第18話 春になったら家が増えていた
三か月の冬が終わった。雪は少しずつ溶け、屋根から水が落ち、畑の土が顔を出した。村人たちは窓を開け、倉庫を整理し、春の準備を始めている。私は久しぶりに家の外へ出て、大きく伸びをした。
「外だ」
「外である」
ピヨも足元で胸を張った。冬の間、ピヨは少しだけ大きくなった。ほんの少しだけ。本人は「真の姿への第一歩」と言っているが、見た目はまだ大きめのひよこである。
「春はいいね」
「雪が甘くないことを学んだ冬であった」
「学びが少ない」
私は村を歩いた。道はぬかるんでいるけれど、人の声があちこちから聞こえる。冬の間に作った道具も、倉庫の前にきちんと並んでいた。悪くない。無事に冬を越せた。そう思ったところで、私は足を止めた。
「……あれ」
家がある。知らない家だ。村の端、私の家から少し離れたところに、小さな家が二軒増えていた。いや、二軒ではない。奥にもある。
「ピヨ」
「何だ」
「あの家、前からあった?」
「我は知らぬ」
「だよね」
私は近くにいた村人に聞いた。
「すみません。あの家は?」
「冬の間に建てたんだ」
「冬の間に?」
「雪で帰れなくなった人たちが、春になっても残りたいって言ってな」
「ああ」
セドさん。それから他の旅人たち。嫌な予感はしていた。当たった。
「家って冬眠中に増えるものだっけ?」
「増えたなあ」
「納得しないで」
新しい家の前では、セドさんが荷物を運んでいた。私に気づくと、手帳を片手に笑う。
「ミリィさん。おはようございます」
「おはようございます。住むんですか」
「はい。春のルカ村も記録したいので」
「記録のために家を建てたんですか」
「長期滞在には必要です」
「行動力が強い」
セドさんは真面目にうなずいた。その隣の家には、冬の間に保存食作りを手伝っていた旅人夫婦がいた。彼らも残るらしい。理由は、村の居心地が良いから。それは嬉しい。嬉しいけれど、静かな村が少しずつ賑やかになっている気がする。
「ミリィさんのおかげですね」
セドさんが言った。
「私、何もしてません」
「冬支度の工夫、道具、保存食。どれもミリィさんの発言がきっかけだったと聞きました」
「聞きました、じゃなくて書きましたよね」
「はい」
「消してください」
「歴史は消せません」
「大げさ」
私は頭を抱えた。歴史にしないでほしい。昼寝したいだけの魔女を歴史にしないでほしい。ピヨが新しい家の前を歩き、胸を張る。
「我の領地が広がったな」
「ピヨの領地ではない」
「では、ミリィの領地か」
「違う」
「誰の領地だ」
「村のみんなの場所」
ピヨは少し考えた。
「ならば、我もみんなに含まれる」
「まあ、そこは含まれるかも」
「つまり我の領地」
「戻ってきた」
新しい家の周りには、荷物がまだ積まれていた。木箱、布袋、鍋、毛布、古い本。冬の間に村へ溶け込んだ人たちが、春になって本当に腰を落ち着けようとしている。セドさんは本を抱え、旅人夫婦はかまどの位置を相談していた。
「ここに小さな干し棚を作りたいんです」
旅人夫婦の妻が言った。
「干し棚」
「冬の保存食作りを手伝って、面白くなってしまって」
「面白く」
「村に残るなら、何か役に立ちたいですし」
その目は真剣だった。面倒な予感はする。でも、悪い話ではない。
「風の通りだけ気をつければいいと思います。あと、雨が当たらないように」
「なるほど」
「ミリィさん、図にしてもらえますか」
「今のは口頭で済ませたいです」
そこへトマが通りかかった。
「干し棚なら作れるぞ」
「来た」
「呼ばれた気がした」
「呼んでない」
トマはもう周囲の木材を見ていた。
「小さいのでいいなら、半日で」
「半日で作らない」
「だめか?」
「まず場所を決めて、邪魔にならないか確認してから」
「なるほど」
素直にうなずく。旅人夫婦は嬉しそうだ。私は軽く頭を抱える。新しい人が増えると、新しい相談が増える。相談が増えると、トマが作る。トマが作ると、村が便利になる。便利になると、人が増える。危険な輪が見えた。セドさんはその横で手帳を開いている。
「人口増加に伴う小規模な職能分化」
「やめてください。急に村が研究対象みたいになる」
「すでに研究対象です」
「認めないで」
「ミリィさんの発言も記録して」
「そこを削って」
