第26話 外の町は魔法石だらけ
数日後の朝、私はピヨの背に乗って、トマと一緒に近隣の町へ向かっていた。ルカ町を出て、山道を越える。空は晴れていた。足元では森が流れ、馬車なら半日かかる道が、ゆっくりだが確実に後ろへ過ぎていく。
「飛んでるね」
「当然である」
ピヨは得意げだ。ただし、着地に備えて私は革帯をしっかり握っている。トマは後ろで、荷物と一緒に座っていた。
「すごいな」
「怖くない?」
「少し怖い。でも、下がよく見える」
トマは山道を見下ろしていた。
「道がどこで崩れやすいか、上から見ると分かるな」
「観察が職人」
「ミリィは何を見てる?」
「落ちても痛くなさそうな場所」
「現実的だな」
「経験から」
ピヨが不満そうに羽を揺らした。
「今日は落ちぬ」
「着地まで言わないで」
町の屋根が見えてきた。ルカよりずっと大きい。道は広く、荷馬車も多い。煙突から煙が上がり、広場には人が行き交っている。そして何より、光が多かった。昼なのに、軒先や店の看板に小さな魔法石がはめ込まれている。水場にも、調理台にも、街灯にも。淡い光があちこちで揺れていた。
「……魔法石だらけ」
私は思わずつぶやいた。女神さまから聞いていた。リオルさんからも聞いていた。でも、実際に見ると印象が違う。外の町では、魔法石が暮らしの中心にある。便利そうだ。とても便利そうだ。そして、少し怖い。
******
着地は、町の外れの草地だった。成功。と言っていい。最後にピヨが少し滑り、私とトマが前のめりになったが、転がらなかった。
「成功である」
「八割成功」
「十割」
「滑った」
「演出」
「演出で人を前に投げない」
町の門番は、ピヨを見てかなり驚いた。当然である。大きな黄色い鳥が、人を乗せてやって来たのだ。
「その鳥は」
「山奥ですから」
私は先に言った。門番は少し悩んだあと、なぜかうなずいた。
「ルカのほうから来たのか」
「はい」
「ああ、なら」
「なら?」
「最近、変なものが来るのはだいたいルカだと聞いている」
「評判」
私は頭を抱えた。変なもの扱いされている。間違っていないのがつらい。町の中に入ると、魔法石の多さがさらによく分かった。店先の冷却箱。水をきれいにする壺。火を使わずに温まる調理台。小さな荷物を持ち上げる補助具。どれも便利そうだ。でも、どれも魔法石がなければ止まる。
「ルカとは違うな」
トマが言った。
「うん」
「便利だけど、直せるところが少なそうだ」
「そこを見るんだ」
「壊れたら、メイジに見てもらうのか?」
「たぶん」
通りの向こうで、店主が魔法石付きの調理台を客に説明していた。
「火加減は石が調整します。誰でも同じ味に近づけられますよ」
主婦組が聞いたらどう思うだろう。便利だと言うかもしれない。でも、たぶん最後には「火の匂いが足りない」と言う気もする。
「ミリィ、あれは卵か」
ピヨが店先の魔法石を見て言った。
「違う」
「では食えるか」
「食べない」
「光っておるのに」
「光ってるものを食べ物にしない」
店主がこちらに気づいた。細い髭を整えた、強気そうな男性だ。
「おや、珍しい鳥を連れているね。ルカの人かい?」
「そうです」
「噂の、魔法石なしの道具を作る町か」
「噂が速い」
店主の目が、トマの持っている箱に向いた。
「それもルカ式か?」
「はい。俺が作った金具です」
トマが素直に答える。店主は箱を持ち上げ、角を見て、持ち手を触り、底をのぞいた。
「魔法石が入っていない」
「入ってません」
「本当に?」
「箱ですから」
「隠しているんじゃないのか」
「隠す場所がないです」
トマは少し困っている。店主はさらに分解しようとした。
「待って」
私は止めた。
「買ってからにしてください」
「いや、構造を」
「買ってから」
バルトさんがいれば、ここで売りつけていただろう。残念ながら、今日は私たちだけだ。店主は不満そうだったが、箱を返した。
「魔法石なしで便利というのは、不思議だな」
「ただの箱です」
「ただの箱が、うちの魔法補助箱より積みやすい」
「それは、形をそろえているから」
言ってから、しまったと思った。店主の目が光る。
「形をそろえる?」
「今のは忘れてください」
「忘れられないな」
「でしょうね」
