表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村を少し便利にしただけなのに、魔法文明が終わりそうです   作者: Miris


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/33

第16話 帰れない旅人、住み始める

 雪で足止めされた旅人の一人は、日記を書く人だった。名前はセド。細身で、眼鏡をかけていて、何かあるたびに小さな革の手帳を取り出す。


「なるほど。山奥の村。冬の閉鎖。住民の協力体制。しゃべるひよこ」


「最後のは書かなくていいです」


「重要な観察対象です」


「重要にしないで」


 セドさんは、私の言葉を聞いているのかいないのか、さらさらとペンを走らせた。旅人といっても、商人ではないらしい。各地を歩き、村や町の暮らしを書き残しているという。つまり、記録魔である。


「ミリィさん、今の発言をもう一度」


「嫌です」


「なぜです」


「日記に残されるから」


「残すために聞いています」


「なおさら嫌です」


 セドさんは不思議そうに首をかしげた。悪気はない。たぶん、本当に何でも記録したいだけだ。しかし、私としては困る。目立ちたくない。記録に残りたくない。特に「謎の魔女ミリィ、雪の村に降臨」みたいな書き方は絶対に避けたい。


「私はただの旅人です」


「ただの旅人は空から来ません」


「見たんですか」


「村人から聞きました」


「村人」


 私は頭を抱えた。誰だ。誰が話した。いや、たぶん全員だ。


「我は空の王である」


 ピヨが机の上で胸を張った。セドさんの目が輝く。


「発言記録。自称、空の王」


「自称ではない!」


「現状、飛行能力は?」


「仮の姿ゆえ、まだ温存しておる」


「つまり飛べない」


「温存だ!」


 ピヨが怒った。セドさんは満足そうに書く。相性が悪い。いや、良すぎるのかもしれない。その日の午後、セドさんは村を歩き回った。保存食作りを見る。雪かき道具を見る。井戸の滑車を見る。主婦組の冬越し棚を見る。そして、いちいち感動する。


「魔法石を使っていないのですか」


「使ってませんね」


「それでこれほど?」


「これほど、というほどでも」


「いや、興味深い。魔法に頼らぬ生活改善。雪に閉ざされる地域での自立性。これは貴重な記録になる」


「貴重にしないで」


 止めても書く。セドさんの手帳は、夕方にはかなり厚くなっていた。物理的に厚くなったわけではないけれど、そう見えるくらい書いていた。そして問題は、その記録の中に私が含まれていることだ。


「ミリィさんの昼寝の習慣についても」


「書かないで」


「しかし、村人によれば毎日決まった時間に」


「それは偉業ではないです」


「規則正しい生活は文化を語る上で」


「文化にしないで」


 セドさんは真面目だった。真面目に変だった。夜、村の集会所で旅人たちを囲む食事会が開かれた。保存食の試作品が並び、温かいスープが配られる。外は雪。中は火の明かりと人の声で暖かい。セドさんは、その光景を静かに見ていた。


「いい村ですね」


「そうですね」


 私は素直にうなずいた。平和で、不便で、変な人が多い。でも、いい村だ。


「春になったら、外へ出られますよ」


「はい」


 セドさんは少し考えた。


「でも、少し残ってもいいでしょうか」


「……はい?」


「この村の冬を、最後まで記録したいのです」


「記録」


「それに、春の変化も見たい」


 私は嫌な予感がした。こういう人は、少しと言って長くいる。そして記録する。何でも。


「村長に相談してください」


「もちろんです」


 セドさんは嬉しそうだった。ピヨがスープ皿をのぞき込みながら言った。


「ミリィ、また住人が増えるぞ」


「まだ決まってない」


「決まった顔をしておる」


「やめて」


 私はスープを飲んだ。温かい。とても温かい。でも、胸の中には少しだけ冷たい予感があった。冬が明けたら、村が少し変わっているかもしれない。


 ******


 翌日から、セドさんの記録はさらに細かくなった。朝、井戸までの道を誰が開けたか。昼、どの家に人が集まって保存食を分けたか。夕方、子どもたちがピヨを雪に埋めようとして誰に怒られたか。


