第21話 メイジ調査員、村に飲まれる
メイジ機関から、調査員が来た。名前はリオル。前に魔法石の配給に来ていた若いメイジだ。今回は紺色の上着をきっちり着込み、鞄に書類を詰め、かなり真面目な顔をしている。
「ルカ村における魔法石非使用型の生活改善について、正式に確認します」
と、村長の家でリオルは宣言した。
「言い方が重い」
「正式な調査ですので」
「私、関係ないです」
「関係があると報告されています」
「誰が」
リオルさんは書類をめくった。
「村長、ギルド受付、商人バルト、旅人セド、鍛冶屋の息子トマ」
「全方向から」
逃げ場がない。私は深くため息をついた。
「本当に、私は魔法石を使っていません」
「そこが問題なのです」
「使ってないのに」
「使っていないのに便利になっているので」
「便利になっているのは、村のみんなが工夫したからです」
リオルさんは真剣にうなずいた。
「それを確認したいのです」
真面目だ。悪い人ではない。でも、真面目な人は真面目な方向に面倒である。私はリオルさんを村の中へ案内した。井戸の滑車。保存食の棚。トマたちの工房。雪かき道具。同じ大きさの箱。どれも魔法石は使っていない。リオルさんは見るたびに眉間にしわを寄せた。
「なぜ、これで成立するのですか」
「人が動いているからでは」
「魔法石なしで」
「なしで」
「不便では?」
「不便です」
「ではなぜ」
「不便だけど、動く仕組みにしているから」
リオルさんは黙り込んだ。その横で、畑のおばさんが声をかけた。
「メイジ様、ちょうどいいところに。ちょっとこれ持ってくれませんか」
「えっ」
リオルさんは籠を渡された。中には野菜が入っている。
「あの、私は調査で」
「畑も調査できるよ」
「そういう意味では」
「腰を入れて持つんだよ」
リオルさんは戸惑いながら野菜を運んだ。紺色の上着に土がつく。本人はかなり困っている。村人は気にしていない。私は笑いをこらえた。
「ミリィさん」
「何でしょう」
「これは調査に必要な行為でしょうか」
「村の暮らしを知るには必要かもしれません」
「なるほど」
納得した。素直だ。リオルさんはそのまま畑仕事を手伝わされ、倉庫の棚を見せられ、主婦組に保存食を試食させられた。そして、ピヨに絡まれた。
「メイジよ、我を記録せよ」
「以前は未記録の小型鳥類として処理しました」
「空の王である」
「飛べますか」
「今は仮の姿」
「では、未記録の小型鳥類で」
「不敬である!」
リオルさん、意外と強い。夕方、彼は疲れた顔で私の家に来た。書類には細かい字がびっしり書かれている。
「理解不能です」
「正直ですね」
「ですが、平和です」
「それはよかった」
「魔法石を使わず、魔法も使わず、しかし生活が少しずつ便利になっている。制度上は説明しにくいです」
「説明しなくていいのでは」
「報告書にそれは書けません」
リオルさんは深く悩んだ。私はお茶を出した。
「悪いことではないと思います」
「私もそう思います」
「なら」
「でも、上がどう判断するかは別です」
その言葉に、少し空気が冷えた。リオルさんは真面目な目で私を見る。
「ミリィさん。あなたは何者ですか」
「ただの滞在者です」
「本当に?」
「本当に」
嘘ではない。全部は言っていないだけだ。リオルさんはしばらく黙ってから、書類に一文を書いた。
「理解不能だが平和、と報告します」
「それ、報告書として大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
「ですよね」
でも、リオルさんは少し笑った。
「大丈夫ではありませんが、今の私にはそれが一番正確です」
そのあと、リオルさんは村に一泊することになった。調査員としては、日帰りで戻る予定だったらしい。
しかし、村長が「山道は暗くなると危ないですから」と言い、主婦組が「夕飯を食べていきな」と言い、ピヨが「我をまだ記録しておらぬ」と言った。最後は関係ない。でも、リオルさんは押し切られた。夜、集会所の隅で、彼は報告書を書いていた。私はお茶を持っていく。
「進みますか」
「進みません」
「正直ですね」
「書けば書くほど、何を報告すればいいのか分からなくなります」
書類には、整った文字が並んでいた。
『魔法石非使用』
『生活改善』
『住民主体』
『原因不明』
最後がひどい。
「原因不明なんですか」
