【挿絵付】第8話 魔法石配給の日
ルカ村に来て三日目、広場に人が集まっていた。
朝から村の空気が少しだけそわそわしている。お祭りというほどではないけれど、いつもより人の動きが多い。畑へ向かう人も、井戸へ行く人も、どこか広場のほうを気にしていた。
「今日は何かあるんですか」
私は隣を歩いていたおばさんに聞いた。
「魔法石の配給日だよ」
「魔法石」
「メイジ様が来てくださる日さ」
女神さまから聞いていた。この世界では、多くの人は魔法を使えない。代わりに、メイジが管理する魔法石を借りて生活している。
照明、暖房、浄水、簡単な調理。
便利な石。
そして、絶対に面倒の種になる石。
「見に行くか、ミリィ」
肩の上でピヨが言った。
「見に行くだけね」
「我が配給を受け取ってやってもよい」
「ひよこに配給はないと思う」
広場には、小さな机が出されていた。そこに、紺色の長い上着を着た若い男性が座っている。胸には銀色の小さな紋章。たぶんメイジの証だ。
見た目は真面目そう。ただ、机の上の書類を何度も並べ直していて、少し緊張しているのが分かる。
「次の方、どうぞ」
声も硬い。
村人は慣れた様子で名前を告げ、前回借りた魔法石を返し、新しいものを受け取っていく。石は透明で、中に淡い光を抱えていた。村人たちはそれを大事そうに布へ包み、礼を言って帰っていく。
所有ではなく、貸与。
なるほど。制度としてかなりしっかりしている。
「あ、あの、そちらの方」
若いメイジが私に気づいた。
「見ない顔ですね。新しく村に?」
「しばらく滞在しています。ミリィ・ルナベルです」
「私は配給担当のリオルです。魔法石の貸与を希望されますか?」
「いえ、今は大丈夫です」
リオルさんは目を丸くした。
「大丈夫、ですか」
「はい」
「照明や暖房に必要になると思いますが」
「必要になったら相談します」
嘘ではない。必要になったら、自分用に最低限だけ作るかもしれない。借りると記録が残る。作るともっと面倒。どちらも避けたい。
「珍しいですね」
「そうですか」
「魔法石なしで暮らすのは不便でしょう」
「不便には強いほうなので」
「ミリィは寝床さえあれば生きる」
「ピヨ、余計なことを言わない」
リオルさんは、ピヨを見た。
固まった。
「……ひよこが、しゃべりましたか」
「山奥ですから」
私は先に言った。
リオルさんは混乱した顔をした。村人たちならそれで納得してくれるが、メイジはそうはいかないらしい。
「山奥とは、そういうものなのですか」
「たぶん」
「我は空の王である」
「ひよこです」
「ミリィ!」
リオルさんは書類に何かを書きかけ、手を止めた。
「これは、記録すべきでしょうか」
「しなくていいです」
「しかし、しゃべるひよこは」
「しなくていいです」
私は強めに言った。リオルさんは小心者らしく、すぐにうなずいた。
「分かりました。未記録の小型鳥類ということで」
「それも書いてますよね」
「癖で」
真面目な人だ。そして少し面倒だ。
そのとき、ピヨが机の上をじっと見た。そこには、返却された魔法石が布の上に並んでいる。透明な石の中に、淡い光がゆらめいていた。
「卵か?」
「違う」
「温めるのか?」
「違う」
「孵るのか?」
「絶対に孵らない」
ピヨは私の肩から机へ飛び移ろうとして、当然のように失敗した。ぽて、と机の前に落ちる。
「戦略的着地である」
「今のは落下」
リオルさんが慌てて魔法石を守った。
「魔法石は繊細ですので!」
「すみません。ピヨ、触らない」
「卵ではないのか」
「石」
「ならば食えぬな」
「食べようとしてたの?」
私はピヨを抱え上げた。リオルさんは胸をなで下ろす。
「魔法石は、村の生活を支える大切なものです。破損すると手続きが大変で」
「手続き」
「はい。報告書が三枚、確認書が二枚、場合によっては理由書が」
「絶対に壊さないで、ピヨ」
「我を何だと思っている」
「書類を増やす鳥」
リオルさんが小さく笑った。緊張が少し解けたようだった。
