第27話 鍛冶屋の交流、火花多め
昼過ぎ、外の町の鍛冶屋で、トマは理屈っぽい職人と向かい合っていた。職人の名前はゲイル。四十代くらいの男性で、腕は太く、目は鋭い。工房の中は整理されていて、道具もきれいに並んでいる。トマの鍛冶場とはかなり違う。トマの鍛冶場は、最近いろんな職人が出入りしているせいで、だいぶ賑やかで、だいぶ混沌としている。
「この金具、若いのが作ったのか」
ゲイルさんが、トマの箱を見て言った。
「はい。俺です」
「荒い」
「そうですか」
「だが、使う場所は分かっている。厚みも悪くない。持ち手の負荷も考えている」
「ありがとうございます」
「褒めたつもりではない」
「でも、良いところも言ってくれました」
トマは素直に笑った。ゲイルさんは少し困った顔をした。理屈で攻める人に、素直な人は強い。
「ルカの鍛冶屋は、こういうものを作るのか」
「最初は鍋を直してました」
「鍋」
「それから雪かき道具、箱の金具、滑車、そり、荷台の補強」
「幅が広いな」
「ミリィが色々言うので」
「私を出さない」
私は即座に口を挟んだ。ゲイルさんの目がこちらへ向く。
「あなたが噂の」
「噂ではありません」
「ルカの仕組みに口を出す娘だと聞いた」
「だいぶ嫌な噂」
「魔法石を使わない道具を考えるとか」
「考えるというほどでは」
「では、この箱の規格は誰が」
「規格という言葉を使わないで」
ゲイルさんは目を細めた。やりにくい。この人は、バルトさんとは違う方向に鋭い。商売ではなく、構造を見る目だ。
******
トマとゲイルさんは、あっという間に道具の話を始めた。火ばさみの角度。箱の角金具。刃物の研ぎ。鍋の取っ手。魔法石で加熱する炉と、薪と炭を使う炉の違い。私は半分くらいしか分からない。でも、二人の顔を見れば、楽しいことは分かった。ゲイルさんは理屈で話す。トマは素直に聞く。そして、たまに変なことを言う。
「その古い火ばさみ、直しましょうか」
トマが言った。ゲイルさんの眉が動いた。
「これは古いが、使い慣れている」
「歪んでます」
「分かっている」
「叩けば直ります」
「勝手に叩くな」
「すみません」
トマは本当に手を止めた。ゲイルさんは少し拍子抜けした顔になる。
「素直だな」
「よく言われます」
「危ない素直さだ」
「それも言われます」
「誰に」
「ミリィに」
「私を出さない」
また出た。トマは悪気なく私の名前を出す。悪気がないから止めにくい。ピヨは工房の隅で、魔法石付きの小さな送風器を見ていた。
「この石、風を出すのか」
「そうだ」
ゲイルさんが答える。
「炉の火を安定させる。魔法石があると楽だ」
「我の翼でも風は出る」
「炉に向けて羽ばたくなよ」
「なぜだ」
「火の粉が飛ぶ」
ピヨは少し考えた。
「つまり、我は危険な力を持つ」
「違う。邪魔」
「不敬である」
ゲイルさん、ピヨにも強い。私は少し安心した。ピヨを甘やかさない人は貴重だ。
******
夕方、ゲイルさんはトマに小さな工具を見せた。取っ手の角度が変わった、細い金槌だ。
「細かい補修に使う。大きな力はいらん。打つ場所を狙う道具だ」
トマの目が輝いた。
「すごい」
「大きいだけが良いわけではない」
「耳が痛い」
「心当たりがあるのか」
「あります」
トマは素直にうなずいた。私は少し笑った。ルカで何度も「大きすぎる」と突っ込んできた成果が、ここで効いている。ゲイルさんは、トマに工具を持たせた。
「振ってみろ」
トマは慎重に振る。いつもの大きな動きではない。小さく、狙って、止める。音が軽い。かん。ゲイルさんがうなずいた。
「悪くない」
「ありがとうございます」
「だが、まだ荒い」
「はい」
「また来い。面白い」
トマの顔が明るくなった。私はその横顔を見て、少しだけ胸が温かくなる。トマが外の職人に認められた。ほんの少しだけ。でも、それは大きい。
「ミリィ」
ピヨが私の肩に乗ろうとして、体が大きくなったせいで失敗して地面に落ちる。
「―――っ、重いんだけど」
「成長である」
「自分で歩いて」
「今は余韻を壊す役目である」
「自覚してるの?」
ピヨは得意げだった。余韻を壊すな。
******
帰る前に、ゲイルさんは私に言った。
「ルカの道具は、魔法石がないのに妙に使いやすい」
「妙に、ですか」
「魔法石の道具は便利だ。だが、壊れると石を見なければならん。ルカの道具は、壊れた場所が見える」
