第10話 三か月閉ざされるって言った?
秋の風が、村の畑をさらさらと揺らしていた。
ルカ村に来てから、少しだけ日が経った。寝床はある。食べ物もある。ピヨはうるさい。トマはたまに変なものを作る。
つまり、だいたい平和だ。
そんなある日、私はおばあさんに誘われて、干した草を束ねる作業を手伝っていた。草は日に当たって少し甘い匂いがして、指でまとめると乾いた音を立てる。
「ミリィさん、助かるよ」
「これ、何に使うんですか」
「冬の間にね。家畜にも使うし、火をつけるときにも少し」
「冬の間」
おばあさんは、楽しそうに笑った。
「もうすぐ冬ごもりだからねえ」
「冬ごもり」
「雪が積もると、三か月くらい外へ出られないんだよ」
私は手を止めた。
「今、なんて?」
「三か月くらい外へ出られない」
「聞き間違いじゃなかった」
女神さまも言っていた。冬は三か月閉ざされる、と。でも、実際に村人の口から聞くと重みが違う。
三か月。
九十日くらい。
商人も来ない。道も埋まる。外へ出られない。
「それ、毎年ですか」
「毎年だねえ」
「困らないんですか」
「困るよ」
「ですよね」
「去年は薪が湿ってねえ。三日ほど火が弱くて、みんなで鍋を囲みながら震えてたよ」
「笑って話す内容じゃない」
「でも、毎年のことだからねえ」
「毎年のことで済ませていい規模ですか」
おばあさんは笑った。楽しそうだった。なぜ楽しそうなのか。
「冬は冬で、みんな家に集まるからね。編み物をしたり、話をしたり、保存食を分けたり」
「閉じ込められているのに」
「閉じ込められているからさ」
なるほど。考え方が違う。
不便を、不便のまま受け入れている。
私は寒いのが得意ではない。まして三か月閉じ込められるなんて、聞いただけで肩が重くなる。
「魔法で雪をどかせばよいのではないか」
ピヨが草束の上から言った。
「だから使わない」
「便利なのに」
「便利だからこそ使わない」
「難しい女だ」
「面倒を避けたいだけ」
おばあさんが首をかしげた。
「ミリィさんは、魔法が使えるのかい?」
「少しだけです」
私はすぐに言った。
少しだけ。非常に便利な言葉である。嘘ではない。使う量を少しにすれば、少しだけ使えると言ってもいい。
たぶん。
「でも、雪を消すほどではありません」
「そうかい。まあ、雪を消したら春の水が困るかもしれないしねえ」
「あ」
私は少し驚いた。
そうだ。雪は邪魔なだけではない。春には溶けて水になる。魔法で消せばいい、では終わらない。
この村の人たちは、ちゃんと不便と付き合っている。
私はそのことを、少し見直した。
「ただ、三か月閉ざされるなら、準備はもう少し楽にしたいですね」
「おや、何か考えがあるのかい」
「少しだけ」
言ってから、しまったと思った。
おばあさんの目がきらりと光った。村人の目ではない。冬ごもりを楽しみにしている人の目だ。
「何をすればいいんだい」
「いえ、大したことでは」
「保存食かい。薪かい。道具かい。倉庫かい」
「候補が多い」
おばあさんは立ち上がった。
「みんなに知らせてくるよ」
「待ってください」
「冬支度が楽になるかもしれないんだろう?」
「楽になるかもしれないだけです」
「十分だよ」
おばあさんは、見た目に反して素早かった。あっという間に村のほうへ歩いていく。
「ピヨ」
「何だ」
「止めて」
「我は足が短い」
「役に立たない」
「今は仮の姿である」
「本当に便利だね、それ」
******
その日の夕方。
村の広場には、なぜか人が集まっていた。村長、おばあさん、畑のおじさん、ギルドの受付さん、トマまでいる。
私は広場の中央に立たされていた。
「ええと」
全員が期待した目で見ている。
怖い。
魔物より怖いかもしれない。
ここで黙ると、期待が勝手に育つ。かといって、話しすぎるともっと育つ。私は息を吸って、できるだけ小さく見える言葉を選んだ。
「冬支度を、少しだけ楽にする話です。魔法は使いません」
「おお」
「保存食の作り方を少し工夫するとか、薪を濡らさない場所に置くとか、道具を先に直すとか、そのくらいです」
「なるほど」
「大きなことではありません」
念を押した。
大きなことではない。
絶対に。
トマが真剣な顔で手を挙げた。
「道具は全部叩けばいいか?」
「全部は叩かない」
村人たちが笑った。
ピヨが草束の上で胸を張る。
「我は冬とやらを知らぬ。白い砂糖の山か?」
「雪を食べ物扱いしない」
「白いのだろう?」
「白いけど」
「甘いか?」
「たぶん甘くない」
「つまらぬ」
また笑いが起きた。私は肩の力を抜いた。
まあ、いいか。
魔法を使うわけではない。少しだけ、知っていることを話すだけ。それで冬が楽になるなら、悪くない。
ただし。
「あくまで少しだけですからね」
私は念のため、もう一度言った。
村人たちは元気よくうなずいた。その勢いが、すでに少し不安だった。
広場での小さな説明会が終わったあと、私は村長に倉庫を見せてもらった。
