【挿絵付】第6話 ギルドの依頼は受けません
ルカ村での二日目の朝、井戸の音と薪を割る音が聞こえ始めたころ、私は村長に捕まった。
捕まった、という表現は少し大げさかもしれない。けれど、扉を開けた瞬間に村長がにこにこと立っていて、「おはようございます」と言うより早く用件に入られたら、それはもう捕まったでいいと思う。
「村に滞在するなら、ギルドにも顔を出しておくと安心ですぞ」
安心。
便利な言葉である。便利すぎて、私はもう少し疑って生きていきたい。
ルカ村のギルドは魔物退治だけでなく、薪運びや修繕の相談まで集まる場所らしい。つまり、村の困りごとが一度そこに集まる。安心という言葉のわりに、私は嫌な予感しかしなかった。
顔を出すだけ。
たぶん、それだけでは済まない。
でも、村で暮らす以上、完全に断るのも難しい。私はピヨを抱え、まだ眠い頭のまま、村の小さなギルドへ向かった。
「ギルドとは、我の配下を集める場所か」
「違う」
「では、我の武勲を記録する場所か」
「まだ何もしてないでしょ」
「存在が武勲」
「強い言葉を雑に使わない」
ギルドは、村の広場の端にあった。看板には剣と盾の絵が彫られている。ただし建物自体は小さく、酒場というより集会所に近い。扉の向こうからは、紙をめくる音と、誰かが椅子を引く音が聞こえた。
中に入ると、受付の女性が顔を上げた。栗色の髪をひとつにまとめた、きりっとした人だ。背筋が伸びていて、机の上もきれいに整っている。第一印象は、真面目な受付さん。
ただし、第一声で少し揺らいだ。
「いらっしゃいませ。依頼ですか、登録ですか、それとも運命ですか?」
「三つ目だけ重くないですか」
受付の女性は、私をじっと見つめた。そして目を輝かせた。
嫌な予感がする。朝からずっと嫌な予感しかしていない。
「あなた、ただ者ではありませんね」
「ただ者です」
「その落ち着き、その瞳、その肩に宿る見えざる力」
「肩にはひよこしかいません」
「我である」
ピヨが胸を張った。
受付の女性はピヨを見て、一瞬固まった。真面目そうな目が、ひよこを見て、私を見て、またひよこに戻る。
「……しゃべるひよこ」
「気のせいです」
「我は空の」
「気のせいです」
私はピヨのくちばしを押さえた。
受付の女性は、なぜか深くうなずいた。
「なるほど。秘めた力を隠すための相棒ですね」
「どうしてそうなるんですか」
「分かります。強き者は、往々にして自らの力を隠すもの」
「隠してないです。ありません」
「否定が早い。ますます怪しい」
「否定すると怪しまれるなら、どうすればいいんですか」
私はため息をついた。この人、変だ。見た目は真面目そうなのに、発言がいちいち芝居がかっている。
私は静かに暮らしたいだけなのに、なぜ出会う人出会う人、癖が強いのだろう。
「ちょうどよかったです」
「よくないです」
「北の森に小型の魔物が出たという報告があります。新たな才能を持つ旅人が現れたこの日に、まるで運命のように」
「受けません」
「まだ依頼内容を最後まで言っていません」
「最後まで聞くと断りにくくなるので」
受付の女性は目を丸くした。私は真剣だった。
魔物退治。いかにも面倒だ。魔法を使えば終わるかもしれない。けれど、使えば目立つ。使わずに戦う理由もない。つまり、最初から受けないのが正解である。
「でも、村のためですよ?」
「村にはギルドがあります」
「小型ですよ?」
「小型でも魔物です」
「あなたなら」
「できません」
即答した。
受付の女性は、少しだけ残念そうにした。
「では登録だけでも」
「しません」
「なぜですか」
「登録すると依頼が来そうなので」
「来ますね」
「認めた」
正直な人ではある。私は少しだけ好感を持った。
依頼は受けないけど。
「ふむ。ならば我が受けよう」
ピヨが私の腕の中で翼を広げた。短い。とても短い。
「我には秘めた力がある」
「小動物は依頼を受けられません」
受付の女性が真顔で言った。
「小動物ではない!」
「ひよこです」
「空の王である!」
「今はひよこです」
「ミリィまで!」
ピヨは怒ったが、私の腕から降りようとはしなかった。つまり、戦う気はない。口だけである。
そのとき、奥の部屋から大柄な男性が出てきた。傷のある顔に、太い腕。おそらくギルド長だろう。いかにも荒事に慣れていそうなのに、表情は穏やかだった。
「おう、新しい旅人か。無理に依頼を受けさせるなよ」
「ギルド長。ですが、彼女には運命が」
「うちの村で運命を背負わせるな。壊れた鍋を鍛冶屋へ回すとか、腰を痛めた爺さんの家に薪を一束届けるとか、そのくらいでいい」
「急に生活感が強い」
ギルド長は笑った。
「安心しろ。うちの依頼は大半がそんなもんだ。魔物はたまに出るが、村人同士の助け合いもギルドの仕事だ」
「そういう場所なんですね」
「山奥だからな」
また出た。山奥だから。
便利な言葉である。
結局、私はギルド登録も魔物退治も断り切った。ただし、この場所が魔物退治だけの場所ではないことは分かった。生活の困りごとを、誰かにつなぐ場所。
それなら、少しだけ悪くない。
少しだけ。
かなり危ない感想である。
「ミリィ、我も手伝うぞ」
「ピヨが?」
「応援する」
「それは手伝うとは言わない」
「偉大なる声援である」
「いらない」
そのやり取りをしているうちに、私はなんとなくこの村のことが分かり始めていた。平和。不便。人が近い。そして、変な人が多い。
静かに暮らすには、少し騒がしいかもしれない。