 最後は記録しなくていい。


「山村における冬季共同生活の実例」


 セドさんはそう言いながら、手帳に題名らしきものを書いていた。


「題名が硬いですね」


「では、雪に閉ざされた村で見た工夫とひよこ」


「ひよこを題名に入れないで」


「重要な観察対象です」


「重要にしないで」


 私は手帳をのぞこうとした。セドさんはすっと胸元へ戻す。


「記録者の独立性は守られるべきです」


「都合のいいときだけ立派なことを言う」


「ミリィさんについては、村人たちの証言が多いので」


「そこを減らしましょう」


「なぜです」


「私が静かに暮らしたいから」


 セドさんは本気で悩んだ。悩まなくていい。消せばいい。しかし、彼にとっては事実を減らすことが苦痛らしい。


「では、表現を調整します」


「どう調整しますか」


「村に滞在する若い女性の助言により」


「ほぼ私」


「謎の」


「悪化」


「では、名前は伏せます」


「それでお願いします」


 ひとまず勝った。たぶん。昼になると、雪で足止めされた旅人たちも村の仕事に混ざり始めた。一人は薪割り。一人は倉庫の整理。セドさんは記録係。ただし、記録係は働いたことになるのか少し怪しい。


「セドさん、手を動かしましょう」


「動かしています。ペンを」


「薪も動かしましょう」


「なるほど」


 セドさんは素直に薪を持った。しかし、細身なので運ぶ量は少ない。それでも村人たちは笑って受け入れた。


「少しでも助かるよ」


「記録だけじゃ腹はふくれないからね」


「そうですね」


 セドさんは真面目にうなずき、また何かを書いた。


「労働と食事の関係」


「それ、書かないと分からないことですか」


「体験すると言葉が変わります」


「急に記録者っぽい」


 ピヨは雪道の端で偉そうに指揮をしていた。


「そこだ。薪を右へ運べ」


「ピヨ、邪魔」


「我は監督である」


「監督なら雪に足を取られないで」


 言った瞬間、ピヨは雪に沈んだ。


「戦略的現場確認」


「救出待ちでしょ」


 旅人の一人が笑いながらピヨを引き抜いた。


「この村は退屈しないな」


「退屈でいいんですけど」


「いや、いい村だ」


 素直に言われると、また困る。夕方、私は集会所で村長と話した。旅人たちの食料のこと。働き口のこと。春になったら出ていくか、残るか。村長は穏やかに言った。


「残りたい者がいれば、相談に乗りましょう」


「簡単に増やして大丈夫ですか」


「簡単ではありませんな。ですが、人手はあります。畑も最低限は余裕がある。冬を一緒に越した者なら、村のことも分かります」


「それは、まあ」


「それに、ミリィさんの周りには人が集まります」


「その結論は違います」


「違いますかな」


「違います」


 村長は笑った。どうして誰も信じてくれないのか。私は何もしていない。少し口を出して、少し突っ込んで、少し逃げ遅れているだけだ。その夜、セドさんがまた私に近づいてきた。


「ミリィさん」


「今度は何を書きましたか」


「冬の村では、余所者も働けば居場所を得る、と」


「それはいい記録ですね」


「その中心に」


「私を置かない」


「では、中心不明のままに」


「不明にもしないで」


 セドさんは珍しく笑った。少しだけ、村に馴染み始めている顔だった。ああ、これは残るかもしれない。私はそう思った。そして、その予感はたぶん当たる。数日後、セドさんは集会所に一枚の紙を貼った。


『冬季滞在者一覧』


「一覧を作ったんですか」


「食事、寝床、仕事の分担を確認しやすくするためです」


「それは便利ですね」


「ミリィさんの名前も」


「なぜ」


「滞在者なので」


「村に滞在しているのはそうですけど、冬に捕まったわけでは」


「空から来たので、分類上は特殊滞在者です」


「分類しないで」


 紙には、旅人たちの名前、得意な仕事、泊まっている場所が書かれていた。その一番下に、小さく『ピヨ 自称空の王 火の前』とある。


「ピヨまで」


「重要なので」


「重要ではないです」


 ピヨはその紙を見て満足そうだった。


「我の肩書きが記された」


「自称って書いてあるよ」


「肩書きは肩書きだ」


 村人たちは一覧を見て、すぐに使い始めた。


「薪割りはあの人だね」


「セドさんは字が書けるから、札を頼もう」


「ピヨは火の前から動かないね」


「その情報いる?」


 いるらしい。紙一枚で、人の動きが少し分かりやすくなる。便利だ。魔法ではない。ただ、書いただけ。それでも暮らしは少し整う。私はその事実を見て、また余計なことを覚えてしまった気がした。その日の夜、一覧の前で村人たちが話していた。


「これ、春になっても使えるね」


「畑の手伝いも分かりやすい」


「道具の貸し借りにもいいかもしれない」


「待って。発展させないで」


 私が止めると、みんな笑った。笑っているが、たぶんやる。セドさんはすでに紙を一枚追加していた。


『春以降の検討』


「検討しないで」


「検討だけです」


 検討という言葉も、信用できない。私は何もしていない。たぶん。


 ******


この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!

また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