悪い人ではない。メイジだから偉そう、という感じでもない。村人たちも、リオルさんに普通に礼を言い、リオルさんも丁寧に応じている。
上と下。けれど、一方的ではない。
持ちつ持たれつ。
女神さまが言っていた通りの関係が、ここにはあった。
「ミリィさん、本当に貸与は不要ですか」
「はい。今は」
「分かりました。必要になれば、村長を通してください」
「ありがとうございます」
私は広場を離れた。背中に、魔法石の淡い光を感じる。
作ろうと思えば、たぶん作れる。
でも、作らない。
絶対に面倒になる。
「ミリィ」
「何」
「あの石、少しうまそうだった」
「食べないで」
魔法石より先に、ピヨの食欲を管理する必要がありそうだった。
その日の夕方、私は自分の家で小さな石を眺めていた。
拾ったものではない。正確には、村の道端に転がっていた普通の石だ。魔力はほとんどない。灰色で、少し丸い。
私はそれを手のひらに乗せ、じっと見つめる。
魔法石。
リオルさんが配っていた石は、もっと透明で、内側に淡い光があった。あれが人々の暮らしを支えている。照明。暖房。浄水。簡単な調理。
便利だ。
とても便利だ。
私なら、たぶん作れる。魔力石を探し、加工し、魔力を通し、安定させる。やり方を完全に知っているわけではない。でも、感覚として分かる。女神さまがそういう力をくれたのだろう。
試しにこの石へ魔力を流せば、簡易的な光くらいは出せるかもしれない。
私は指先に魔力を集めた。
灰色の石が、ほんの少しだけ温かくなる。
そこで止めた。
「やめよう」
「なぜだ」
ピヨが毛布の上で穀物をつつきながら言った。
「光らせればよかろう」
「光ったら、次も光らせたくなる」
「便利だ」
「便利だからだめ」
「難しい」
「便利なものは、誰かが管理したくなる。誰かが売りたくなる。誰かが独り占めしたくなる」
私は手の中の石を机に置いた。
「特に魔法石は、もう制度がある。配る人がいて、借りる人がいて、返す決まりがある」
「壊すと書類が増えるやつか」
「そう、それ」
ピヨは少し考えた。
「書類は食えぬ」
「食べ物基準だけど、今回は正しい」
私は窓の外を見た。村の家々に、小さな灯りがともり始めている。あれも魔法石だろうか。それとも油の灯りだろうか。
対して、うちの家はかまどの火だけだった。
明るいと言えば明るい。
暗いと言えば、かなり暗い。
棚の上に置いたはずの布が見つからず、私は机の角に膝をぶつけた。
「痛い」
「ミリィ、灯りの石を借りればよかったのではないか」
「今それを言わないで」
「余の穀物皿も見えぬ」
「食欲だけは暗闇に強いね」
私はかまどの火を少しだけ整え、もらった古い油皿に火を移した。魔法石があれば、たぶん指先一つで済む。でも、油皿なら油を足すだけだ。
壊れても書類は増えない。
「暗い」
「慣れる」
「寒い」
「毛布を増やす」
「魔法石は?」
「借りない」
ピヨは不満そうに丸くなった。私は毛布を一枚、ピヨの背中にかける。
便利を避けるというのは、こういう小さな不便を引き受けることなのだと思う。この村では魔法石だけに頼っているわけではない。かまどもあるし、薪もある。井戸もある。手で動かす道具もある。
そこがいい。
もし魔法石がなくなっても、完全には止まらない。
私はまだ知らなかった。
この考えが、ずっと先で大きな意味を持つことを。
今の私に分かっていたのは、ただ一つ。
面倒を避けるには、最初の一歩を踏み出さないこと。
「ミリィ」
「何」
「ならば、我のための温かい石も作らぬのか」
「作らない」
「寒い夜に、我が震えてもか」
「毛布を増やす」
「魔法より毛布」
「そう」
ピヨは不満そうにしたが、毛布という言葉には少し反応した。
「柔らかい毛布なら許す」
「何を許されたのか分からない」
翌日、私は村長に魔法石の配給についてもう少し聞いた。
