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村を少し便利にしただけなのに、魔法文明が終わりそうです   作者: Miris


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第32話 鍛冶屋、参拝道を叩く

 翌朝の鍛冶場は、いつもより早くから音がしていた。


 まだ広場の影が長い時間だ。


 山のほうには薄い霧が残っていて、竜の姿はぼんやりと黒い塊に見える。


 そのふもとで、トマが真っ赤な鉄を見つめていた。


「いくよ」


 親方の声に合わせて、トマが槌を振り下ろす。


 かん、と高い音が鳴った。


 もう一度。


 かん。


 もう一度。


 かん。


 朝の空気に鉄の音がまっすぐ伸びて、広場のほうまで響いていく。


 私は鍛冶場の入口で立ち止まった。


 熱が頬に当たる。


 煙と鉄と炭の匂いが混じって、眠気が一瞬で吹き飛んだ。


「早いね」


「山道が待ってくれないから」


 トマは振り向かずに答えた。


 額から汗が落ちる。火の前にいるせいで、髪の先まで熱を持っているように見えた。


 親方が鉄を水に入れると、白い湯気が一気に上がる。


「杭を打つ。手すりを支える金具も作る。木だけだと、湿ったら緩む」


「参拝道っぽくなってきたね」


「参拝道って言うと、バルトさんが値札をつけそうだから言わないで」


「もう言ってるよ」


 トマの手が止まった。


 私も止まった。


 親方だけが、何も聞かなかった顔で次の鉄を火に入れた。


「……やっぱり?」


「うん。ルカ山竜参拝路って」


「早すぎる」


「商人の足は、たぶん山道より早い」


 トマは深く息を吐いて、また槌を持ち上げた。


 火花が散る。


 その光を見ていると、山道が少しずつ形になるところまで見えた気がした。


 歩きやすい道。


 転びにくい段。


 子どもが握れる低い手すり。


 年寄りが腰を下ろせる小さな椅子。


 それは大げさな神殿ではない。


 でも、ただの山道でもなくなっていく。


 またひとつ、ルカが変わる音がした。


 ******


 昼前、山道の入口には職人たちが集まっていた。


 木工職人さんが丸太を並べ、石工さんが平たい石を選び、トマたちが鍛冶場から運んできた杭と金具を広げる。


 村長は紙を持ってうろうろしていた。


 セドさんはその横で、もう記録の姿勢に入っている。


「本日の記録名は、『参拝路整備第一日』でよろしいでしょうか」


「第一日ってつけると続く感じが強いですね」


「続きます」


「言い切らないで」


 私は山道を見る。


 入口の少し先は、昨日の人の足で土が柔らかくなっていた。雨が降れば滑る。乾けば土ぼこりが舞う。


 竜がいる山へ人が向かう。


 その事実だけで、道はもう普通の道ではいられない。


「ミリィ、ここの手すりはこの高さでいい?」


 トマが木の棒を立てて聞いてきた。


 私は近づいて、手を置く。


 大人にはちょうどいい。


 でも、昨日見た子どもたちはこの高さだと腕を伸ばすことになる。


「大人用はこれ。子ども用に下にも一本」


「下にも?」


「子どもは高いところに手を伸ばすと、体が外に寄るから」


 トマは自分の体を少し傾けて、なるほどという顔をした。


「じゃあ二段」


「あと、坂の内側に寄せて。外側に寄せると、みんな外を見たくなって危ない」


「竜さまを見に来てるのに?」


「見る場所を決める。歩く場所では見ない」


 トマは一瞬だけ不満そうに山を見た。


 でも、すぐに棒の位置を変える。


 ものを作る人は、理屈が通ると早い。


「ここに休む場所」


 木工職人さんが、少し広い斜面を指した。


「大きく削れば、十人くらい座れます」


「十人も座らせないでください」


「では八人」


「人数の問題じゃないです」


 私は手で小さく四角を作った。


「二人か三人が腰を下ろせるくらい。長く居座る場所にしない。疲れた人が息を整える場所」


 木工職人さんは腕を組んで、まじめにうなずいた。


「なるほど。長居できない椅子」


「そこまで座り心地を悪くしなくてもいいです」


「ほどほどに座れる椅子」


「それでお願いします」


 横でバルトさんが何かを書き留めた。


「ほどほどに座れる椅子、よい響きですね」


「商品名にしないでください」


「いけますのに」


「いかせないでください」


 村長が苦笑し、セドさんが筆を止めずに肩だけ震わせた。


 ******


 午後になると、最初の杭が打ち込まれた。


 かん、と鉄を叩く音。


 どん、と木を地面に沈める音。


 石を置く低い音。


 それぞれの音が山道に重なって、ただの土の坂が少しずつ道になっていく。


 見物に来ていた人たちは、入口の広場で待つことになった。


 祈りたい人は石台の前へ。


 山を見たい人は、まだ遠くから。


 文句も出た。


「せっかく来たのに、今日は登れないのか」


「遠くからでも竜さまは見えるじゃないですか」


 村長が丁寧に返す。


 相手は口を尖らせたが、山道で作業する職人たちを見て黙った。


 危ないものは、見れば分かる。


 分かるようにしておくのも、大事なのかもしれない。


 トマは杭を運びながら、何度も山を見上げていた。


 竜は相変わらず動かない。


 こちらの工事に興味があるのかないのか、あの大きな目は半分閉じている。


「竜さま、うるさくないかな」


 トマが小さく言った。


 槌の音が止んだ隙間に、その声が私のところまで届いた。


「今のところ怒ってないね」


「怒ったら?」


「やめる」


「早い」


「そこは早くていい」


 トマは笑った。それから、少しだけ真面目な顔になって、杭を一本持ち上げる。


「でも、ちゃんと作るよ。竜さまを見る人が転んだら、竜さまのせいにされるかもしれないし」


 私はその言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ静かになった。


 トマはただ面白がっているわけではない。


 竜を信仰にする人もいる。


 商いにする人もいる。


 記録にする人もいる。


 そして、道にする人もいる。


「うん。お願い」


「任せて」


 トマは短く答えて、職人たちのところへ戻った。


 夕方には、入口から少し上まで二段の手すりがついた。


 鉄の金具は目立たないけれど、触るとしっかりしている。


 私はその手すりを軽く揺らした。


 動かない。


 いい仕事だ。


「ミリィちゃん、どう?」


 トマが待ちきれない顔で聞く。


 私はもう一度手すりを握って、山を見上げた。


 竜が、ほんの少しだけ目を開けた。


 光を受けた瞳が、遠くで金色に光る。


 広場から小さなどよめきが上がった。


 トマは槌を握ったまま、息を止めていた。


「……合格、かな」


 私がそう言うと、トマはぱっと笑った。


 その横でバルトさんがすかさず言う。


「では明日から、整備済み区間を案内付きで」


「早い」


「商いは」


「言わなくていいです」


 鉄の音は止んだ。


 でも、私の中で別の音が鳴っていた。


 ルカが大きくなる音。


 止めたいのに、たぶん止まらない音だった。


 ******


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