第22話 看板鳥ピヨ
ルカ村に看板を作ることになった。理由は、村へ来る人が増えたからだ。商人、職人、旅人、調査員。少し前まで月に一度の荷馬車を待っていた村とは思えない。そして、道に迷う人も増えた。
「村の入口に、分かりやすい看板が必要ですな」
村長が言った。そこまでは分かる。問題は、なぜ私の家で会議をしているのかである。
「村長の家でやりませんか」
「ミリィさんの家のほうが、なぜか人が集まりまして」
「なぜか、で済ませないで」
机の周りには、村長、バルトさん、木工職人、セドさん、そしてピヨがいた。トマは鍛冶場で金具を作っている。
「看板には村名を入れるべきです」
セドさんが真面目に言う。
「ルカ村、と」
「あとは絵だな」
木工職人が腕を組む。
「山と畑か」
「保存食の絵もいいですね」
バルトさんが言う。
「商売の匂いを混ぜないでください」
「村の名産ですから」
「まだ名産にしない」
そのとき、ピヨが机の上に飛び乗った。飛び乗った、というより、よじ登った。
「決まっておろう」
「嫌な予感」
「我を描け」
「却下」
「なぜだ!」
「村の看板だから」
「我は村の象徴である」
「いつから」
「今から」
ピヨは胸を張った。木工職人がじっとピヨを見る。
「まあ、鳥の絵は分かりやすいか」
「分かりやすくないです」
バルトさんも少し考え込む。
「珍しさはありますね」
「商売目線で考えない」
「旅人の記録にも残ります」
セドさんが言う。
「残さないで」
私は孤立した。気づけば、ピヨを看板に入れる方向で話が進んでいる。どうして。私は反対しているのに。数日後、村の入口に看板が立った。木製のしっかりした看板だ。文字は大きく、見やすい。ルカ村。その横に、翼を広げた立派な鳥の絵が彫られていた。格好いい。とても格好いい。実物のピヨより百倍くらい立派だ。
「見よ、我である」
ピヨが看板の前で胸を張った。
「盛りすぎ」
「威厳がある」
「実物に合わせたら丸いひよこになるけど」
「看板とは理想を掲げるものだ」
「急にそれっぽいことを言う」
村人たちは看板を見て喜んだ。子どもたちはピヨ看板と呼び始めた。旅人は珍しがり、商人は笑い、職人は「次はもっと大きく」と言い出した。
「大きくしなくていいです」
私は即座に止めた。看板が立った翌日から、効果はすぐに出た。山道を上がってきた荷馬車が、村の入口で止まらずに済むようになった。旅人も、道の分かれ目でうろうろしなくなった。ただし、全員が看板の鳥を見る。そして、だいたいピヨを見る。
「あれが、これですか」
旅人が看板とピヨを交互に見た。
「これとは何だ」
ピヨが胸を張る。
「実物は丸いんですね」
「我は成長途中である」
「絵はかなり大きいですが」
「未来の我だ」
「未来」
旅人は納得したのかしていないのか、微妙な顔でうなずいた。私は心の中で木工職人を責めた。盛りすぎである。看板の鳥は、翼を広げ、鋭い目をして、今にも空へ飛び立ちそうだった。実物は、足元の小石につまずいている。
「ミリィ、地面が我を妨害した」
「小石だよ」
「小さくとも敵」
「敵を増やさない」
子どもたちは看板を気に入ったらしい。村の入口まで走っていっては、翼を広げる真似をする。
「看板鳥ピヨー!」
「看板鳥ピヨー!」
ピヨはそれを見て、完全に調子に乗った。
「よいぞ、民よ。我を称えよ」
「称えてない。遊んでるだけ」
「遊びとは称賛の初期形態である」
「どこで覚えたの、その言い回し」
セドさんが手帳を開いた。
「看板設置後、子ども文化への浸透が早い」
「文化にしないで」
「非常に興味深い」
「興味を持たないで」
さらに問題が起きた。バルトさんが看板を見て、保存食の箱に小さな鳥の印を入れたいと言い出したのだ。
「目印として分かりやすいです」
「だめです」
「なぜです」
「ピヨがさらに調子に乗るから」
「商売上の理由ではありませんね」
「村の平和上の理由です」
ピヨが羽を広げた。
「我の紋章を許す」
「許可権はない」
「箱が我を運ぶのだ」
「保存食を運ぶんだよ」
バルトさんは笑っていたが、完全には諦めていない顔だった。私は先手を打つことにした。
「入れるなら、鳥ではなく山と畑の印にしてください」
「地味ですね」
「地味でいいんです」
「ですが、鳥のほうが覚えやすい」
「地味で」
