第11話 保存食は戦いではない
冬支度の最初の相談は、保存食だった。
これは自然な流れだと思う。三か月閉ざされるなら、食料は大事だ。肉や魚を長く持たせる方法、野菜を腐らせない工夫、乾燥や塩漬け。私も詳しい専門家ではないけれど、知っていることは少しある。
少しだけ。
そのはずだった。
「第一回、冬越し保存食大会を始めるよ!」
「どうして大会になったんですか」
村の広場には、なぜか机が並んでいた。その上に肉、魚、野菜、きのこ、木の実。主婦組と呼ばれる村のおばさんたちが、腕まくりをして並んでいる。
目が本気だ。
保存食を作る目ではない。
戦に向かう目だ。
「ミリィさんが言ったんじゃないか。乾かす、燻す、塩で守る、って」
「言いましたけど、守るは比喩です」
「食料を守るんだろう?」
「そうですけど、そういう勇ましさでは」
「相手は冬だよ。油断できない」
おばさんの言葉に、周囲がうなずいた。
冬、強敵扱い。
いや、間違ってはいない。間違ってはいないが、なぜ競技になるのか。
「審査員は我が務めよう」
ピヨが机の上に立った。
「食べたいだけでしょ」
「審査である」
「食べたいだけでしょ」
「……少し」
「認めた」
ピヨにツッコミを入れていたら、大会は始まってしまった。
私はただ、肉は薄めに切ると乾きやすいとか、煙で香りをつけると保存性が上がるとか、塩を使いすぎるとしょっぱくなるとか、そういう話をしただけである。
なのに、おばさんたちは目を輝かせた。
「薄さ勝負だね」
「違います」
「煙の香り勝負だ」
「違います」
「塩加減こそ腕の見せどころ」
「そこはそうかも」
トマも呼ばれていた。理由は、燻すための台や網を作るためだ。トマは真面目な顔で、鉄の網を持ってきた。
「ミリィ、これでいいか」
「いいですね。大きさも使いやすそうです」
「頑丈にした」
「それは見れば分かります」
「十人乗っても大丈夫だ」
「食べ物を乗せるんだよ」
なぜ十人乗る想定なのか。でも、網そのものは悪くない。おばさんたちは早速、肉や魚を並べ始めた。
煙が上がる。香ばしい匂いが広場に広がった。冷たい秋の空気に、肉の脂と木の煙が混ざる。これは危ない。お腹が空いていなくても、少し食べたくなる匂いだ。
ピヨの目が輝く。
「審査を開始する」
「まだ早い」
「匂いで分かる」
「分からない」
しばらくすると、試作品が少しずつできてきた。干した肉。塩漬けの野菜。燻した魚。木の実を混ぜた硬いパン。
思ったより、ちゃんとしている。
村の人たちは元々冬を越してきたのだ。保存食作りの土台はある。私が少し言ったことで、工夫の方向が増えただけだった。
「これは、おいしいですね」
「だろう?」
おばさんが胸を張る。
ピヨは横で夢中になって食べていた。
「ピヨ、食べすぎ」
「審査は厳正でなければならぬ」
「口の周りが全部証拠」
「これは審査の傷である」
「食べかす」
村人たちが笑った。気づけば、保存食作りは本当に祭りのようになっていた。子どもたちは香りにつられて集まり、老人たちは昔の冬の話をし、若者たちは重い樽を運ぶ。
悪くない。
いや、かなりいい。
食料の準備を、嫌な作業ではなく楽しい行事にする。そうすれば、自然と人が動く。私がやったことではない。村の人たちが勝手にそうしたのだ。
「ミリィさん、これ、商人に見せたらどうだろうね」
主婦組の一人が言った。
「商人?」
「次に来るだろう。冬の前に」
「見せるだけなら」
言ってから、またしまったと思った。
商人。商売。広がる。
面倒の匂いがする。
でも、止める理由もない。村の人が作ったものだ。価値があるなら、売ってもいい。
ただし、私の名前は出さないでほしい。
「私が考えたとかは言わないでくださいね」
「分かったよ」
「本当に?」
「ミリィさんが少し助言してくれたって言うだけさ」
「それ、ほぼ言ってます」
おばさんたちは笑った。
不安だ。
とても不安だ。
夕方、広場には保存食がずらりと並んだ。冬への備えとしては、かなり良い出来だと思う。ピヨは食べすぎて丸くなっていた。
元から丸いけど、さらに丸い。
「ミリィ」
「何」
「冬とは、うまいものだな」
「まだ来てない」
私は空を見上げた。山の向こうに、少しだけ冷たい雲が見える。
冬は近い。
でも、村はなぜか楽しそうだった。
私も少しだけ、楽しみになってしまった。
……いや、閉じ込められるのは嫌だけど。
******
保存食大会の翌日、主婦組はさらに本気になっていた。
広場の一角に、香りの違う燻製が並んでいる。木の種類を変えたらしい。私は朝食を食べに外へ出ただけなのに、そのまま試食係に捕まった。
「ミリィさん、こっちとこっち、どっちがいい?」
「朝から燻製」
「大事なことだよ」
「大事ですけど」
差し出された肉を少し食べる。片方は香りが強く、もう片方はやわらかい。
「こっちは濃い味の料理に合いそうです。こっちはそのまま食べやすいかも」
「なるほど」
「用途別だね」
「待ってください。今のはただの感想」
