第13話 トマの試作品はだいたい大きい
冬支度が本格化すると、トマの鍛冶場が忙しくなった。
鍋の補修。刃物の手入れ。薪割り用の斧。かまどの金具。そして、私がうっかり話してしまった「少し便利な道具」の試作品。
うっかり。
本当にうっかりである。
「ミリィ、できたぞ」
トマが嬉しそうに呼ぶので、私は鍛冶場へ行った。鍛冶場の前には、すでに村人が何人か集まっている。嫌な予感がした。人が集まっている時点で、だいたい何かが大きくなっている。
そこには、謎の鉄の塊があった。
「……これは?」
「雪をどかす道具だ」
「重そう」
「頑丈だ」
「重そう」
「十年使える」
「持ち上がらなければ一日も使えない」
トマは真面目にうなずいた。
「確かに」
「気づいて」
私は額に手を当てた。
私が話したのは、ただの幅広い板で雪を押す道具のことだった。現代でいう雪かき用のスコップや押し板に近い。
それが、トマの手にかかると鉄の盾のようになった。
頑丈。すごく頑丈。でも、村のおばあさんが使うには強すぎる。
「トマ」
「何だ」
「道具は、使う人が持てる重さにしよう」
「なるほど」
「まずそこから?」
近所の見物人たちが笑った。
鍛冶場には、いつの間にか人が集まるようになっていた。トマが何か作るたびに、誰かが見に来る。そして、だいたい口を出す。
「もっと大きくしたらどうだ」
「だめです」
「刃をつけたら魔物にも使えるんじゃないか」
「雪かき道具から離れないで」
「色を塗ったら子どもが喜ぶよ」
「それは、まあ、ありかも」
意見が多い。多すぎる。
トマは全部を真面目に聞くので、さらに危ない。
「ミリィ、刃と色は両方いけるか」
「刃はいらない」
「魔物が来たら?」
「雪かき中に戦わない」
「でも、戦える雪かき道具は強い」
「用途を増やしすぎると、何にも向かない道具になるよ」
トマは目を丸くした。そして、少し考え込む。
「なるほど。道具にも役割があるんだな」
「そうです」
「人間と同じか」
「急に深くする」
「鉄も、人も、叩き方を間違えると」
「人は叩かない」
また見物人が笑った。
私は木の板を使った軽い形を提案した。金属は端だけ。取っ手の角度を少し変えて、腰を曲げすぎなくても押せるようにする。
トマはすぐに作り直した。
早い。
試作品二号は、かなりまともだった。
「これなら使えそうですね」
「軽いな」
「軽いのがいいんです」
「軽いと不安にならないか」
「ならない」
おばあさんに試してもらうと、楽に押せた。見物人たちから、おお、と声が上がる。
「これはいいねえ」
「子どもでも使えそうだ」
「じゃあ数を作るか」
トマがうなずいた。
「任せろ」
「待って」
私はすぐ止めた。このままだと、トマは今日中に十個作ろうとする。
「まず二つ。使ってみて、問題があれば直しましょう」
「二つでいいのか」
「二つがいいの」
「分かった」
トマは素直だ。そこは本当に助かる。
素直すぎて、別の人の意見も全部聞くのが問題だけど。
その後も、道具作りは続いた。薪を運ぶそり。倉庫の棚。かまどの火ばさみ。どれも最初は大きすぎたり、頑丈すぎたり、なぜか戦闘に使えそうだったりした。
私はそのたびに突っ込んだ。
「これは棚です。城壁ではありません」
「火ばさみに刃はいりません」
「そりに名前を刻む前に、ちゃんと滑るか確認して」
トマは毎回、真面目に聞いた。そして、少しずつ良くしていく。
その様子を見ていると、なんだか楽しかった。
私が知っていることを、そのまま押しつけるのではない。トマが考え、村人が使い、失敗して、笑って、直していく。
魔法よりずっと遅い。
でも、たぶんこのほうがいい。
「ミリィ」
「何?」
「また何か思いついたら教えてくれ」
「思いつかないようにします」
「なぜだ」
「トマがすぐ作るから」
「作ったらだめか」
「だめじゃないけど、ほどほどに」
トマは笑った。
「ほどほどは難しいな」
「そこは覚えて」
夕方には、鍛冶場の前に試作品がいくつも並んでいた。村人たちはそれを見て、勝手に注文を始める。
「うちにも一つ」
「こっちも頼む」
「俺は大きいやつがいい」
「大きくしない」
私は反射的に突っ込んだ。
その横で、セドさんが木札を持って現れた。
「試作品には札をつけたほうがよいでしょう。用途、使う人、注意点」
「それは良いですね」
「では、ここに『ミリィ確認済み』と」
「良くないですね」
「確認したのでしょう?」
「しましたけど、名前を残さないでください」
「責任の所在は大事です」
「正しいことを言わないで」
結局、札には『試用中』『重すぎたら戻す』『刃はつけない』と書かれた。
最後の一文だけ、私の念が強く出ている。
ピヨが木箱の上で羽をふくらませる。
「ミリィ、村が道具で埋まるぞ」
「やめて、想像したくない」
魔法は使っていない。それなのに、何かが進んでいる。
私はただ、冬を少し楽にしたかっただけなのに。
気づけば、鍛冶場が村の中心みたいになっていた。
……本当に、ほどほどという言葉を早く覚えてほしい。
******
その日の夜、トマはまだ鍛冶場にいた。
私は保存食を届けるついでに、灯りの漏れる鍛冶場をのぞいた。火は小さく落とされている。けれど、作業台の上には木片と金具が並び、トマは炭で何かを描いていた。
