第14話 冬支度が祭りになった
冬支度の日が来た。
薪を割り、倉庫を片づけ、保存食を運び、屋根や扉を直す。本来なら、地味で大変な作業のはずである。
それなのに、朝から村の広場には妙な熱気があった。
「第一競技、薪積み競争を始めるぞ!」
「競技にしないで」
私は開会宣言を止めようとした。止まらなかった。
青年団が、薪をどれだけきれいに積めるかで競い始めている。おばさんたちは保存食の箱詰め速度を競い、おじいさんたちは倉庫の棚の使いやすさについて真剣に議論していた。
冬支度。のはずだ。
でも、空気は完全に祭りである。
「ミリィ、我が応援団長を務めよう」
ピヨが木箱の上に立った。
「いらない」
「聞け、民よ!」
誰も聞いていない。
村人たちは忙しいのだ。
ピヨはしばらく翼を広げていたが、反応がないことに気づくと、そっと座った。
「……民は忙しいな」
「うん」
「あとで改めて演説する」
「しなくていい」
トマは広場の端で、道具の調整をしていた。雪かき用の押し板、薪運びのそり、倉庫の棚の金具。試作品はいつの間にか実用品になっている。
本人は嬉しそうだ。
「ミリィ、こっちのそりは軽くしたぞ」
「いいですね」
「でも軽すぎる気がして、下に鉄を足した」
「戻して」
「だめか」
「軽くした意味が消えます」
トマは素直に鉄を外した。本当に素直だ。だからこそ、誰かが余計なことを言うと危ない。
私はできるだけ鍛冶場周辺を見張ることにした。しかし、見張るべき場所はそこだけではなかった。
「ミリィさん、保存食の箱、香り別に分けたほうがいいかね」
「それは良いと思います」
「じゃあ香り番付を作ろう」
「番付は作らなくていいです」
「ミリィさん、倉庫の奥に棚を増やしたいんだが」
「通路をふさがないようにしてください」
「通路をふさぐ棚は強そうだな」
「強さはいりません」
「ミリィさん、薪を積む角度はどれが一番美しいと思う?」
「美しさより崩れにくさを」
あちこちから呼ばれる。
私は走り回った。
魔法を使えば楽だ。声を遠くまで届かせるのも、道具を動かすのも、壊れたものを直すのも、たぶんできる。
でも、使わない。使わない代わりに、歩く。見る。突っ込む。
それで十分だった。
村人たちは勝手に動く。そして、思ったよりずっと早く作業を進める。ただし、私が一度でも「それでいいと思います」と言うと、近くにいたセドさんが木札に書き留めるようになった。
『ミリィ確認済み』
「その札、やめません?」
「後で迷わないためです」
「後で私が逃げられなくなるためでは?」
「両方です」
「認めないで」
セドさんは真面目にうなずき、薪置き場、保存食の棚、雪かき道具の置き場に次々と札をつけていく。
確認した覚えはある。でも、確認役になった覚えはない。
昼には広場に食事が並び、いつの間にか本当に祭りになった。保存食の試食。薪積み競争の表彰。子どもたちによる雪かき道具の試運転。
まだ雪は降っていないので、落ち葉を押している。
ピヨがその落ち葉の山に突っ込んで、埋まった。
「戦略的潜伏である」
「毎回それ言えばいいと思ってるでしょ」
子どもたちが笑った。ピヨは葉っぱを頭に乗せたまま、なぜか得意げだ。
夕方になり、作業はほとんど終わっていた。
倉庫は整い、保存食は分類され、薪は濡れにくい場所に積まれている。壊れた道具は直され、雪用の道具も何本か用意された。
私が一人で魔法を使うより、よほど村らしい形だと思った。
いや、魔法なら一瞬だけど。
一瞬で済むことは、一瞬では済まない面倒を連れてくる。
今日みたいにみんなで騒いだほうが、たぶん後に残る。
「ミリィさん」
村長が隣に立った。
「今年の冬は、少し楽になりそうですな」
「私は少し口を出しただけです」
「その少しがありがたい」
「大げさです」
私は照れくさくなって、視線をそらした。
そのとき、空から白いものがひとつ落ちてきた。
手の甲に触れる。
冷たい。
「雪?」
村人たちが空を見上げた。ぽつり、ぽつりと白い粒が増えていく。
初雪だ。
「来たねえ」
おばあさんが笑った。
「冬だ」
トマがつぶやく。
ピヨは目を輝かせた。
「これが砂糖の山か」
「違うって言ったよね」
私は空を見上げた。
三か月閉ざされる冬。正直、気が重い。でも、村人たちは笑っている。
準備はできた。
祭りみたいに、みんなで騒ぎながら。
悪くない。
そう思った瞬間、ピヨが口を開けて雪を食べた。
「甘くない!」
「だから言ったでしょ」
冬は、思ったより騒がしく始まった。
******
初雪のあと、村人たちはすぐには解散しなかった。
広場に残り、空を見上げ、今年の冬の話を始めた。どの家に誰が集まるか。薪をどこへ分けるか。保存食の交換日をいつにするか。雪が深い日は、どの道を優先して開けるか。
私はそれを聞きながら、少し驚いていた。
村長は木の板を持ってきて、広場の机に置いた。
「今年は、優先して開ける道も書いておきましょう。井戸、倉庫、ギルド、ミリィさんの家」
「最後は不要です」
「新しい住人ですからな」
「特別扱いはいりません」
「ピヨが埋まりそうですし」
「それは否定できない」
ピヨが胸を張った。
「我は雪に負けぬ」
「昨日、甘くないって怒ってたよね」
