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村を少し便利にしただけなのに、魔法文明が終わりそうです   作者: Miris


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第23話 商売、村を膨らませる

 春の終わり、私はルカ村の広場で、荷馬車の数を数えていた。一台。二台。三台。四台。


「増えてる」


「はい、順調です」


 バルトさんが、商人の笑顔でうなずいた。順調。その言葉は、たぶん良い言葉だ。でも今の私には、面倒が列を作って山道を上がってきているようにしか見えない。


「前は月一回でしたよね」


「ええ」


「それが月二回になりましたよね」


「はい」


「今日は四台ですよね」


「売れましたので」


「答えが強い」


 ルカ村の保存食、箱、持ち手のついた道具、雪かき板、荷運び用のそり。どれも、最初は村の中で使うためのものだった。それがいつの間にか外の町で売れ始めたらしい。特に保存食は評判がいい。保存がきく。味が分かれている。箱に入って運びやすい。おまけに、魔法石を使っていない。最後の一つは売り文句にしない約束だったはずなのに、商人の世界では「火と煙と人の手で作った山の味」という、ぎりぎり約束を破っていない言葉に変換されていた。


「言い方」


「嘘は言っていません」


「商人のそういうところ」


 バルトさんは笑った。悪い人ではない。でも、良い商人はとても危険だ。悪い商人は止めやすい。良い商人は、村人が喜ぶ方向に話を進めるから止めにくい。広場では、主婦組が保存食の箱を数えていた。


「赤紐は煮込み用だよ」


「青紐はそのまま食べるやつ」


「ピヨ禁止はどこに貼る?」


「全部に貼って」


「不敬である!」


 ピヨが箱の上で羽をふくらませた。最近、少し大きくなった気がする。ほんの少し。態度は最初から大きいので、体が追いつき始めたと言うべきかもしれない。


「我は看板鳥である。商品の確認は重要任務だ」


「食べるだけでしょ」


「品質を舌で」


「くちばし」


 主婦組のおばさんが、ピヨをひょいと持ち上げて別の箱に移した。


「王様はこっちで見張りだよ」


「む。任された」


「食べたら降格ね」


「降格とは何だ」


「ただの鳥」


「重い罰である」


 ピヨは真剣に見張りを始めた。三分もつかどうかは分からない。


 ******


 昼前、村長とバルトさんと私は、集会所で荷下ろし場の相談をしていた。なぜ私がいるのか。逃げ遅れたからである。


「荷馬車が増えると、広場だけでは狭いですな」


 村長が穏やかに言う。


「広場を広げる?」


 トマが首をかしげた。


「広げるというか、荷を置く場所を決めたほうがいいですね」


 私は言ってから口を押さえた。また言った。考えたことを口に出すと、だいたい仕事になる。バルトさんの目が光った。


「荷置き場、ですか」


「名前をつけないで」


「必要な機能です」


「機能名が増えると、建物が増えるんです」


 木工職人がもう木材を見ていた。


「屋根がいるな」


「早い」


 石工が外を指さす。


「土台は石だ!」


「重すぎないように」


「ほどほどの石だな」


「石工さんのほどほども信用できない」


 革職人は箱の角を見ている。


「戻ってくる空箱にも印が必要です。壊れた箇所がすぐ分かるように」


「それは良いですね」


「では修理待ち、出荷待ち、保管中で札を分けましょう」


「増えた」


 私が止める間もなく、話は整っていく。広場の端に荷置き場。その隣に空箱置き場。鍛冶場の近くに修理待ち置き場。主婦組の倉庫に出荷待ち。もう村ではない。そう言いかけて、私は飲み込んだ。言ったら負けだ。


