第24話 ピヨ、でかくなる
ルカが町と呼ばれ始めたころ、私の家の庭で、ピヨが小屋にはまっていた。朝である。私は眠い。なのに庭から、くぐもった声が聞こえた。
「ミリィ。世界が狭い」
「急に哲学?」
外へ出ると、ピヨ用に作られた小さな寝床から、黄色い体がはみ出していた。入口に胸がつかえ、足がばたばたしている。羽毛は少し伸びて、首も前よりしっかりしている。大きくなっている。見た目はまだ鳥というより、巨大なひよこ寄りだけれど。
「何してるの」
「我の器が、宿を超えた」
「小屋が小さくなっただけ」
「違う。我が大いなる段階へ進んだのだ」
「抜けてから言って」
私はピヨの体を後ろから押した。動かない。今度は前から引っ張る。動かない。
「ピヨ、少し息を吐いて」
「王は縮まぬ」
「じゃあ詰まったままだね」
「縮む」
素直だった。ピヨが息を吐くと、少しだけ体が動いた。私は両手で引っ張る。ぽん、と音がして、ピヨが小屋から抜けた。その反動で私は後ろに転がった。ピヨも転がった。庭に黄色い羽毛が舞う。
「戦略的脱出である」
「救出されたんだよ」
「我は己の成長を証明した」
「小屋の修理が必要なことも証明したね」
ピヨは胸を張った。胸が前より大きい。態度に体が追いつき始めると、少し厄介である。
******
昼前、トマが新しい小屋を作りに来た。正確には、木工職人と一緒に来た。さらに、なぜかバルトさんもいた。
「なぜ商人が」
「大きくなった看板鳥の記録は大事ですので」
「売り物にしないで」
「まだ何も」
「まだ、って言った」
木工職人はピヨを測ろうとしていた。
「羽を広げてくれ」
「我の翼を見るがよい」
ピヨが翼を広げる。前より長い。ちゃんと翼らしくなっている。少しだけ、感心した。その直後、ピヨは翼で横の木箱を倒した。
「……制御」
「風が我に従いすぎた」
「従ってない」
トマが倒れた箱を起こしながら笑う。
「大きくなったな」
「うん。小屋も大きくしないと」
「どれくらいにする?」
「少し余裕があるくらい」
「将来を見越して大きく」
「ほどほどに」
「ピヨはまだ大きくなるんだろ?」
「たぶん」
私が答えると、ピヨが目を輝かせた。
「ついに真の姿が近づいたのだ」
「まだ寝床から抜けられなかったけど」
「成長とは痛みを伴う」
「今の痛みは小屋の入口」
木工職人がうなずいた。
「なら小屋ではなく、鳥舎だな」
「名前を大げさにしないで」
「看板鳥の鳥舎」
「だから」
バルトさんが手を打った。
「観光資源としても」
「やめて」
「冗談です」
「商人の冗談は信用できない」
ピヨはその言葉だけ聞いて得意げになった。
「我は資源か」
「違う」
「では財産」
「もっと違う」
「守護鳥」
「それもまだ早い」
トマが真面目に言った。
「でも、ピヨが大きくなれば、荷物も運べるかもしれないな」
「荷物?」
「飛べれば、山道を越えられる」
その言葉に、私は少しだけ黙った。移動手段。この世界では大きな意味を持つ。馬車は遅い。山道は険しい。冬は閉ざされる。もしピヨが本当に空を飛べるなら、かなり便利になる。便利。嫌な言葉だ。でも、ピヨは生き物で、魔法石ではない。いや、生き物を便利扱いするのも違う。
「ピヨに無理はさせない」
私は言った。トマはすぐにうなずいた。
「もちろんだ。まずはちゃんと飛べるようになってからだな」
「我はすでに飛べる」
「昨日、桶に落ちたよね」
「水上着陸である」
「桶」
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午後、新しい鳥舎ができた。小屋ではなく鳥舎。私が止める前に、木工職人がそう呼び始め、セドさんが記録し、村の子どもたちが広めた。言葉は早い。嫌になるくらい早い。鳥舎は、私の家の庭にある。大きすぎず、小さすぎず。ただし入口の上には、なぜか小さな看板がついていた。
『看板鳥ピヨ』
「誰」
「我である」
「聞いてない」
「木工職人さんが、余った板で」
トマが少し申し訳なさそうに言った。申し訳なさそうなわりに、看板の金具はしっかりしている。
「トマも関わったね」
「落ちたら危ないから」
「安全意識は正しい」
看板だけ外そうとしたが、子どもたちがすでに見に来ていた。
「ピヨの家だ!」
「大きい!」
「ピヨも大きい!」
「我を称えよ」
「称えない」