「味と戦力は別である」
村長は笑いながら、板に道順を書いていく。井戸までの道。倉庫までの道。一人暮らしの老人の家までの道。そして、私の家までの道。
ありがたい。
ありがたいのに、また村の仕組みに名前が混ざった気がした。
この村には、ちゃんと冬の暮らし方がある。ただ閉じ込められるのではない。閉じ込められる前提で、人の動きが決まっている。
それは、便利な世界で暮らしていた私には少し新鮮だった。
「ミリィさん」
村長が声をかけてきた。
「今年は、よい冬支度になりました」
「みなさんが頑張ったからです」
「きっかけはミリィさんです」
「その言い方は危険です」
「危険?」
「話が大きくなるので」
村長は笑った。
「もう少し大きくなっても、悪くはないかもしれませんな」
「悪いです」
「そうですか?」
「私は静かに暮らしたいので」
「今も静かではありませんな」
「言わないでください」
広場では、青年団が薪積み競争の結果を話している。主婦組は保存食の出来を比べている。トマは道具の修理依頼を受けている。ピヨは子どもたちに囲まれ、雪が甘くなかったことをなぜか偉そうに語っている。
静かではない。
本当に静かではない。
でも、嫌な騒がしさではなかった。
片づけが始まると、祭りは少しだけ真面目な顔に戻った。主婦組は保存食の箱を倉庫へ運び、青年団は薪を家ごとに分け、おじいさんたちは雪が積もったときの見回り順を相談している。
私は広場の端で、その動きを眺めていた。
騒がしいのに、ばらばらではない。
誰が何をするか、なんとなく決まっている。冬が厳しい村だからこそ、遊びながらでも外してはいけないところは分かっているのだ。
「ミリィ」
トマが押し板を二本抱えて来た。
「この二本は井戸までの道用に置いておく」
「いいですね」
「こっちは倉庫用」
「分けたんですか」
「使う場所が決まっているほうが、探さなくていいと思って」
「成長してる」
「何が?」
「道具の考え方が」
トマは少し照れたように笑った。
「ミリィが言ってただろ。使う人と場所を考えるって」
「言いましたね」
「だから、考えた」
素直だ。相変わらず素直すぎる。私は少しだけ視線をそらした。
「いいと思います」
「ならよかった」
ピヨが箱の上から口を挟む。
「我の場所はどこだ」
「毛布」
「広場の中央ではないのか」
「邪魔」
「民が我を見失う」
「見失っても困らない」
ピヨは不満そうに羽をふくらませた。
すると子どもが一人、ピヨを両手で持ち上げる。
「ピヨはこっち。保存食の見張り」
「おお、重要任務」
「食べたらだめだからね」
「見張りとは難しい」
「そこから?」
子どもたちが笑いながらピヨを連れていく。ピヨは偉そうにしているが、足元が少し不安定だ。
大きめのひよこ。
それでも、村の中に自然と居場所ができ始めている。
私も、そうなのかもしれない。認めると面倒なので、認めないけれど。
その日の夜、私は自分の家で、冬支度の残りを確認した。
薪。保存食。水桶。毛布。ピヨ用の穀物。
最後が意外と重要だ。
「我の食糧は十分か」
「たぶん」
「たぶんでは困る」
「食べすぎなければ大丈夫」
「それは難しい」
「努力して」
ピヨは毛布の上で丸くなった。
外では雪が静かに降っている。昼間の騒ぎが嘘のように、夜はしんとしていた。
かまどの火が小さく揺れる。
私は膝を抱えて、その火を見ていた。
魔法で暖めれば、もっと楽だ。でも、かまどの火にはかまどの良さがある。薪が燃える音。煙の匂い。火を絶やさないようにする手間。
その手間が、暮らしている実感になる。
面倒だけれど、全部の面倒が嫌なわけではないのかもしれない。
面倒にも種類がある。
偉い人が来る面倒。書類が増える面倒。世界を救えと言われる面倒。
そういうのは嫌だ。
でも、毛布を干したり、薪を積んだり、保存食を分けたりする面倒は、思ったより悪くない。
「ミリィ」
「何」
「難しい顔だ」
「冬について考えてた」
「冬とは、甘くない白いものだ」
「ピヨの理解は浅い」
「冷たい」
「それは合ってる」
私は笑った。
その笑いが、火の音に混ざる。
明日から、本格的な冬が始まる。三か月閉ざされる。不安はある。でも、準備はした。みんなで騒ぎながら。
だからたぶん、何とかなる。
ただ、何とかなるためには明日も雪をかき、火を絶やさず、保存食を数え、ピヨがこっそり食べないように見張る必要がある。
やることは多い。
面倒だ。
それでも、女神さまに急に世界を救えと言われるよりは、ずっと具体的で分かりやすい面倒だった。
この村の人たちが言う「何とか」が、少しだけ分かった気がした。
そのとき、屋根の上で、さらさらと雪の積もる音がした。
昼間の初雪とは違う。
これは、夜の間に積もる音だ。
「ミリィ」
「何」
「明日の朝、白い世界を調査しよう」
「しなくていい」
「雪が本当に甘くないか、広範囲に確認する必要がある」
「ない」
ピヨは毛布の中で、すでにやる気を出している。
私は嫌な予感がした。
冬支度は終わった。
けれど、冬そのものは、明日の朝から始まるのだ。
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