「ミリィさん」


 村長がにこにことこちらを見る。


「今、何か言いかけましたな」


「何も」


「村というには、少し苦しくなってきましたな」


「言わないで」


 バルトさんがすかさず言った。


「ルカ町、ですか」


「早い」


「商売上は分かりやすいです」


「商売上で村の名前を変えないでください」


 村長は困ったように笑った。


「まだ村でよいでしょう。ですが、外からはそう呼ばれ始めるかもしれません」


「外の人に訂正してください」


「毎回は難しいですな」


 難しい。便利な言葉である。逃げ道をふさぐときによく使われる。


 ******


 午後には、村の入口にまた知らない人が立っていた。若い男が二人。荷物を背負った女性が一人。それから、道具を抱えた老人。全員、働き口を探して来たという。


「保存食作りの手伝いを」


「箱作りを覚えたいです」


「荷馬車の世話ならできます」


「石を積むなら任せろ」


 最後の老人は石工と目が合い、なぜか握手していた。危険な出会いである。


「人が増えますね」


 私がぼそっと言うと、村長はうなずいた。


「仕事があれば、人は来ます」


「来すぎると困りませんか」


「困りますな」


「ですよね」


「ですから、決まりを作りましょう」


「私を見ないで」


 セドさんが横で手帳を開いた。


「人口流入初期における生活区域の整理」


「題名をつけないで」


「記録上、必要です」


「記録が育ってる」


 ピヨが荷箱の上から叫んだ。


「民が増えたな!」


「ピヨの民ではない」


「看板鳥のもとに集う者たち」


「商売と仕事のために来たんだよ」


「つまり我の魅力」


「どこをどう通った」


 新しく来た人たちは、ピヨを見て驚き、看板の鳥を見て納得し、実物を見てもう一度首をかしげた。その反応は正しい。看板は盛りすぎである。夕方、村の広場には荷馬車の跡が何本も残っていた。人の声も増えた。木の匂い、燻製の匂い、鉄を叩く音、石を置く音。静かではない。もう、まったく静かではない。でも、みんな楽しそうだった。仕事がある。食べ物が動く。道具が直る。人が住む。それは、村が膨らんでいく音だった。


 ******


 広場の端では、新しく来た職人たちが、さっそく場所の取り合いを始めていた。


「ここに作業台を置けば、荷馬車から降ろしてすぐ削れる」


「いや、火を使うなら鍛冶場の近くがいい」


「煙が出るなら家から離したほうがいいだろ」


「でも離しすぎると昼飯に間に合わない」


「最後だけ欲望」


 私は思わず突っ込んだ。職人たちは笑ったが、目は真剣だった。作業台の位置ひとつで、荷運びの手間が変わる。火の位置で、危険も変わる。水場との距離で、毎日の疲れも変わる。魔法石を使えば、多少の不便は力で押し切れるのかもしれない。でも、ルカではそうしない。押し切らない代わりに、最初から置き方を考える。地味だ。とても地味だ。でも、こういう地味なことほど、あとで効いてくる。


「ミリィさん、作業場の線を引いてもいいですか」


 セドさんが、なぜか縄を持っていた。


「記録者が線を引くんですか」


「記録するには、まず現場の形を知る必要があります」


「便利な言い訳」


 セドさんは真面目な顔で縄を張り、職人たちはそれを見ながら、ここは通路、ここは材料置き場、ここは休憩場所と決めていく。ピヨはその中央を堂々と歩いた。


「ここを我の巡回路とする」


「邪魔」


「巡回である」


「材料を踏まないで」


 ピヨが足元を見ると、木片が一つくっついていた。


「これは供物か」


「木くず」


 職人たちがまた笑う。笑いながらも、線は引かれ、置き場は決まり、仕事の流れができていく。気づけば広場は、ただ人が集まる場所ではなく、小さな仕事場の中心になり始めていた。仕事場ができると、次は食べる場所と寝る場所が問題になる。当然だ。人は働くだけでは動かない。食べて、休んで、また働く。その当たり前が増えるだけで、村の形は変わっていく。


「空き家、もうないよ」


 主婦組のおばさんが言った。


「納屋ならあるけど、人を寝かせるには寒いねえ」


「じゃあ、まず壁を直す」


 トマがすぐに言う。


「また仕事を増やした」


「でも必要だ」


「正しいから困る」


 バルトさんは帳面に何かを書き込み、さらっと言った。


「滞在する人が増えるなら、簡易宿の仕組みが必要ですね。食事代、寝具、薪代、作業場の使用料」


「待って。生活が急に商売になってる」


「生活が動けば、支払いも動きます」


「商人の言葉は強いなあ」


 ピヨは新しく張られた縄の内側を歩きながら、偉そうに言った。


「我の巡回料も必要である」


「あなたは通路を塞いでるだけ」


「警備である」


「警備ならせめて木くずを踏まないで」


 木くずを足につけたまま、ピヨは胸を張った。こうしてまた、決めることが増えた。人が増えるとは、相談が増えることだ。そして相談が増えるとは、私の昼寝が減ることである。これは、私にとっては村の危機と同じくらい重大だった。


「ミリィさん」


 村長が広場を眺めながら言った。


「そろそろ、村と呼ぶのは苦しいですな」


「聞こえません」


「苦しいですな」


「二回言わないで」


 ピヨが胸を張る。


「ルカ町、看板鳥ピヨである!」


「先取りしない」


 私は空を見上げた。山の向こうに、夕日が沈んでいく。静かに暮らす予定だった。その予定は、荷馬車四台分くらいの勢いで遠ざかっていた。


 ******


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