ゲイルさんは、店の隅から古い火ばさみを持ってきた。先が少し曲がり、握りの革も剥がれている。
「こいつは魔法石道具ではない。ただ古いだけだ。直せるか」
トマは受け取り、しばらく黙って見た。叩く前の顔だ。鍛冶場で見慣れた、音を聞く前に形を聞いているような顔。
「先は焼き直して、少し薄くする。握りは革を巻き直す。ここに小さい出っ張りをつければ、手が滑らない」
「出っ張り?」
「熱いものをつかむとき、力が入りすぎる。滑らないなら、力を少し抜ける」
ゲイルさんの眉が動いた。
「理屈は分かる」
「ただ、大きくしすぎると邪魔になる」
「分かっているじゃないか」
トマは少しだけ得意そうにした。私はすぐに釘を刺す。
「大きくしすぎない。今、本人が言ったからね」
「言った」
「証人は?」
ピヨが翼を上げた。
「我である」
「一番信用できない証人」
ゲイルさんは火ばさみを炉に入れ、トマに場所を譲った。外の町の鍛冶場で、トマが槌を持つ。いつものルカの音とは違う炉。違う金床。違う空気。でも、鉄を叩く音は同じだった。
かん、と一つ。かん、と二つ。トマの肩から、余計な力が少しずつ抜けていく。ゲイルさんはそれを見て、何も言わなかった。言わないことが、職人の評価になるときもある。火ばさみは、思ったよりきれいに直った。先は細くなりすぎず、握りの革は厚すぎず、出っ張りも邪魔にならない。
トマは何度も開いたり閉じたりして、手の感触を確かめた。
「どうだ」
ゲイルさんが聞く。
「前より力を入れなくていい」
「使う者の手を考えたな」
「ミリィがよく言うから」
急に私の名前を出さないでほしい。ゲイルさんがこちらを見た。
「良い助言者だ」
「私は昼寝したいだけです」
「その割に、職人を育てる」
「育ててません」
トマは火ばさみをゲイルさんに渡した。ゲイルさんは実際に熱した鉄をつかみ、少しだけ目を細める。
「悪くない」
短い言葉だった。でも、トマの顔はぱっと明るくなった。ピヨが横から言う。
「我の監督の成果である」
「監督してない」
「くしゃみで灰を動かした」
「邪魔しただけ」
ゲイルさんはまた笑った。厳しそうな職人が笑うと、鍛冶場の空気が少しやわらぐ。トマはその空気ごと、何かを持ち帰るのだろうと思った。ゲイルさんは直った火ばさみを棚に置かず、すぐに若い職人へ渡した。
「使ってみろ」
若い職人は半信半疑で握り、熱した金具をつかんだ。
「あ、楽です」
その一言で、トマの耳が少し赤くなった。褒められるより、使われて分かるほうが嬉しいらしい。
「ルカの鍛冶屋は、こういう考え方をするのか」
若い職人が言う。トマは少し迷ってから、首を振った。
「俺だけじゃない。木工職人も、革職人も、ミリィも、使う人を見る」
「ミリィも?」
「見る。すぐ怒る」
「怒ってない」
「止める」
「それは認める」
ゲイルさんがまた笑った。外の鍛冶場で、ルカのやり方が少しだけ言葉になった気がした。トマ本人は、その大事さに気づいていない顔をしていた。だから余計に、少し危なっかしくて、少し頼もしい。私はそれを本人に言わないことにした。
言うと、たぶんまた大きいものを作る。絶対に。職人の成長は、時々こちらの心臓に悪い。私は少し黙った。それは、かなり正確な見方だった。見える。直せる。誰かが理解できる。それが、私が無意識に選んでいたことなのかもしれない。
「トマはそれを形にしている」
ゲイルさんは続けた。
「まだ粗いが、面白い鍛冶をする」
「ありがとうございます」
私が言うと、トマがこちらを見た。
「ミリィが礼を言うのか?」
「言いますよ」
「俺のことなのに」
「そうだけど」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。何を自分のことみたいに。私は視線をそらす。ゲイルさんはそれを見て、何か言いかけた。その瞬間、ピヨが大きなくしゃみをした。
「ぴよっ」
炉の灰が少し舞った。
「ピヨ!」
「戦略的煙幕」
「くしゃみ」
ゲイルさんが初めて声を出して笑った。外の町の鍛冶屋との交流は、火花多めで、灰も少し多かった。でも、トマは楽しそうだった。それだけで、来た意味はあったのかもしれない。
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