「小さく鳥を」
「地味で」
しばらく押し問答をした結果、保存食の箱には山と畑の印が入ることになった。ただし、端に小さな丸い点が彫られた。
「これは何ですか」
私は木工職人に聞いた。
「鳥ではない」
「では?」
「丸」
「本当に?」
「丸いだけだ」
ピヨが横でうなずく。
「我の概念である」
「やっぱりピヨじゃん」
概念にならないでほしい。その日の午後、村の入口で小さな会議が開かれた。看板の下に、追加で道案内をつけるかどうか。井戸はこっち。ギルドはこっち。鍛冶場はこっち。私の家は書かない。絶対に書かない。
「ミリィさんの家は?」
セドさんが聞いた。
「書かない」
「相談が多いので」
「だから書かない」
「迷う人が」
「迷ってください」
村長が苦笑した。
「では、相談事はまず村長宅へ、としましょうか」
「お願いします」
「ただ、最終的にミリィさんへ回るかもしれませんな」
「回さない努力をしてください」
看板の下には、結局、村の主要な場所だけが書かれた。道具のある倉庫。ギルド。鍛冶場。集会所。私の家はない。勝った。小さな勝利だ。ところが、勝利は長く続かなかった。翌朝、看板の前に小さな花が置かれていた。子どもたちがやったらしい。
「看板鳥のお供え」
「供えない」
「ピヨが喜ぶよ」
「喜ばせない」
ピヨはすでに花の横で胸を張っていた。
「よい心がけである」
「花は食べ物じゃないよ」
「飾りとして受け取る」
「急に文化的」
村人たちは面白がって、看板の下に小さな石を並べ始めた。道案内のついでに、旅の安全を願う場所にしようという話まで出た。
「待って。看板ですよね」
私が言うと、村長は穏やかに笑った。
「道の目印は、人が集まる場所にもなりますからな」
「集まりすぎると、また何か始まります」
「もう始まっておりますな」
「言わないでください」
セドさんはもちろん記録している。
「看板を中心とした村入口の象徴化」
「象徴にしないで」
「すでに」
「すでに、も禁止」
バルトさんまで看板を眺めて、うなずいた。
「入口に人が止まるなら、小さな荷下ろし場所も必要ですね」
「看板から荷下ろしに飛ばない」
「人が止まる場所には物も止まります」
「商人の理屈が強い」
トマは地面を見ていた。
「ここ、雨が降るとぬかるむな」
「トマまで」
「石を敷くか」
「必要そうなのがまた困る」
看板一つで、入口の整備の話になる。入口が整えば、荷馬車が止まりやすくなる。荷馬車が止まれば、人が増える。人が増えれば、相談が増える。そして、なぜか私が呼ばれる。未来が見えた。見たくなかった。ただし、子どもがこっそり木の枝で地面に矢印を書いていた。
『ミリィこっち』
「消して」
「便利だよ」
「便利だから消して」
便利という言葉が、最近ますます信用できない。その日の夕方、看板の前で小さな見送りがあった。山を下りる旅人に、村人たちが保存食の包みを渡している。
「道に迷わないように、看板を覚えておくといいよ」
「鳥の看板ですね」
「そう、看板鳥ピヨ」
「広めないで」
旅人は笑って、ピヨに軽く頭を下げた。
「また来ます」
「我の村へ来るがよい」
「ピヨの村じゃない」
旅人が去ったあとも、村人たちはしばらく看板を眺めていた。ただの道案内のはずなのに、そこにはもう、村の顔のような空気がある。私はその変化を見なかったことにした。無理だった。看板は、思っていたよりずっと目立つ。そして目立つものには、人が寄ってくる。寄ってきた人は、だいたい何かを言い出す。村長は看板を眺めて、満足そうにうなずく。
「これで、外から来る人にも分かりやすくなりましたな」
「そうですね」
「ただ」
「ただ?」
「村というには、少し大きくなりましたな」
私は看板を見た。村の入口。広くなった道。増えた家。鍛冶場に集まる職人。荷馬車。確かに、前より村らしさが薄れている。
「……じゃあ、町?」
軽く言った。軽く。本当に軽く。その場にいた木工職人が、看板を見上げた。
「町なら、看板を書き換えるか」
「待って」
遅かった。ピヨが叫ぶ。
「ルカ町、看板鳥ピヨである!」
「勝手に肩書きを増やさない」
静かな村は、看板から町になろうとしていた。
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