ルカ村の倉庫は、村の端にある木造の建物だった。中には穀物、干し草、薪、道具、布袋が積まれている。思ったより整ってはいるけれど、ところどころ湿気がこもっている感じがした。
「これで三か月分ですか」
「毎年、何とか」
「何とか」
「ええ。何とかです」
村長は笑った。この村の人は、「何とか」を軽く言いすぎる。
私は倉庫の床を見た。地面から少し上げてはあるが、低い。冬に雪が積もり、春に溶ければ湿気が入りやすそうだ。壁際には薪が積まれている。悪くはないが、風の通りは少ない。
魔法で乾燥させれば一瞬だ。
もちろん、やらない。
「風の通り道を少し作ったほうがいいかもしれません」
「風の通り道」
「湿気がこもると、食べ物や薪が傷みます」
「なるほど」
村長は真面目にうなずいた。
そこへ、なぜかトマが入ってきた。
「倉庫の壁を叩くのか」
「叩かない」
「風の穴を開けるなら」
「開けすぎると雪が入ります」
「難しいな」
「だから少しだけ」
私は木の板を使って簡単な通気口を作る案を話した。穴を開けるだけではなく、斜めの板をつけて雪や雨が入りにくくする。外から風が通り、中の湿気が逃げるように。
トマは真剣に聞いていた。村長も真剣だった。ピヨは干し草の上で座っていた。
「我の寝床にもよいな」
「ここで寝ないで」
「干し草は柔らかい」
「倉庫の物だから」
倉庫を出ると、今度は主婦組に捕まった。
「ミリィさん、保存食の置き方も見ておくれ」
「私、専門家では」
「見て思ったことだけでいいから」
それが一番危ない。
思ったことを言うと、だいたい何かが始まる。
それでも見てしまう。
塩漬けの樽。干した野菜。燻製前の肉。木の実。村の人たちは、ちゃんと冬を越す知恵を持っている。私がいなくても暮らしてきたのだ。
ただ、少し混ざっている。香りの強いものと弱いもの。湿気に弱いものと強いもの。よく使うものと、奥にしまうもの。
「分けると楽かもしれません」
「分ける?」
「よく使うものは手前。湿気に弱いものは上。香りの強いものはまとめる、とか」
主婦組の目が光った。
まただ。
その目を見た瞬間、私は失敗を悟った。
「棚がいるね」
「札もいるよ」
「香り別だ」
「待って」
話が速い。速すぎる。
私は止めようとしたが、主婦組はもう盛り上がっていた。その横で、トマが言う。
「棚なら作れる」
「トマも乗らない」
「必要だろ?」
「必要かもしれないけど」
必要かもしれない。
だから困る。
夕方には、倉庫の前に人が集まり、棚の相談が始まっていた。
冬ごもり準備。ただの準備のはずが、少しずつ大きな作業になっていく。
それでも、みんな楽しそうだった。
私は広場の端で、冷たい風に髪を揺らしながら思う。
魔法を使わない。
魔法石も使わない。
でも、人が集まると、それだけで何かが動く。
それは、便利さとは別の強さなのかもしれない。
「ミリィ」
ピヨが足元で言った。
「何」
「冬支度とは、食べ物が増える行事なのだな」
「違うけど、半分合ってる」
「よい行事だ」
「ピヨは食べることしか見てないね」
私は笑った。
不安はある。三か月閉ざされるなんて、やっぱり重い。でも、少しだけ楽しみも混ざり始めていた。
それがまた、少し悔しい。
そう思ったのに、寝ようとしたところで扉が叩かれた。
「ミリィさん、まだ起きてるかい」
おばあさんの声だった。
扉を開けると、彼女は小さな板を抱えて立っていた。
「明日、保存食の相談をすることになったよ」
「早い」
「早いほうが冬に勝てるからねえ」
「また勝負になってる」
板には、炭で大きく文字が書かれていた。
『保存食』
『薪』
『道具』
『倉庫』
その下に、なぜか『ピヨの食べすぎ対策』とある。
さらに端のほうには、小さく『ミリィ責任者』と書かれていた。その隣には『試食係ピヨ』。
「最後の何ですか」
「大事だろう?」
「大事ですけど、村の冬支度に入れます?」
「あと、責任者って何ですか」
「詳しい人がいたほうが安心だろう?」
「詳しくないです」
ピヨが毛布から顔を出した。
「不敬である。我は備蓄を守る側だ」
「食べる側でしょ」
「守るためには味を知らねばならぬ」
「主張が主婦組に似てきた」
「試食係とは、なかなか分かっておる」
「分からないで」
おばあさんは楽しそうに笑う。
「明日は広場に机を出すよ。少し試しに作ってみようと思ってね」
「試しに、ですよね」
「もちろん」
その「もちろん」が、あまり信用できなかった。
でも、板の文字を見ていると、少しだけ胸が軽くなる。
三か月閉ざされる。
それは怖い。
けれど、この村の人たちは閉ざされる前に集まって、考えて、騒いで、笑う。
そうやって冬を迎えるのだ。
「分かりました。明日、少しだけなら」
「助かるよ」
「少しだけです」
「分かってるよ」
おばあさんは元気に帰っていった。
私は閉じた扉にもたれて、ため息をつく。
少しだけ。
その言葉が、この村ではなぜか大きく育つ。
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