******
市場の通りに入ると、魔法石の多さはさらに分かりやすくなった。魚屋の台には冷気を出す小さな石。肉屋の奥には、虫を寄せない淡い光の石。宿屋の看板には、夜になると文字が光る石。水売りの荷車には、水桶を軽くするための石。便利だ。ものすごく便利だ。ただ、どれも借り物だ。店主たちは石の番号札を大事そうに下げ、月末の返却日を気にしている。
「あの石、壊したらどうなるんだ?」
トマが小声で聞いた。
「弁償だろうね」
「高いのか」
「たぶん、椅子百脚ぶんくらい」
「椅子で数えるのか」
「今、目の前に椅子屋があったから」
トマは真面目にうなずいた。
「壊れたとき、自分で直せないのは怖いな」
「うん」
そこが、ルカの道具との大きな違いだった。ルカの道具は壊れる。よく壊れる。トマの試作品は特に壊れる。でも、壊れた場所は見える。木が割れたら木を替える。革が切れたら縫い直す。鉄が曲がったら叩く。外の町の魔法石道具は、壊れたとき、中で何が起きているのか普通の人には見えない。便利さの代わりに、分からなさを抱えている。ピヨが露店の光る石をのぞき込んだ。
「これは豆を温められるか」
「店主さんを困らせない」
店主さんは困った顔で笑っていた。外の町でも、ピヨはだいたい人を困らせる。通りの奥では、道具屋の店主がルカ製の手押し車をひっくり返していた。バルトさんが売ったものらしい。店主は車輪を外し、金具をのぞき込み、首をひねっている。
「魔法石の入る場所がない」
「ないですね」
私が答えると、店主は驚いた顔をした。
「ないのに、どうして軽く動く」
「車輪が大きくて、軸の滑りがいいから」
「それだけか」
「それだけです」
店主は納得できない顔で、もう一度車輪を回した。からから、と軽い音がする。
「中に小型石を隠しているのでは」
「隠してません」
「分解しても?」
「買ったものなら好きにどうぞ。ただし、戻せなくなっても知りません」
店主は少し迷い、それでも分解を続けた。トマが横でそわそわする。
「あれ、戻せるかな」
「トマなら戻せる?」
「たぶん」
「じゃあ、手を出さない。勉強になるから」
しばらくして、店主は金具の向きを間違えて、車輪をはめられなくなった。トマがものすごく助けたそうな顔をする。私は三呼吸だけ待った。店主が心から困った顔になったところで、トマにうなずいた。
「直していいよ」
トマはぱっと顔を明るくし、数手で車輪を戻した。店主は呆然とする。
「魔法石なしで、直せるのか」
「壊れてる場所が見えれば」
トマは当たり前のように言った。その当たり前が、外では当たり前ではない。店主はしばらく黙ってから、手押し車をもう一度押した。軽く進む。魔法石なしで。
「これを、うちの町でも作れると思うか」
「材料と職人がいれば」
トマが答える。
「教えてくれるのか」
店主の目が商売人の目になった。バルトさんの目も商売人の目になった。商売人の目が二つ並ぶと、とても圧がある。
「今日は見学だけです」
私は先に言った。
「残念です」
二人同時に言わないでほしい。外の町に来ただけで、ルカ式の道具はもう外へ広がりたがっていた。私は手押し車を見て、心の中で「今日は売らない」と三回唱えた。唱えても商人には効かないけれど。
町を歩くほど、ルカの変さが見えてきた。外の町は魔法石で便利になっている。ルカは、人の手で便利になっている。外の町では、魔法石を借り、使い、返し、壊れたら届ける。ルカでは、道具を作り、直し、名前をつけ、競技にし、なぜかピヨが絡む。どちらが正しいという話ではない。でも、違いは大きい。トマは鍛冶屋の看板の前で足を止めた。
「入ってみてもいいか」
「もちろん」
その顔は、鍛冶場で新しい金具を見るときの顔だった。真剣で、楽しそうで、少し子どもっぽい。私は思わず笑った。
「ミリィ?」
「何でもない」
「顔がやわらかいぞ」
ピヨが言った。
「ピヨ、黙って」
「いい雰囲気か」
「早い」
私はピヨのくちばしを押さえた。鍛冶屋の中から、金属を叩く音が聞こえる。ルカとは違う音。外の町の音。トマはその音に引かれるように、一歩踏み出した。私はその後ろ姿を見て、少しだけ思った。外を見ることは、面倒だ。でも、悪くない面倒もある。たぶん。
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