表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村を少し便利にしただけなのに、魔法文明が終わりそうです   作者: Miris


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/33

第11話 保存食は戦いではない

 冬支度の最初の相談は、保存食だった。


 これは自然な流れだと思う。三か月閉ざされるなら、食料は大事だ。肉や魚を長く持たせる方法、野菜を腐らせない工夫、乾燥や塩漬け。私も詳しい専門家ではないけれど、知っていることは少しある。


 少しだけ。


 そのはずだった。


「第一回、冬越し保存食大会を始めるよ!」


「どうして大会になったんですか」


 村の広場には、なぜか机が並んでいた。その上に肉、魚、野菜、きのこ、木の実。主婦組と呼ばれる村のおばさんたちが、腕まくりをして並んでいる。


 目が本気だ。


 保存食を作る目ではない。


 戦に向かう目だ。


「ミリィさんが言ったんじゃないか。乾かす、燻す、塩で守る、って」


「言いましたけど、守るは比喩です」


「食料を守るんだろう?」


「そうですけど、そういう勇ましさでは」


「相手は冬だよ。油断できない」


 おばさんの言葉に、周囲がうなずいた。


 冬、強敵扱い。


 いや、間違ってはいない。間違ってはいないが、なぜ競技になるのか。


「審査員は我が務めよう」


 ピヨが机の上に立った。


「食べたいだけでしょ」


「審査である」


「食べたいだけでしょ」


「……少し」


「認めた」


 ピヨにツッコミを入れていたら、大会は始まってしまった。


 私はただ、肉は薄めに切ると乾きやすいとか、煙で香りをつけると保存性が上がるとか、塩を使いすぎるとしょっぱくなるとか、そういう話をしただけである。


 なのに、おばさんたちは目を輝かせた。


「薄さ勝負だね」


「違います」


「煙の香り勝負だ」


「違います」


「塩加減こそ腕の見せどころ」


「そこはそうかも」


 トマも呼ばれていた。理由は、燻すための台や網を作るためだ。トマは真面目な顔で、鉄の網を持ってきた。


「ミリィ、これでいいか」


「いいですね。大きさも使いやすそうです」


「頑丈にした」


「それは見れば分かります」


「十人乗っても大丈夫だ」


「食べ物を乗せるんだよ」


 なぜ十人乗る想定なのか。でも、網そのものは悪くない。おばさんたちは早速、肉や魚を並べ始めた。


 煙が上がる。香ばしい匂いが広場に広がった。冷たい秋の空気に、肉の脂と木の煙が混ざる。これは危ない。お腹が空いていなくても、少し食べたくなる匂いだ。


 ピヨの目が輝く。


「審査を開始する」


「まだ早い」


「匂いで分かる」


「分からない」


 しばらくすると、試作品が少しずつできてきた。干した肉。塩漬けの野菜。燻した魚。木の実を混ぜた硬いパン。


 思ったより、ちゃんとしている。


 村の人たちは元々冬を越してきたのだ。保存食作りの土台はある。私が少し言ったことで、工夫の方向が増えただけだった。


「これは、おいしいですね」


「だろう?」


 おばさんが胸を張る。


 ピヨは横で夢中になって食べていた。


「ピヨ、食べすぎ」


「審査は厳正でなければならぬ」


「口の周りが全部証拠」


「これは審査の傷である」


「食べかす」


 村人たちが笑った。気づけば、保存食作りは本当に祭りのようになっていた。子どもたちは香りにつられて集まり、老人たちは昔の冬の話をし、若者たちは重い樽を運ぶ。


 悪くない。


 いや、かなりいい。


 食料の準備を、嫌な作業ではなく楽しい行事にする。そうすれば、自然と人が動く。私がやったことではない。村の人たちが勝手にそうしたのだ。


「ミリィさん、これ、商人に見せたらどうだろうね」


 主婦組の一人が言った。


「商人?」


「次に来るだろう。冬の前に」


「見せるだけなら」


 言ってから、またしまったと思った。


 商人。商売。広がる。


 面倒の匂いがする。


 でも、止める理由もない。村の人が作ったものだ。価値があるなら、売ってもいい。


 ただし、私の名前は出さないでほしい。


「私が考えたとかは言わないでくださいね」


「分かったよ」


「本当に?」


「ミリィさんが少し助言してくれたって言うだけさ」


「それ、ほぼ言ってます」


 おばさんたちは笑った。


 不安だ。


 とても不安だ。


 夕方、広場には保存食がずらりと並んだ。冬への備えとしては、かなり良い出来だと思う。ピヨは食べすぎて丸くなっていた。


 元から丸いけど、さらに丸い。


「ミリィ」


「何」


「冬とは、うまいものだな」


「まだ来てない」


 私は空を見上げた。山の向こうに、少しだけ冷たい雲が見える。


 冬は近い。


 でも、村はなぜか楽しそうだった。


 私も少しだけ、楽しみになってしまった。


 ……いや、閉じ込められるのは嫌だけど。


 ******


 保存食大会の翌日、主婦組はさらに本気になっていた。


 広場の一角に、香りの違う燻製が並んでいる。木の種類を変えたらしい。私は朝食を食べに外へ出ただけなのに、そのまま試食係に捕まった。


「ミリィさん、こっちとこっち、どっちがいい?」


「朝から燻製」


「大事なことだよ」


「大事ですけど」


 差し出された肉を少し食べる。片方は香りが強く、もう片方はやわらかい。


「こっちは濃い味の料理に合いそうです。こっちはそのまま食べやすいかも」