「まだやってるんですか」
「ああ。昼のそりの取っ手が気になって」
「休んでください」
「もう少し」
その「もう少し」は危険だ。職人のもう少しは、だいたい夜更けまで続く。
私は中へ入り、持ってきた包みを置いた。
「食べ物です。主婦組から」
「助かる」
トマは手を止め、素直に座った。こういうところは聞き分けがいい。
彼は燻製肉を食べながら、図を私に見せた。
「これ、持つところを二つにしたらどうだ」
「二人で押す用ですか」
「そう。重い荷物を運ぶときも使えるかと思って」
「いいと思います」
「本当か」
「用途が増えすぎなければ」
トマは少し考える。
「雪用と荷物用は分けたほうがいいか」
「そのほうがいいですね」
「なるほど」
彼はまた図に線を足した。その横顔は真剣だ。火の明かりに照らされて、頬や腕の影が濃く見える。
私は視線をそらした。
鍛冶場が暑いだけだ。
たぶん。
「ミリィは、どうしてそういうことを思いつくんだ?」
急に聞かれた。
私は少し言葉に詰まった。現代文明の知識。異世界から来たこと。女神さまのミスで死んだこと。
どれも言えない。
言ったら、面倒になる。
「遠いところで、似たものを見たことがあるんです」
「遠いところ」
「はい」
「空の上か?」
「……かなり遠いところです」
トマはそれ以上聞かなかった。代わりに、ゆっくりうなずく。
「じゃあ、ミリィが見てきたものを、俺たちが使える形にすればいいんだな」
私は驚いて、トマを見た。
その言い方は、思っていたよりずっと正確だった。
そう。そのまま持ち込むのではない。この世界で使える形にする。この村の人が作れて、直せて、受け継げる形にする。
「……そうですね」
「なら、俺はそこを考える」
「トマ」
「ミリィは、変だと思ったら止めてくれ」
「だいたい止めてます」
「助かってる」
また、まっすぐ言う。
私は少し困って、保存食の包みを開いた。
「食べましょう」
「ああ」
その夜、トマと私は作業台の前で、少しだけ道具の話をした。そり。棚。箱。雪かき道具。どれも派手ではない。魔法も使わない。でも、暮らしには役立つ。
トマは、私の雑な説明を何度も聞き返し、形に直していった。
私はそのたびに突っ込んだ。
「大きすぎます」
「刃はいりません」
「戦わないでください」
「重さを考えて」
トマは全部、真面目に聞いた。そして、少しずつ笑った。
「ミリィがいると、失敗が早く分かるな」
「それは褒めてます?」
「褒めてる」
「なら、受け取っておきます」
外は冷たい風が吹いていた。鍛冶場の中だけが暖かい。
しばらくして、ピヨが入口から顔を出した。
「ミリィ、戻らぬのか」
「もう少しで戻る」
「我の寝床が冷える」
「毛布に入ってればいいでしょ」
「毛布はミリィがいるとより暖かい」
「急にかわいいことを言わないで」
トマが笑った。
「ピヨも寒いのか」
「寒いのではない。熱を温存している」
「それ、寒いってことだぞ」
「違う」
ピヨは胸を張ろうとして、入口の段差につまずいた。ぽてん、と鍛冶場の床に転がる。
「戦略的入場である」
「もうそれ便利な言葉になってる」
トマはピヨをそっと持ち上げ、作業台の端に置いた。それから、余っていた布を丸めて小さな座布団のようにする。
「ここなら火から遠いし、寒くもない」
「む。悪くない」
「ピヨ用の台も作るか?」
「作らないで」
「小さいのなら」
「作る流れにしないで」
私は止めたが、トマはもう布の大きさを見ている。この人は、本当に何でも作ろうとする。悪意がないから余計に止めにくい。
「トマ」
「何だ」
「必要なものから作りましょう」
「ピヨの台は必要では?」
「なくても生きられます」
「我の威厳が」
「威厳もなくても生きられる」
ピヨは不服そうだった。けれど、布の上に座るとすぐに目を細めた。
「悪くない」
「ほら、台はいらない」
トマは少し残念そうに笑った。
その顔を見て、私はまた少しだけ困る。
作りたいものと、必要なもの。その間を決めるのは、きっと簡単ではない。でも、これから村に道具が増えるなら、その線引きは大事になる。
そう思ったところで、鍛冶場の外から村長の声がした。
「トマ、ミリィさん。明日の冬支度で、今日の道具を一度まとめて試してみましょう」
「まとめて」
「ええ。雪かき板、薪運びのそり、棚の金具、火ばさみ。使えるものは皆で使い方を覚えたほうがよいですからな」
「それは正しいですけど」
村長の後ろには、いつの間にか青年団と主婦組がいた。全員、妙に楽しそうな顔をしている。
「ついでに、薪積みの手順も見直しましょう」
「ついでが増えてる」
「保存食の箱詰めもあるよ」
「さらに増えた」
「我の台は?」
「ない」
ピヨが不満そうに羽をふくらませた。
トマは作業台の上の図を見て、嬉しそうにうなずく。
「明日、全部試せるのか」
「試すだけです。競争にしないでくださいね」
私がそう言うと、青年団の一人が目をそらした。
遅かったかもしれない。
私はふと、静かな暮らしからまた一歩離れている気がした。
でも、その一歩は。
少しだけ、悪くなかった。
******
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