第15話 雪、ひよこを埋める
朝起きると、世界が白かった。窓の外に見える畑も、道も、屋根も、昨日までの色をすっかり失っている。木の枝には雪が積もり、煙突の煙だけが細く空へ伸びていた。きれいだ。とてもきれいだ。ただし、家の扉が開かなかった。
「……きれいだけど、邪魔」
私は扉を押した。動かない。もう一度押した。少しだけ開いた隙間から、雪がどさっと入ってきた。
「閉めよう」
「なぜだ。外へ出るのではないのか」
毛布の上で丸くなっていたピヨが顔を上げた。
「外が白い」
「ついに砂糖の山か」
「違う」
「確かめねばなるまい」
「やめたほうがいい」
私の忠告を聞かず、ピヨは扉の隙間から外へ出た。出た、というより、雪の中へ落ちた。ぽすん。黄色い身体が、白い雪に消える。
「…………」
「…………」
少し待った。雪の中から、くぐもった声が聞こえた。
「戦略的潜伏である」
「埋まっただけでしょ」
私は手を伸ばして、ピヨを引き抜いた。羽毛に雪をつけたピヨは、ぷるぷる震えている。
「甘くない」
「昨日も言った」
「冷たい」
「見れば分かる」
「白いのに」
「白さに期待しすぎ」
外では、村人たちがすでに動き始めていた。雪かき道具を使い、家の前や井戸までの道を開けている。トマが作った押し板も、ちゃんと役に立っていた。ただし、青年団が妙に楽しそうだ。
「押せー!」
「そっちじゃない!」
「道じゃなくて山になってる!」
私は遠い目をした。雪かきというより、雪山作り競争である。
「ミリィさん!」
トマが雪をかぶりながら走ってきた。
「大丈夫か?」
「家に雪が入ったくらいです」
「ならよかった」
「よくはないけど、まあ」
トマは私の足元に埋まりかけているピヨを見た。
「ピヨは?」
「雪に負けた」
「負けておらぬ。潜伏である」
「震えてるぞ」
「これは武者震い」
「寒いだけ」
トマは笑いながら、私の家の前の雪をどかしてくれた。私は少し手伝おうとしたが、村人たちがすぐに止める。
「ミリィさんは中にいな」
「細いんだから冷えるよ」
「魔法で消してもらうわけにもいかんしな」
最後の言葉に、私はぴくっと反応した。
「魔法では消しませんよ」
「分かってるよ。雪は春の水になるからねえ」
おばあさんが当然のように言った。少し安心した。この村の人たちは、魔法で全部どうにかしろとは言わない。不便だけど、ちゃんと付き合っている。まあ、雪山競争はしているけれど。昼前には、村の主要な道がなんとか通れるようになった。井戸までの道。倉庫までの道。ギルドまでの道。鍛冶屋までの道。細い白い溝が、村の中をつないでいる。
「三か月、これが続くんですか」
「そうだな」
トマが空を見上げた。
「でも今年は道具があるから楽だ」
「それならよかった」
「ミリィのおかげだな」
「私は少し口を出しただけです」
「その少しがすごいんだ」
素直に言われると、反応に困る。私は視線をそらした。
「褒めても何も出ません」
「そうか」
「本当に何も出ません」
「分かった」
トマは笑った。やりにくい。この人、素直すぎてやりにくい。そのとき、村の入口のほうから声が上がった。
「旅人だ!」
見ると、雪まみれの男が二人、荷物を抱えてよろよろと村へ入ってくるところだった。どうやら、雪に捕まったらしい。私は白い空を見上げた。三か月閉ざされる冬。始まって早々、もう人が増えた。旅人二人は、村の青年たちに支えられて集会所へ運ばれた。運ばれた、というより、雪の道を滑るように連れていかれた。昨日までに作っておいた細い通路が、こういうときにちゃんと役に立っている。
「足が、足が自分のものじゃない」
「指は動くかい」
「たぶん」
「たぶんじゃ困るねえ。ほら、火のそばへ」
主婦組のおばさんたちは手際がよかった。濡れた外套を脱がせ、火のそばに干し、温かいスープを渡す。誰かが毛布を持ってきて、誰かが靴の中に詰まった雪を落とす。私は隅でそれを見ていた。魔法を使えば、服を乾かすことくらい簡単だ。身体を温めることも、たぶんできる。でも、必要ない。村の人たちがもう動いている。薪の火があり、毛布があり、温かいスープがある。それで十分だった。
「ミリィさん、魔法で乾かしてやれたら早いんだろうけどね」
おばさんが冗談めかして言った。
「やりませんよ」
「分かってるよ。火のそばで乾かすのが一番さ」
「服が焦げないようにだけ」
「そこは任せな」
