第33話 お供えと土産物は違います
参拝道の入口に置かれた石台は、朝から色とりどりだった。
花。木の実。小麦の束。小さな布袋。焼き菓子。干し肉。
そして、なぜか鍋。
私は石台の前で足を止めた。
「……鍋?」
「竜さまに温かいものを、とのことです」
村長が困った顔で答える。
鍋の中には、まだ湯気が立つ野菜の煮込みが入っていた。
匂いはいい。
とてもいい。
でも山道の入口で湯気を立てている鍋は、信仰というより事故の予感がする。
「火は?」
「使っておりません。家で作って持ってきたそうです」
「じゃあ火はいいとして、これ誰が片づけるんですか」
村長は黙った。
私も黙った。
答えは、石台の横に立っている主婦組の顔に書いてあった。
私たちです、という顔だ。
主婦組のひとりが、静かに腕を組む。
「ミリィちゃん。お供えは気持ちだからね」
「分かってます」
「でも、汁物は困るね」
「分かってくれて助かります」
「あと干し肉も、匂いで犬が来るね」
「それも困ります」
「花はいい。小麦もいい。布袋もいい。鍋はだめ」
主婦組の判断は早かった。
信仰より生活のほうが強い瞬間だった。
「お供え物の決まりを作りましょう」
村長が小さくうなずく。
セドさんはすでに筆を構えていた。
「記録名は」
「決まりを作ってからでお願いします」
「はい」
セドさんは少し残念そうに筆を下げた。
******
昼には、広場の端に小さな机が並んだ。
机の上には、子どもたちが描いた竜の絵。木工職人さんが削った小さな木札。主婦組の焼き菓子。保存食の袋。
竜さまへのお供えを整理しようとしていたはずなのに、なぜか土産物の列が生まれている。
私は机の前で、腕を組んだ。
「これは何?」
「竜さま記念木札です」
木工職人さんが答える。
木札には、丸っこい竜の絵が彫られていた。怖くはない。むしろ眠そうだ。
「これは?」
「竜印保存食です」
主婦組が袋を持ち上げる。
袋には、竜のしっぽらしき線が描かれている。中身は干した豆と固焼きパンだ。
「これは?」
「守護鳥ピヨ様豆袋である」
ピヨが胸を張った。
私は袋を手に取る。
小さな豆袋に、子どもの字で「ピヨ」と書いてあった。
「誰が作ったの」
「子どもたちである」
「誰が許したの」
「民意である」
「便利な言葉を覚えないで」
ピヨは得意げに羽を広げた。
広場の子どもたちは笑っている。
その笑いにつられて、買いに来た旅人まで笑う。
空気は悪くない。
悪くないから、余計に難しい。
「バルトさん」
「はい」
呼ぶ前からいた。
怖い。
「お供えと土産物を混ぜると、後で困ります」
「まったく同感です」
「本当に?」
「信仰の場に値段を持ち込みすぎると、反発が出ます。逆に、商いの場にお供えを混ぜると、管理ができません」
バルトさんは木札を一枚手に取って、光にかざした。
「入口の石台はお供え。広場の机は土産物。寄付は別の箱。売上の一部は道の整備へ。これでどうでしょう」
「……まともですね」
「私はいつもまともです」
「時々、速度がまともじゃないです」
「速度は大事です」
否定できないところが悔しい。
人が集まると、物も集まる。物が集まると、欲しい人が出る。欲しい人が出ると、売る人が出る。止めるより先に、形を決めないといけない。
私は土産物の机と石台を見比べた。
距離を離す。人の流れを分ける。祈る人と買う人がぶつからないようにする。
言葉にすると簡単なのに、実際の広場は足と声と荷物でいっぱいだった。
「机は広場の南側へ。石台の近くで売らない。お供えは腐らないものだけ。汁物と肉はだめ。花は夕方に片づける。寄付箱は村長の管理」
「町長です」
村長が小さく言った。
私は一瞬止まった。
「……村長の管理」
「はい」
村長はそれ以上言わなかった。
私もそれ以上聞かなかった。
まだ村でいてほしい。
少なくとも私の中では。
******
午後になると、子どもたちの竜の絵が売れ始めた。
思ったより売れた。
かなり売れた。
「ミリィちゃん、見て!」
子どもが銅貨を握って走ってくる。
顔が光っていた。
「売れたの?」
「うん! 竜さまとピヨが並んでる絵!」
「ピヨも?」
「だってピヨが入れろって」
遠くでピヨが当然の顔をしている。
私は額を押さえた。
「売れた分、少しは道の整備箱に入れてね」
「分かった!」
子どもは素直に走っていった。
そして箱に銅貨を一枚入れ、残りを大事そうに握って仲間のところへ戻る。
それを見た旅人のひとりが、少し驚いた顔をした。
「子どもも商いをするのですか」
「絵を描いただけです」
「でも、売っています」
「……そうですね」
認めた瞬間、何かが一段進んだ気がした。
ルカの子どもたちは、竜を見て絵を描く。
旅人はその絵を買って持ち帰る。
持ち帰られた絵は、また別の村で話になる。
そうして人が来る。
また絵が売れる。
静かな生活から、だんだん輪が外れていく音がした。
「ミリィさん」
バルトさんが私の横に立った。
「この木札、次から日付を入れましょう。初期のものは価値が出ます」
「煽らない」
「保存食の袋にも印を」
「増やさない」
「では控えめに」
「控えめの意味を辞書で確認してからにしてください」
バルトさんはにこにこしている。
その笑顔の向こうで、主婦組が焼き菓子を追加していた。
石台には花が並び、寄付箱には小さな音を立てて銅貨が落ちる。
竜は山の上で動かない。
でも、竜の影は確実に広場まで伸びていた。
夕方、セドさんが新しい板に文字を書いた。
お供えはこちら。
土産物は広場南側。
寄付は道の整備へ。
ピヨ豆は一人ひとつまみ。
「一人ひとつまみは少ない」
ピヨが板を見て言った。
「多いと太るよ」
「守護鳥は太らぬ」
「今朝、箱の上で少し沈んでた」
ピヨは黙った。
珍しく黙った。
広場の子どもたちが、それを見てまた笑う。
信仰と商いと遊びが、同じ場所で混ざっている。
本当は、もう少しきれいに分けたい。
けれど今のルカでは、全部が同時に生まれている。
私はその様子を見ながら、深く息を吐いた。
「お供えと土産物は違います」
自分に言い聞かせるように、もう一度つぶやく。
隣でバルトさんがうなずいた。
「違います。だから両方、きちんと整えましょう」
「そこは止めないんですね」
「止まりませんので」
そう言われると弱い。
止まらないものは、せめて転ばないようにする。
最近の私は、そればかりしている気がした。
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