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志希、おじさん相手に事故る

店内は昼にさしかかり、

大会参加者や一般客が入り混じって、

ざわざわと賑やかになっていた。


志希(しき)はベンチに座り、

コンビニのカップアイスをスプーンでつつきながら

足をぶらぶらさせている。


その隣で弟はスポドリを飲みつつ、

姉の横顔をちらりと見て口を開いた。


「……で、4回戦どうだったんだよ」


志希はアイスを口に運びながら、気の抜けた声で答える。


「うん、なんか……勝った」


「いや知ってるよ。内容を聞いてんだよ」


志希は少しだけ考えてから、ぽつりと言った。


「……なんかね、“昔ながらのオープンオタク”って感じの人だった」


「ああ、あの人ね。確かに異常に目立ってたよな」


志希は少し居心地悪そうにつぶやいた。


「うん……そのせいで、私まで目立つことになっちゃったけど」


二人の脳裏には、カメラバッグに立て看板を貼り、

高級そうなカメラを首から下げたおじさんの姿が浮かんでいた。


───────────────────────────────


4回戦の相手は、オタク界隈で広く名の知られた男だった。


見た目は40〜50代。

前髪が薄く、U字型に後退した生え際。


服装は見るからに“おじさんの休日”そのもの。

チェックシャツにチノパン、無駄に機能性の高いスニーカー。


男はカメラを首にかけ、大きなカメラバッグを横に置いていた。


時刻は午前11時すぎ。

店内はまだ昼のピーク前で、

静かなざわめきとカードの擦れる音だけが響いている。


そんな中──

相手は、すでにテンションMAXだった。


「いや〜よろしくねぇ志希ちゃん!

 フォトン田中です! ポートレート撮影もやってます! DM歓迎!」


男はナチュラルに自作の名刺を差し出してくる。


『フォトン田中

 イベント・ポートレート撮影

 カードゲーマー女子も撮影中!

 X(旧Twitter):@Photon_TNK

 Instagram:photon_tnk_photo』


さらに、カメラバッグの側面には

A5サイズのラミネート看板が貼ってある。


《フォトン田中/撮影依頼受付中/SNS→@Photon_TNK》


午前の光が差し込んで、看板がキラキラ反射している。



志希は差し出された名刺を受け取りながら、

無表情のまま小さく頭を下げた。


「……対戦、よろしく」


「もちろんもちろん!

 その前にさ──

 よかったらSNS相互フォローしてよ!」


「……しない」


「おっと失礼! でもさ、君みたいな子がカードやってるとねぇ、

 界隈がざわつくんだよねぇ〜!」


実際、周囲のプレイヤーたちはざわついていた。


「え、フォトンさん来てるじゃん」

「今日も看板つけてる……」

「志希ちゃん相手とか絶対写真撮る気だろ」

「てか午前から元気すぎる」


志希は内心でため息をつく。


(……なんか……うるさい……)


男はさらに続ける。


「いや〜実はさ、俺、カード始めたの最近でね!

 カードゲーマー女子撮ったらSNSでバズっちゃってさ〜!」


(……おじさんなのに……承認欲求高め……

 関わると絶対厄介なやつだ……)


「でね! その時の写真がさ、

 “チー牛わらわらで草”ってコメントついてさ!

 いや〜カードゲーム界隈って面白いよねぇ!」


志希は強引に話を切った。


「……カード、します」


「おっと失礼! じゃあ対戦よろしくね!」


──────────────────────────────


弟は思い出しながら、呆れたように言った。


「……志希、よく30分も耐えたな……」


志希はアイスをつつきながら、疲れた声で返す。


「うん。……長かった」


「明るさで押し切るタイプのオタクだな……」


志希は少し間を置き、ぽつりとつぶやいた。


「でもね、あの人……強かったよ?」


弟が怪訝そうに眉を上げる。


「どこがだよ」


「……こっちの動きが、全部見られてた」


「は?」


──────────────────────────────


対戦中、フォトン田中は志希の手元を、

まるでレンズ越しに覗くような目で追っていた。


志希がカードを引き、手札に差し込んだ瞬間──


「……今引いたカード、それだね」


志希は息を呑む。


カードの種類は相手からは見えない。

ただ引いて、そのまま手札に差し込んだだけ。


相手の視線が志希の手元をかすめたのは、

ほんの一瞬。


0.2秒もない。


(……見てない……よね?)


志希は特に気にせず、

シャカパチで手札の順番を入れ替える。


右、左、中央──

高速でカードを送り、位置を変える。


普通の相手なら、

どれがどれだかわからなくなる。


だが、相手の視線は、

その動きをすべて追っていた。

まるでハイスピードカメラのように。


(……え……?)


志希がカードを場に出す。


志希がカードを触るたび、

相手の目がわずかに細くなる。


まるで──

脳内で盤面の写真を撮影しているような動き。


(……怖い……)


相手は何も言わない。

ただ、淡々とカードを置き、処理する。


その仕草ひとつひとつが──

まるで、すべてを読まれているかのようで、

志希を疑心暗鬼にし、“迷い”を呼び起こす。


説明はない。推理もない。


ただ、

“見たものすべてを記憶する”特殊能力。


──────────────────────────────


午前中の柔らかい光が周囲を照らす。

だが、志希の表情は曇っていた。


(……最悪……手札、事故ってる……)


初手から事故。

ドローしても事故。

事故の上にさらに事故。


にもかかわらず──

目の前の相手はにこやかに話しかけてくる。


「いや〜志希ちゃん、いいねぇ!

 その無表情、撮りたいなぁ〜!」


志希はうんざりしたように目を細める。


「……撮るの?」


「今日の記念に、ぜひ1枚撮らせてよ!」


志希はため息をつき、

事故ってる手札を見てさらにテンションが下がる。


(……最悪……今日……髪型も顔も盛れてないのに……)



そして──

瞬間、突然スイッチが入った。


「……撮影するなら、ストロボとレフ板は当たり前だよね」


男が固まる。


「えっ」


志希は淡々と続ける。


「あと、ホワイトバランスは肌に合わせて。

 影落ちるの嫌だから、レフ板は斜め下から。

 RAWで撮って、レタッチして即DMで送って」


「えっ、あっ、うん……?

 レフ板は……持ってるけど……」


「持ってるなら早く出して」


「は、はい!」


男は慌てて、カメラバッグから折りたたみレフ板を取り出した。


周囲のプレイヤーたちがざわつく。


「志希ちゃん……モデルかよ……」

「フォトンさん、完全に扱われてる……」

「試合中にレフ板出すカードゲーマー初めて見た」


志希は鏡もないのに、

前髪を指で整えながら、低い声で釘を刺した。


「……今日、メイク盛れてないんだけど……

 そのままアップしたら殺すから」


男の顔色が一瞬で変わる。


「上げない上げない! DMで送るだけ!」


志希は蔑むような視線を向けながら、さらに要求する。


「レタッチは……ちゃんとして」


男は慌ててカメラバッグを漁りながら、早口でまくし立てた。


「任せて! 肌も整えるし、目も盛るし、

 背景のノイズも消すから!」


志希は不機嫌そうに続ける。


「……肌、飛ばさないで」


「り、了解です!」


その様子を見ていた弟は、呆れたように肩を落とした。


「志希……おじさんを完全に下僕扱いしてる……」

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