炎が、より一層その輝きを増していく。 今、彼はまだ「耐える」段階にいる。 高梨の養父母――弦と恭子には、これ以上の心配をかけたくない。それに、雫を陥れた親族たちの捜索も、弦の協力を得て水面下で進めている最中だ。 社会的な「証拠」を積み重ね、彼らが二度と這い上がれないほどの、完璧な破滅を用意する。 そのための「時」は、着実に近づいていた。