でも、魔物退治を押しつけられなかっただけ、今日は勝ちである。
そう思っていると、受付の女性が受付台の下から布に包んだものを出した。
「ミリィさん、もうひとつ相談が」
「魔物ですか」
「いえ、鍋です」
「鍋?」
「壊れた鍋を直せる人を探していて」
私は天井を見上げた。
魔物退治の次に鍋。この村のギルド、振れ幅が大きい。
「ミリィさんは、困っている人を放っておけない方ですね」
「今のは受付さんが押し切っただけです」
「でも、受けてくださいました」
「鍋だからです」
「魔物より鍋」
「はい」
即答した。
「それと、鍛冶屋へ行く途中に、腰を痛めたおじいさんの家があります」
「ありますね、たぶん」
「薪を一束だけ置いてきてもらえますか」
「増えた」
「ついでです」
「ついでって、仕事を増やす魔法の言葉ですよね」
「魔法ではありません。生活です」
「生活、強い」
ギルド長が奥で笑っている。
「いい判断だ。命は大事だからな」
「鍋も生活には大事です」
「そうだ。飯が作れんと困る」
ギルド長の言葉には妙な説得力があった。
壁には簡単な依頼札がかかっている。魔物退治の札もあるが、それより多いのは、薪運び、屋根の修理、畑の手伝い、なくした道具探し。冒険というより、生活支援。でも、この村ではそれが必要なのだろう。
「これ、全部ギルドの依頼なんですか」
「ああ。山奥は人手が限られるからな」
ギルド長が言う。
「戦うだけがギルドじゃない。困りごとを誰かにつなぐ場所でもある」
「いいですね、それ」
思わず言った。受付さんの目がまた光った。
「では登録を」
「しません」
「惜しい」
「今の流れでいけると思いました?」
「少し」
正直である。
私は依頼札から目をそらした。危ない。ちょっといいなと思っただけで登録させられそうになる。
ピヨが受付台に乗ろうとして、途中で滑った。ギルド長が片手で受け止める。
「おっと」
「我を抱えるとは、なかなかの者」
「軽いな」
「威厳は重い」
「体は軽い」
ギルド長は楽しそうに笑い、ピヨを受付台に置いた。ピヨはそこで胸を張る。
「我も依頼札を出す」
「何の依頼」
「供物募集」
「却下」
受付さんが即座に言った。ピヨが衝撃を受けた顔をする。
「なぜだ」
「ギルドは公共の場所ですので」
「我は公共にふさわしい」
「ふさわしくありません」
「不敬である」
受付さん、強い。
私は少し感心した。ギルドには、こういう人が必要なのかもしれない。
「ミリィさん」
受付さんが、鍋を布に包みながら言った。
「魔物退治は受けなくて構いません。けれど、村で暮らすなら、こういう小さな困りごとに関わることは増えると思います」
「増えますか」
「増えます」
「言い切られた」
「ルカ村は人が少ないので」
私は小さくうなずいた。不便な場所では、一人の手が大事になる。魔法を使わなくても、できることはある。むしろ、魔法を使わないからこそ、手伝える範囲で関わるのは悪くないのかもしれない。
ただし、ほどほどに。
絶対にほどほどに。
「鍋を直すだけですからね」
「はい」
「魔物退治はしません」
「はい」
「登録もしません」
「いつか」
「しません」
受付さんは残念そうに笑った。そして、手元の依頼帳を開いた。
「では、登録ではなく、生活協力者欄にお名前だけ」
「何ですか、その逃げ道をふさぐ欄」
「顔を出した方の控えです」
「今、生活協力者って言いましたよね」
「控えです」
「言い方を戻しても遅いです」
受付さんはさらさらと私の名前を書いた。
登録はしていない。していないはずなのに、何かに片足を入れた感覚がある。
負けではない。たぶん。でも、勝ちでもない。
私は鍋を受け取り、ギルドを出た。外の空気は少し冷たく、畑の匂いがする。ピヨが私の肩に乗り直した。
「ミリィ、鍋とは重要なのか」
「大事だよ。ごはんが作れないから」
「ならば最重要である」
「急に理解した」
「食に関わるものは尊い」
「ピヨの価値観、だいたい食べ物だね」
私は鍋を抱え、もう片方の腕に小さな薪束を抱えて、鍛冶屋へ向かった。
道すがら、村人たちが何人か声をかけてきた。
「ミリィさん、依頼は受けなかったのかい」
「受けません」
「もったいないねえ」
「平穏のほうが大事です」
すると、肩の上のピヨが胸を張った。
「我がいれば魔物など恐れるに足らぬ」
「ピヨはさっき、ギルドの扉に挟まりかけたよね」
「あれは罠を調べた」
「扉です」
村人が笑う。
途中、腰を痛めたおじいさんの家の前に薪束を置いた。家の奥から「すまんなあ」と声がしたので、私は「ついでです」と返した。
ついで。
便利な言葉である。
使う側になると、少し負けた気がする。
私は空いた腕で鍋を抱え直した。
魔物退治より、鍋の修理。
たぶん、今の私にはそれくらいがちょうどいい。
そう思いながら歩いていると、村の外れから、金属を叩く音が聞こえてきた。
かん、かん、かん。
規則正しくて、力強い音。
開いた扉の向こうで、若い男の子が鉄を叩いていた。袖をまくった腕はしっかりしていて、火の赤が横顔を照らしている。
私は、ほんの少しだけ足を止めた。
「ミリィ、鍋を直すのではないのか」
「直すよ」
「では、なぜ止まった」
「火が熱そうだったから」
嘘である。
魔物退治より、鍋の修理。そのくらいがちょうどいい。そう思っていたのに、鍛冶場の入口で、別の面倒の気配がした。
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