セドさんは首をかしげた。
「しかし、ミリィさんが突っ込むことで会話が整理されています」
「突っ込みを村の機能にしないで」
「機能」
「今のも書かない」
彼は少し残念そうに手帳を閉じた。閉じただけで、覚えていそうだ。
昼には、村長が新しい住人たちを集会所へ呼んだ。畑を少し手伝う人。保存食を手伝う人。記録や読み書きを教えられる人。冬の間に、誰が何を得意としているか、村人たちはだいたい把握していた。
閉ざされた三か月は、不便だった。でも、互いを知るには十分すぎる時間だったらしい。
「ミリィさんにも、一言」
村長が言った。
「ありません」
「何か」
「ありません」
「では、短く」
「静かに暮らしたいです」
集会所が笑いに包まれた。なぜ笑う。私は本気だ。ピヨが椅子の上で胸を張る。
「静かな国を作るのだな」
「国にしない」
「では領地」
「領地でもない」
「村」
「それは村」
「ならば我の村」
「戻ってきた」
新しい住人たちまで笑っている。私はため息をついた。何も責任を持ちたくない。でも、名前を覚えた人が増えていく。顔を知る人が増えていく。
面倒なことに、知らない人のままではいられなくなっていく。春の日差しの中、村人たちは楽しそうに動いていた。家が増え、人が増え、荷物が増えた。商人が来る道も、冬前よりしっかり踏み固められている。
私は何もしていないつもりだった。でも、村は変わっていた。小さく。確実に。午後になると、村長が新しい家の位置を確認するため、簡単な地図を広げた。地図といっても、木の板に炭で道と家を描いただけのものだ。それでも、家が増えたことは一目で分かる。
「ここが集会所。ここが鍛冶場。ここが新しい家」
村長が指で示す。
「私の家は描かなくていいです」
「描かねば迷いますぞ」
「迷っていいです」
「ミリィさんの家に相談へ行く者もおりますし」
「だから描かないで」
セドさんが横から言った。
「記録上、生活改善の中心地点として」
「中心にしない」
「では、周辺重要地点」
「悪化してます」
結局、私の家は小さな点で描かれた。点。かなり小さい。それで妥協した。ピヨは地図の上を歩き、炭の線を足でこすった。
「ここからここまで我の散歩道」
「地図を汚さない」
「領地の確認である」
「領地じゃない」
トマが地図をのぞき込む。
「道を少し広げたほうがいいところがあるな」
「また仕事を増やす」
「荷馬車が通るなら、ここが狭い」
「正しいことを言うから困る」
実際、家が増えれば道も変わる。荷物を運ぶ場所も、人が集まる場所も変わる。冬に作った道具や決まりが、春には別の形で使われ始める。村は、ただ家が増えただけではない。人が動く線が増えたのだ。そんなことを考えていたら、村長がにこにこと言った。
「ミリィさん、何か気づいたことはありますかな」
「ありません」
「今、考えていた顔でしたが」
「気のせいです」
「では、また後ほど」
「後ほどが怖い」
私は地図から目をそらした。考えれば、また何か言ってしまう。言えば、村がまた少し動く。だから黙る。黙った。三秒くらい。
「……荷馬車が通る道だけ、ぬかるみ対策をしたほうがいいかもしれません」
言ってしまった。トマの目が輝く。村長がうなずく。セドさんが書く。ピヨが胸を張る。
「我の道もな」
「ピヨは歩幅が短いから、どこでも同じ」
私は自分の口を押さえた。春は、口が滑りやすい季節らしい。そのとき、遠くから車輪の音が聞こえた。見ると、荷馬車が山道を上がってくる。一台。二台。三台。
「……多くない?」
先頭の荷馬車から、バルトさんが手を振った。
「ミリィさーん! 半月後と言いましたが、少し早く来ました!」
「帰って」
「まだ何も売ってません!」
荷馬車の後ろでは、見慣れない荷物が揺れていた。木材。布。空の箱。そして、どう見ても作業道具。
「バルトさん」
「はい」
「増えるのは商品だけですか」
「人も少し」
「帰って」
「まだ紹介もしていません!」
村人たちはもう集まり始めている。新しい家の前で、新しい相談が増える音がした。春の風は柔らかいのに、運んでくるものは妙に重い。春になった。そして、面倒も雪解けと一緒にやって来た。
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