村長は丁寧に教えてくれた。魔法石はメイジ機関のもの。村は必要数を申請し、配給を受ける。壊れた場合は報告。不足した場合は次回まで待つか、急ぎの申請をする。それでも、この制度のおかげで多くの村が助かっている。
「メイジ様方も、昔とは変わりました」
村長が言った。
「昔?」
「かつては、魔法を持つ者と持たぬ者で大きな争いがあったと聞いております」
女神さまの話にもあった。メイジの傲慢さから起きた戦争。一般市民に敗れ、今の形になった社会。
「今は、持ちつ持たれつですな」
「いい関係なんですね」
「ええ。だからこそ、あまり崩したくはありません」
村長の言葉は穏やかだった。でも、重かった。
私はうなずいた。
「私も、崩す気はありません」
本当に。
村長の家を出ると、広場の机でリオルさんが昨日の配給記録をまとめていた。返却された古い魔法石や、欠けた小さな石が箱に収められている。
村人たちは昨日借りた魔法石を、もうそれぞれの家で使い始めているはずだ。あの石は、便利な道具というより、村全体で預かった大事な火種みたいなものなのだろう。
「メイジ様、昨日は助かりました」
「こちらこそ、いつも食料の納入をありがとうございます」
おばさんが礼を言い、リオルさんも丁寧に頭を下げる。階級としてはメイジが上。でも、頭を下げる方向は一つではない。
その光景は、少し不思議で、少し安心した。
「ミリィさん」
リオルさんが私に気づいた。
「本当に、魔法石なしで大丈夫ですか。予備を一つ申請することもできますが」
「大丈夫です。たぶん」
「たぶん」
「毛布と薪があります」
「ずいぶん素朴な備えですね」
「素朴なほうが壊れにくいので」
リオルさんは少し考えてから、うなずいた。
「確かに、魔法石は便利ですが、壊れると困ります」
「書類も増えますし」
「はい。書類も増えます」
そこで二人して真顔になった。
書類。
それは魔法より強い抑止力かもしれない。
ピヨが私の肩で小さく鳴いた。
「つまり、書類を生む石か」
「かなり嫌な要約」
「食えぬ上に書類を生む」
「もっと嫌な要約」
リオルさんは困ったように笑った。そして、机の上に残った小さな欠け石を一つ、箱へ戻す。
「これも、ただの石ではありません。誰かの冬を少し楽にするものです」
「そうですね」
私は素直にそう思った。
便利なものを否定したいわけではない。ただ、便利なものを増やす手を、私が出したくないだけだ。出せば、たぶん止まらなくなる。
崩す気はない。
だから、魔法石は作らない。
少なくとも、今は。
そう思った、そのときだった。
リオルさんが片づけようとしていた箱の中で、小さな欠け石が一つ、ふっと淡く光った。
「……あれ?」
リオルさんが手を止める。
私は動かなかった。動かなかったというより、動けなかった。
「今、光りましたか?」
「気のせいでは」
声が少しだけ早く出た。
リオルさんがこちらを見る。
まずい。早い否定は怪しいと、どこかの受付さんも言っていた気がする。
「魔力反応が、少しだけ」
「山奥ですから」
私はまた便利な言葉を使った。
リオルさんは真面目に考え込んだ。
「山奥とは、そういうものなのでしょうか」
「たぶん」
「我は見たぞ。石がぴかっと」
ピヨが余計なことを言った。
私はそっと、ピヨのくちばしを押さえる。
「見てません」
「見た」
「見てません」
リオルさんは欠け石を箱に戻し、首をかしげたまま蓋を閉めた。
私は何もしていない。石も作っていない。ただ、夕方にほんの少しだけ魔力を集めただけだ。
それだけで、離れた欠け石が反応したのだとしたら。
「……面倒の気配がする」
「うむ。ぴかっとした」
「黙ってて」
魔法石は作らない。
そう決めた。
決めたのに、魔法石のほうが勝手にこちらを見てきた気がした。
******
この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!
また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!