「なるほど」


「用途別だね」


「待ってください。今のはただの感想」


 主婦組はもう聞いていなかった。木の板に「そのまま用」「煮込み用」と書き始めている。


 分類が始まった。


 昨日の今日で。


「ミリィ、これはうまいぞ」


 ピヨが横で肉をつついていた。


「いつの間に」


「審査である」


「許可なく審査しない」


「我の舌は正直だ」


「くちばしでしょ」


 そこへセドさんがやって来た。彼はこの時点では、村に数日滞在している物好きな記録係である。手帳を手に、保存食の並びを見て目を輝かせた。


「これは記録すべきですね」


「しなくていいです」


「山村における保存食分類の発生」


「発生って言わないで」


「ミリィさんの発言が契機、と」


「そこを書かないで」


 セドさんは真面目に書く。


 私は止めきれない。


 この人もかなり手強い。


 昼過ぎには、保存食の試食会が再び始まった。ただし、今回は昨日より整っている。主婦組は役割分担をしていた。


 肉担当。魚担当。野菜担当。樽の管理担当。ピヨ監視担当。


「最後の何」


「ピヨが食べすぎるから」


「必要ですね」


「不当である!」


 ピヨは抗議したが、監視担当のおばさんにあっさり捕まった。


「一口ずつだよ」


「我は空の王」


「はいはい、王様も一口」


「むう」


 ピヨはおばさんに弱い。


 少し面白い。


 私は保存食の棚を見ながら、少しだけ口を出した。


「塩の強いものは、少し印をつけると分かりやすいかもしれません」


「印?」


「紐の色を変えるとか。文字が読めない人でも分かるように」


 主婦組が一斉にうなずいた。


 また何かが始まる。


 でも、これは必要だと思った。文字が読める人ばかりではない。子どもや老人でも、色や形で分かるなら使いやすい。


 現代知識というほど大げさではない。


 ただの整理だ。


 それでも、暮らしは少し楽になる。


 夕方、保存食の箱には色の違う紐が結ばれた。赤は味が濃い。青はそのまま食べる。緑は煮込み用。ピヨ用はない。


「なぜ我用がない」


「作ったら全部食べるでしょ」


「否定はしない」


 主婦組が笑った。


 笑い声の中で、私はふと思った。


 保存食は、ただ冬を越すためのものではない。誰が食べるか。どう分けるか。どう管理するか。そこまで含めて、暮らしなのだ。


 魔法で食べ物を出せたとしても、たぶんこの空気は生まれない。


 みんなで手を動かし、味見して、失敗して、笑う。その時間も含めて、冬支度なのだろう。


「ミリィさん」


 おばさんが燻製肉を包んでくれた。


「これは持っていきな」


「いいんですか」


「ピヨの分も少し」


「我の供物!」


「供物じゃない」


 受け取った包みは温かかった。私は礼を言って、家へ戻る。


 閉じ込められる冬は嫌だ。でも、その前にこんなふうに準備をするなら。


 少しだけ、悪くないと思ってしまった。


 さらに二日後、保存食の棚には小さな札が増えていた。


『濃い味』


『薄い味』


『煮込み向き』


『ピヨ禁止』


「最後の札、名指しですけど」


「分かりやすいだろう?」


 主婦組のおばさんが胸を張る。ピヨは札の前で震えていた。


「我の名が禁制の印に」


「食べすぎたからでしょ」


「審査しただけだ」


「昨日、樽のふたを開けようとしてたよね」


「品質確認である」


「未遂でも有罪」


 子どもたちが笑いながら、ピヨ禁止の札を見ている。その横で、セドさんが手帳に何かを書いていた。


「保存食管理における視覚的警告表示。対象は小型鳥類」


「書かなくていいです」


「非常に分かりやすい事例です」


「分かりやすくしないで」


 セドさんはさらに別の紙を取り出した。


「せっかくですから、保存食分類表として清書しておきましょう」


「清書しないで」


「赤は濃い味、青はそのまま用、緑は煮込み向き。非常に整理されています」


「整理されているからこそ危ないんです」


 私は棚を見た。色の紐。木札。使う順番。村人たちはもう、ただ保存食を作っているだけではない。


 管理しやすく、分けやすく、冬の間に困らない形へ変えている。


 誰か一人がすごいのではない。主婦組が味を見て、トマが棚を作り、子どもたちが札を運び、老人が昔の失敗を話す。


 私は横から少し突っ込む。


 それで、なんとなく形になっていく。


「ミリィさん、次は商人さんに見せる分を分けておくよ」


「少しだけですよ」


「分かってるよ」


 おばさんは、空の木箱を三つ指差した。


「試作品は、ひとまず三箱くらいでいいかね」


「どこが少しだけですか」


「一箱だと比べられないだろう?」


「商人さんに見せる前提で話が進んでる」


 木箱の側面には、すでに炭で文字が書かれ始めていた。


『ミリィ式保存食』


「待って」


「分かりやすいだろう?」


「私の名前を出さないでくださいって言いましたよね」


「じゃあ、小さく書くよ」


「大きさの問題じゃないです」


 おばさんは笑った。


 私はその笑顔を見て、嫌な予感と、少しの楽しさを同時に感じた。


 保存食は戦いではない。


 でも、主婦組にとっては、冬と商人を相手にした立派な勝負になりつつあった。


 ******


この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!

また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