第20話 職人、鍛冶場に押しかける
バルトさんは本当に職人を連れてきた。木工職人。革職人。石工。それぞれ一人ずつ。全員、癖が強かった。
「木はな、まず話を聞くんだ」
木工職人は、人の話を聞かなかった。
「縫い目は一目で人柄が出ます」
革職人は、細かすぎた。
「石は気合いで割る」
石工は、勢いだけだった。
「バルトさん」
「はい」
「人選」
「腕は確かです」
「腕以外も見て」
職人たちは、トマの鍛冶場に押しかけた。正確には、バルトさんが連れてきて、トマがうっかり「面白そうだな」と言った。その瞬間、鍛冶場が拠点になった。
「トマさん、この金具はいいですね」
「木箱に合わせるなら、もう少し薄くできるか」
「革の留め具も必要です」
「石の台を作れば安定するぞ!」
全員が同時に話す。トマは全部を聞こうとしている。危ない。
「一人ずつ」
私は手を叩いた。全員がこちらを見る。
「一人ずつ話しましょう。トマが混乱します」
「俺は大丈夫だぞ」
「大丈夫じゃない顔をしてる」
トマは笑った。汗を拭きながら、楽しそうでもある。人が増えるのは大変だが、トマにとっては刺激になるらしい。
「ミリィ、箱の大きさはどうする?」
「私に聞かないで」
「でも、前に大きさをそろえるって」
「言ったけど」
「なら、そろえよう」
木工職人がうなずいた。
「同じ大きさの箱を作る。積みやすい。運びやすい。壊れたとき直しやすい」
「そうです」
「面白いな」
「面白がりすぎないでください」
革職人は箱の角を見ていた。
「持ち手をつけるなら、手が痛くならない形がいいですね」
「それは助かります」
「手の幅を測りましょう」
「全員分?」
「全員分」
「細かい」
石工は大きな石を抱えてきた。
「作業台だ!」
「大きい」
「安定する!」
「床が沈む」
私は忙しかった。魔法は使っていない。ただ突っ込んでいるだけだ。それなのに、鍛冶場の中では次々に何かが決まっていく。箱の大きさ。金具の形。持ち手。作業台。道具置き場。気づけば、鍛冶場は小さな工房のようになっていた。
ただし、小さな工房には小さな工房なりの問題がある。まず、全員が同時に話す。次に、全員が自分の材料を広げる。最後に、石工が石を置く。床が鳴る。
「石は外」
私は言った。
「なぜだ」
石工が首をかしげる。
「床が負けます」
「床も鍛えれば」
「床は鍛えない」
「では外だな」
石工はあっさり石を抱えて外へ出た。勢いだけだが、聞き分けは悪くない。木工職人は木材を壁際に並べ、革職人は道具を布の上にきっちり置いた。きっちり置きすぎて、誰かが少しでもずらすと目が怖い。
「作業場所を分けましょう」
「分ける?」
トマが聞き返す。
「木はこっち。革はこっち。金具は鍛冶場の中。石は外。相談はあの机」
「机?」
「一人ずつ話すための机」
私は古い木箱をひっくり返した。その上に板を置く。簡易相談台である。名前はつけない。絶対に。
「では、相談台ですね」
セドさんがいつの間にか書いていた。
「名前をつけないで」
「機能名です」
「機能名が一番残るんです」
木工職人がうなずいた。
「相談台、いいな。作ろう」
「作らなくていいです」
「ちゃんとしたものを」
「今ので十分」
「今のは箱だ」
「十分です」
職人は、仮のものを見ると本物を作りたがる。新しい発見だった。発見したくなかった。それでも、作業場所を分けると鍛冶場は少し落ち着いた。
木工職人が箱の板を切り、トマが金具を合わせ、革職人が持ち手を縫う。石工は外で作業台の脚になる石を削っている。削っているというより、気合いで形を説得しているように見える。
「石に説得は通じますか」
「通じる!」
「本当に?」
「割れたら説得失敗だ!」
「失敗が分かりやすい」
トマはその様子を見ながら、楽しそうに笑っていた。人が増え、音が増え、相談が増える。でも、トマは嫌がっていない。むしろ、いろんな技を見るのが楽しいらしい。
「ミリィ」
「何ですか」
「木と革と鉄を合わせると、できるものが増えるな」
「そうですね」
「一人だと考えない形になる」
「それは良いことです」
「でも、まとまらないと大きくなりすぎる」
「よく分かってきましたね」
トマは少し照れた。
「ミリィが何度も止めるから」
「止められた回数が経験になってる」
「助かってる」