「制度上、説明しにくいのです。魔法石を増やしたわけでも、メイジが支援したわけでもない。なのに便利になっている」
「村の人が工夫したからです」
「そこです」
リオルさんはペンを止めた。
「私たちメイジは、魔法石を配ることで暮らしを支えていると思っていました」
「実際、支えていますよ」
「はい。ですが、支えているだけではないのかもしれません。支えられてもいる」
彼は集会所を見回した。主婦組が食器を片づけ、青年団が薪を足し、トマが壊れた椅子の脚を直している。誰も魔法を使っていない。でも、誰かの暮らしが止まっているわけでもない。
「魔法石がなければ困る村は多いです」
リオルさんは続けた。
「でも、魔法石だけでは村は回らない。食料も、道も、家も、人の手で作られている」
「当たり前のことでは」
「当たり前すぎて、報告書には書かれません」
その言葉は、少し重かった。メイジと一般市民の関係。持ちつ持たれつ。それが形だけになれば、また昔のように傲慢さが生まれるのかもしれない。私はそこまで考えて、すぐにやめた。重い。ギャグとスローライフの村で考えるには重すぎる。ピヨが机の上に飛び乗ろうとして失敗し、報告書の端に足跡をつけた。
「あっ」
リオルさんが小さく叫んだ。
「ピヨ」
「戦略的押印である」
「押印ではありません。足跡です」
「我の承認印だ」
「報告書にひよこの足跡が」
リオルさんは頭を抱えた。私はそっと布で拭こうとしたが、インクが少しにじんだ。最悪である。
「すみません。書き直しますか」
「いえ」
リオルさんはしばらく足跡を見つめたあと、なぜか小さく笑った。
「これも、ルカ村らしい記録かもしれません」
「報告書としては大丈夫ですか」
「大丈夫ではありません」
「ですよね」
「ですが、上に出す写しには写しません。これは私の控えにします」
彼は足跡の横に、小さく何かを書いた。
『未記録小型鳥類、調査に介入』
「だから記録しないで」
「控えです」
「控えでも」
リオルさんはまた少し笑った。来たときの硬い顔とは違う。この村に飲まれ始めている顔だった。翌朝、リオルさんが出発しようとすると、村人たちが次々に荷物を持たせた。保存食の包み。修理した鞄の留め具。道中用の小さな木箱。そして、ピヨの羽。
「最後の何」
「我の加護である」
「落ちてた羽でしょ」
「貴重品だ」
リオルさんは困った顔で羽を受け取った。
「これは、どう分類すれば」
「未記録小型鳥類の羽です」
「ミリィさんまで」
「冗談です。捨てていいです」
「捨てるな!」
村人たちが笑う。リオルさんも、少し笑った。
「皆さん、ありがとうございます。報告は、できるだけ正確にします」
「正確すぎると困ることもあります」
私は小声で言った。
「分かっています」
リオルさんも小声で返す。
「ミリィさんについては、必要以上に書きません」
「助かります」
「ただ、村の工夫は書きます。これは、他の村にも役立つかもしれません」
それは止められなかった。止める理由もない。魔法石を使わずに、少し暮らしを楽にする工夫。それが広がるのは、悪いことではない。ただ、広がると面倒も来る。この二つは、どうしていつも一緒なのか。
「では、また配給日に」
「はい」
リオルさんは山道を下りていった。背中には鞄。鞄の横には、なぜかピヨの羽が差さっている。メイジ調査員としての威厳は、少し減ったかもしれない。でも、来たときより人間らしく見えた。リオルさんの姿が山道の向こうに消えるまで、村人たちは手を振っていた。メイジだから敬う。それもある。でも、それだけではない。畑の籠を持たされ、保存食を食べさせられ、ピヨに足跡をつけられた人として、もう少し身近になっていた。
「次に来たら、また手伝ってもらおうねえ」
おばさんが言う。
「調査員ですよ」
「手が空いてたら同じさ」
強い。村の生活は、肩書きを少しずつ削っていく。メイジも、商人も、旅人も、職人も。ここに来ると、だいたい何かを持たされる。私は少しだけ、自分もその中に入っている気がして、すぐに考えるのをやめた。考えると、だいたい責任という言葉が近づいてくるからだ。私は責任より昼寝に近づきたい。悪い人ではない。本当に。だからこそ、メイジ機関の上のほうがどう受け取るか、少しだけ気になった。少しだけ。面倒の気配がするくらいには。
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