その言い方が自然で、少し嬉しかった。この村では、魔法を使わないことを責められない。不便なら、不便なりに手が動く。その横で、ピヨは火の前に陣取っていた。羽毛についた雪を乾かしているらしい。
「我は今、戦略的乾燥を行っておる」
「ただ火に当たってるだけ」
「高度な体温管理である」
「さっきまで震えてたでしょ」
「あれは余熱の確認」
「何も確認できてない」
旅人の一人が、スープをすすりながらピヨを見た。
「その鳥、しゃべるのか」
「山奥ですから」
私は反射的に答えた。旅人はぼんやりとうなずいた。
「山奥なら、そういうこともあるか」
「あるの?」
寒さで判断力が落ちているのかもしれない。もう一人の旅人は、毛布にくるまりながら周囲を見回していた。
「助かった。道が完全に埋もれていて、戻ることも進むこともできなかった」
「どちらへ?」
「南の町へ。春まで待つしかないかもしれない」
春まで。つまり、三か月。私は頭を抱えそうになった。冬が始まったばかりなのに、もう滞在者が発生している。しかも、この村は困った人を追い返すような場所ではない。村長が穏やかに言った。
「空き部屋ならあります。冬の間は助け合いですからな」
「ありがとうございます。何か働きます。食べるだけでは申し訳ない」
「それは助かりますな。薪割り、雪かき、倉庫の整理。冬でも仕事はあります」
旅人の顔が少し安心した。私はそれを見て、また少し考える。人が増える。仕事も増える。食べ物も減る。でも、手も増える。不便な冬は、人を閉じ込めるだけではなく、人を混ぜるのかもしれない。考えたくない方向に、少し面白い。
「ミリィ、我も働くぞ」
ピヨが火の前で胸を張った。
「何を?」
「火を見張る」
「寝るでしょ」
「目を閉じて見張る」
「それは寝る」
トマが笑いながら、集会所の外から戻ってきた。肩に雪が積もっている。
「入口までの道は広げておいた。これなら誰か来ても運びやすい」
「誰か来る前提にしないでください」
「でも、今日来た」
「そうだけど」
正論が痛い。トマは旅人たちに温かい水を配り、それから私の隣に立った。
「ミリィの言ってた道、作っておいてよかったな」
「私は井戸と倉庫までって言っただけです」
「そこから広げたのは青年団だ」
「広げすぎ」
「でも役に立った」
また、そういうことを言う。役に立ったなら、止めづらい。外では雪がまだ降っている。白い壁のような冬の中で、集会所だけが妙に暖かく、騒がしかった。旅人たちは助かり、村人たちは働き、ピヨは火の前で丸くなる。
冬は静かなものだと思っていた。少なくとも、私の家で毛布にくるまるものだと思っていた。どうやら違うらしい。ルカ村の冬は、初日から人を拾う。その日の夜、旅人たちの寝床をどこにするかで、また小さな相談が始まった。集会所に泊めるか。空き部屋を使うか。火の番は誰がするか。食料の分け方はどうするか。
村長とおばさんたちは、慣れた様子で話を進めていく。突然の滞在者なのに、思ったより混乱しない。
「毎年、誰かしら雪に捕まるからねえ」
「毎年?」
「山道を甘く見る人はいるんだよ」
「雪は甘くないのに」
ピヨが火の前で真剣に言った。
「そこから学んだの?」
「重要な知見である」
おばさんは笑いながら、ピヨの前に小さな皿を置いた。
「ほら、見張り番の分だよ」
「我は火の番である」
「寝るでしょ」
「片目を閉じるだけだ」
「両目を閉じるよね」
案の定、ピヨは少し食べると丸くなった。火の番どころか、火に当たる置物である。旅人たちはその様子を見て、疲れた顔で笑っていた。
命の危険があったあとに笑えるなら、たぶん大丈夫だ。私は集会所の窓から外を見た。雪はまだ降り続いている。外の世界と村を切り離す白い壁。
でも、中には火があって、人がいて、変なひよこがいる。閉ざされるという言葉から想像していたより、ずっと賑やかだった。
「ミリィ」
「何」
「あれも潜伏か?」
「違うと思う」
旅人の一人がくしゃみをした。おばさんがすかさず毛布を追加し、トマが入口の雪をさらに押しのけに行く。誰かが動くと、別の誰かも動く。冬の村は、止まっているようで忙しい。私は火の前で丸くなるピヨを見た。
「ピヨ、火の番は?」
「今、火に番をさせておる」
「逆」
冬は、思ったより忙しくなりそうだった。
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