まっすぐ言われると、また反応に困る。私は視線を相談台にそらした。そこではバルトさんが、すでに紙を広げている。
「箱の大きさは三種類にしましょう。小、中、大」
「大は危険です」
「なぜです」
「この村の人は大を選びがちです」
トマと石工が同時に視線をそらした。心当たりがあるらしい。
「では、小と中を基準に。大は特注」
「それなら」
話が進む。進んでしまう。私は相談台の横に立ちながら、少しだけ思った。これはもう、ただの鍛冶場ではない。人が集まり、物を考え、役割を分ける場所になり始めている。つまり、面倒の発生源である。でも、同時に、村の暮らしを支える場所でもある。止めたい。止めづらい。非常に厄介だった。
「ミリィ」
ピヨが木くずの上で言った。
「我の止まり木はどこだ」
「いらない」
「工房には看板鳥が必要であろう」
「まだ看板鳥じゃない」
木工職人が振り向いた。
「止まり木なら作れるぞ」
「作らなくていいです」
「小さいのでいいか」
「聞いて」
その日の夕方、鍛冶場には本当に小さな止まり木ができていた。ピヨはそこに乗って、得意げに胸を張る。
「見よ。我の玉座である」
「止まり木です」
「玉座」
「止まり木」
「玉座」
「はいはい」
トマが笑った。
「にぎやかになったな」
「なりすぎです」
「でも、悪くない」
私は鍛冶場を見回した。木の匂い。鉄の音。革の手触り。石工の大きな笑い声。確かに、悪くない。ただ、静かではない。全然、静かではない。
「ミリィさん」
バルトさんがにこにこと近づいてきた。
「今後、相談はこちらへ持ち込めばよさそうですね」
「私の家に持ってこないなら、少し助かります」
「では、難しい相談だけミリィさんの家へ」
「持ってこないで」
バルトさんは少し考え、相談台の横に小さな札を置いた。
『相談は一件ずつ』
「これは良いですね」
「でしょう」
「私の家にも置かないでくださいね」
「必要になれば」
「必要にしないで」
しかし、その札はすぐに役に立った。木工職人が箱の相談をする。革職人が持ち手の相談をする。石工が作業台の相談をする。トマが金具の相談をする。全員、一件ずつ。それだけで、鍛冶場の混乱はかなり減った。
「ミリィさん、こういう札は便利ですね」
セドさんが言った。
「便利と言わないで」
「なぜです」
「便利なものは増えます」
「増えると困りますか」
「私の周りに増えると困ります」
セドさんは真面目にうなずき、手帳に書く。
「便利なものは増える」
「そこだけ書くと名言みたいになる」
トマは相談台の横で、少しだけ背筋を伸ばしていた。職人たちが次々に彼へ意見を求めるからだ。鍛冶屋の息子。それだけだったトマが、少しずつ工房の中心になっている。本人は気づいていないのかもしれない。
「トマさん、この金具の厚みは?」
「持ち手に合わせるなら、少し薄く」
「この石台の高さは?」
「作業する人の腰に合わせたほうがいい」
「箱の角は?」
「ミリィが言ってた。持つ人が痛くない形」
「私の名前を出さない」
トマは不思議そうに振り向いた。
「言ったのはミリィだろ?」
「そうだけど」
「助かったから、言う」
まっすぐすぎる。私は返事に困って、ピヨを見た。ピヨは止まり木の上で寝ていた。役に立たない。でも、少しだけ分かった。
この工房は、私が作ったものではない。トマが受け止め、職人たちが手を動かし、村が必要とするから形になっている。私は相変わらず、突っ込んでいるだけだ。たぶん。
夕方には、相談台の横に小さな木箱が置かれた。
『あとで相談』
「誰が作ったんですか」
「木工職人さんだ」
トマが答える。
「今すぐ話せない相談を入れる箱だ」
「便利そうなのが困る」
箱の中には、もう三枚の木札が入っていた。棚。箱。ピヨの玉座。
「最後の誰」
「我である」
「却下」
私はその札だけ取り出して、ピヨに返した。相談は箱に入っても、面倒は箱に収まってくれないらしい。むしろ、箱があるぶん整列してやって来る。整列されると、断りにくいのがまた腹立たしい。
次の日から、ミリィの家にも相談の行列ができた。どうして。私は鍛冶場を拠点にしたかったのに。いや、したくもないけど。
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