主婦組はもう聞いていなかった。木の板に「そのまま用」「煮込み用」と書き始めている。
分類が始まった。
昨日の今日で。
「ミリィ、これはうまいぞ」
ピヨが横で肉をつついていた。
「いつの間に」
「審査である」
「許可なく審査しない」
「我の舌は正直だ」
「くちばしでしょ」
そこへセドさんがやって来た。彼はこの時点では、村に数日滞在している物好きな記録係である。手帳を手に、保存食の並びを見て目を輝かせた。
「これは記録すべきですね」
「しなくていいです」
「山村における保存食分類の発生」
「発生って言わないで」
「ミリィさんの発言が契機、と」
「そこを書かないで」
セドさんは真面目に書く。
私は止めきれない。
この人もかなり手強い。
昼過ぎには、保存食の試食会が再び始まった。ただし、今回は昨日より整っている。主婦組は役割分担をしていた。
肉担当。魚担当。野菜担当。樽の管理担当。ピヨ監視担当。
「最後の何」
「ピヨが食べすぎるから」
「必要ですね」
「不当である!」
ピヨは抗議したが、監視担当のおばさんにあっさり捕まった。
「一口ずつだよ」
「我は空の王」
「はいはい、王様も一口」
「むう」
ピヨはおばさんに弱い。
少し面白い。
私は保存食の棚を見ながら、少しだけ口を出した。
「塩の強いものは、少し印をつけると分かりやすいかもしれません」
「印?」
「紐の色を変えるとか。文字が読めない人でも分かるように」
主婦組が一斉にうなずいた。
また何かが始まる。
でも、これは必要だと思った。文字が読める人ばかりではない。子どもや老人でも、色や形で分かるなら使いやすい。
現代知識というほど大げさではない。
ただの整理だ。
それでも、暮らしは少し楽になる。
夕方、保存食の箱には色の違う紐が結ばれた。赤は味が濃い。青はそのまま食べる。緑は煮込み用。ピヨ用はない。
「なぜ我用がない」
「作ったら全部食べるでしょ」
「否定はしない」
主婦組が笑った。
笑い声の中で、私はふと思った。
保存食は、ただ冬を越すためのものではない。誰が食べるか。どう分けるか。どう管理するか。そこまで含めて、暮らしなのだ。
魔法で食べ物を出せたとしても、たぶんこの空気は生まれない。
みんなで手を動かし、味見して、失敗して、笑う。その時間も含めて、冬支度なのだろう。
「ミリィさん」
おばさんが燻製肉を包んでくれた。
「これは持っていきな」
「いいんですか」
「ピヨの分も少し」
「我の供物!」
「供物じゃない」
受け取った包みは温かかった。私は礼を言って、家へ戻る。
閉じ込められる冬は嫌だ。でも、その前にこんなふうに準備をするなら。
少しだけ、悪くないと思ってしまった。
さらに二日後、保存食の棚には小さな札が増えていた。
『濃い味』
『薄い味』
『煮込み向き』
『ピヨ禁止』
「最後の札、名指しですけど」
「分かりやすいだろう?」
主婦組のおばさんが胸を張る。ピヨは札の前で震えていた。
「我の名が禁制の印に」
「食べすぎたからでしょ」
「審査しただけだ」
「昨日、樽のふたを開けようとしてたよね」
「品質確認である」
「未遂でも有罪」
子どもたちが笑いながら、ピヨ禁止の札を見ている。その横で、セドさんが手帳に何かを書いていた。
「保存食管理における視覚的警告表示。対象は小型鳥類」
「書かなくていいです」
「非常に分かりやすい事例です」
「分かりやすくしないで」
セドさんはさらに別の紙を取り出した。
「せっかくですから、保存食分類表として清書しておきましょう」
「清書しないで」
「赤は濃い味、青はそのまま用、緑は煮込み向き。非常に整理されています」
「整理されているからこそ危ないんです」
私は棚を見た。色の紐。木札。使う順番。村人たちはもう、ただ保存食を作っているだけではない。
管理しやすく、分けやすく、冬の間に困らない形へ変えている。
誰か一人がすごいのではない。主婦組が味を見て、トマが棚を作り、子どもたちが札を運び、老人が昔の失敗を話す。
私は横から少し突っ込む。
それで、なんとなく形になっていく。
「ミリィさん、次は商人さんに見せる分を分けておくよ」
「少しだけですよ」
「分かってるよ」
おばさんは、空の木箱を三つ指差した。
「試作品は、ひとまず三箱くらいでいいかね」
「どこが少しだけですか」
「一箱だと比べられないだろう?」
「商人さんに見せる前提で話が進んでる」
木箱の側面には、すでに炭で文字が書かれ始めていた。
『ミリィ式保存食』
「待って」
「分かりやすいだろう?」
「私の名前を出さないでくださいって言いましたよね」
「じゃあ、小さく書くよ」
「大きさの問題じゃないです」
おばさんは笑った。
私はその笑顔を見て、嫌な予感と、少しの楽しさを同時に感じた。
保存食は戦いではない。
でも、主婦組にとっては、冬と商人を相手にした立派な勝負になりつつあった。
******
この話が良かった、参考になったと思ったらお好きな数だけつけてください!
また見たい!と思ったらブックマークもお願いします!