ピヨは鳥舎の前で翼を広げた。風が少し起きる。子どもたちが歓声を上げる。ピヨはさらに調子に乗る。羽ばたいた。洗濯物が飛んだ。
「ピヨ」
「風が」
「あなたが」
私のスカートの裾も少し揺れた。トマが慌てて目をそらす。
「トマ」
「見てない」
「何を?」
「いや」
トマは耳まで赤くなった。私は一瞬だけ反応に困り、それからピヨを見た。
「ピヨ、羽ばたき禁止」
「我の翼を封じるとは」
「洗濯物を封じてから言って」
主婦組のおばさんたちが飛ばされた布を拾いながら笑っている。
「大きくなったねえ」
「そのうち乗れるんじゃないかい」
「乗れません」
「乗れるぞ」
「ピヨも乗らせる気にならない」
その言葉を聞いた瞬間、広場の空気が変わった。怖がったのではない。みんな、考えてしまったのだ。山道を三日かけて荷馬車で越えるところを、空から行けたらどうなるのか。病人を早く医者に見せられるのではないか。雪で道が閉ざされても、上からなら様子を見に行けるのではないか。人は、可能性を見つけるとすぐに仕事にする。そして仕事になると、私に相談が来る。
「だめです」
「まだ何も言ってないよ」
主婦組のおばさんが笑った。
「顔が言ってます。『ピヨちゃん便』とか言い出しそうな顔です」
「あら、かわいい名前じゃない」
「かわいさで安全性をごまかさない」
トマはピヨの背中を見て、真剣な顔になっていた。
「乗るなら、革帯がいるな」
「トマも考えない」
「落ちたら危ない」
「だから乗らない方向で」
「乗るなら危ない」
「前提を戻して」
トマは少し考え、うなずいた。
「じゃあ、乗らないための革帯」
「何それ」
「ピヨが暴れても、小屋を壊さないように」
「そっちは必要かも」
必要を認めてしまった。負けた気がする。ピヨは満足げに翼を広げた。
「我の時代が来た」
「小屋の補強から始まる時代って何」
その日のうちに、ピヨの小屋は測り直されることになった。木工職人が柱の位置を見て、革職人が留め具を考え、トマが金具を作ると言い出す。ただ大きくなった鳥のために、三つの職人が動いた。もう村の規模ではない、と誰かがつぶやいた。私は聞こえないふりをした。その日の午後、ピヨの小屋は半分だけ解体された。解体といっても、本人は中に入ろうとして邪魔をする。
「我の宮殿を壊すでない」
「狭いから広げるんでしょ」
「宮殿は狭くても宮殿である」
「狭い宮殿って何」
トマが柱を測り、木工職人が屋根の角度を考える。革職人は、ピヨが寝返りを打っても壁にぶつからないよう、内側に柔らかい革を張れないか試していた。鳥一羽のための工事とは思えない。でも、ピヨはただの鳥ではない。しゃべる。威張る。豆を要求する。そして、たぶんこれからもっと大きくなる。
「このまま大きくなったら、家くらい必要になるな」
トマが真面目に言った。
「言わないで」
「山に小屋を作るか」
「山に別荘を持つ鳥」
ピヨは目を輝かせた。
「別荘。よい響きである」
「忘れて」
忘れなかった。この鳥は、自分に都合のいい言葉だけ記憶力がいい。そして翌朝には、木工職人へ「山の別荘は南向きがよい」と注文していた。
「作らないよ」
「構想だけである」
「構想が一番危ない」
ピヨは不満げだったが、村の子どもたちはもう「ピヨ様の山の家」を絵に描き始めていた。噂と落書きは、だいたい本人より早く育つ。しかも本人がそれを気に入ると、さらに育つ。私はその日、子どもたちの絵から「ピヨ山荘」という文字を三回消した。四回目は諦めた。消すより増えるほうが早かったからだ。
「我に乗るがよい」
ピヨが高らかに言った。その場にいた全員が、一瞬だけ黙った。そして私を見た。
「見ないで」
嫌な予感がした。とてもした。でも、ピヨは真剣だった。翼を広げ、胸を張り、まだ少し丸い体で、堂々と言う。
「我は空の王である。ミリィくらい、乗せて飛んでみせよう」
初めて、少しだけそれらしく聞こえた。私は空を見上げる。青い。山の向こうまで、ずっと青い。魔法を使わずに空を移動する。そんなことが、現実味を帯び始めていた。
「まず、落ちずに飛べるようになってからね」
「明日だ」
「明日?」
「明日、我は飛ぶ」
私は頭を抱えた。成長は、だいたい急に面倒を連れてくる。
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