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佐伯、地雷系のトラウマ

志希しきが切り札として場に出した《死運の爆符(デスラック・ボム)》。


その効果は──


──────────────────────────────

カード名を一枚指定する。

相手はこちらの手札から一枚を選び、

それが指定したカードだった場合、相手ライフに800ダメージ。

失敗した場合、自分に300の反動ダメージ。

この効果は自分のターン毎に1回使える。

──────────────────────────────


手札を消費することで成功率を高めるとともに、手札切れによる息切れを防ぐ。

元々バーンデッキとは相性の良いカード。


しかし、志希の《死運の爆符》は統計を無視するかのように、

異常な成功率を叩き出していた。


志希は再び《死運の爆符》を宣言する。


「──カード名は《レベル・フレア》!」


佐伯は志希の手札から1枚を選ぶが、

引いたのは指定された《レベル・フレア》だった。


(……また当たった……

 成功率は本来、1/手札枚数……

 だが、この子は……

 “確実に”当てる……)


佐伯は冷静に計算する。


(……理論値を大きく上回っている……

 これは“確率の偏り”じゃ説明できない……)


佐伯はついに、

志希を“研究対象”として認識し始めた。


(……この子……

 “視線誘導”と“フォース”を

 無意識に組み合わせている……?

 そんなことが……本当に可能なのか……?)


───────────────────────────────────


再び志希のターン。


志希のライフは4900、佐伯のライフは5100。


何度か火力とカウンターの応酬が続き、

志希の手札は残り2枚になっていた。


佐伯(……手札2枚なら……

   誘導も読みも関係ない……

   “50%”だ……

   ここからは……純粋な確率勝負……)


佐伯は志希の“技術”を排除するため、無作為化を提案した。


「……では、あなたの手札……

 その2枚を場に置き、片方を選ばせてください」


志希は静かに頷く。


「……うん。じゃあ……選んで?」


佐伯は手を伸ばす。


(……ここで“誘導”があるなら……

 私は見抜ける……はずだ……)


志希は視線を一瞬だけ右のカードへ滑らせ、

次の瞬間、左のカードへ“戻す”。


佐伯(……視線が……揺れた……?

   どっちを意識している……?)


志希の声は震えていない。

むしろ──妙に静かで、妙に優しい。


「……どっちでもいいよ。

 あなたの選んだほうが……きっと、“当たり”だから」


その言い方は、地雷系女子特有の“圧”を帯びていた。


弟(……志希……?

  なんか……怖い……)


志希は無意識だった。

だが、佐伯には“刺さる”。


(……この空気……なんだ……?

 妙に……胸がざわつく……)


志希は首をかしげ、ほんの少しだけ笑う。


「ねぇ……早く選んでよ。

 私、待ってるんだけど?」


佐伯(……落ち着け……

   これはただのカード選択……

   ただの……ゲーム……)


だが、志希の声が優しく追い打ちをかける。


「ねぇ……どっち選ぶの?

 私、外したら……すごく悲しいよ?」


佐伯(……っ……!!)


弟(……完全に地雷化してる……!)


その瞬間──

佐伯の脳裏に、封印していた忌まわしい記憶が蘇る。


──────────────────────────────


大学一年の春。

佐伯の入学した工業系学部は、男女比が 30:1 という極端な世界だった。


そんな環境で、数少ない女子は自然と“姫化”する。

その中でも、ひときわ強烈な存在がいた。


──サークルの姫・美咲(みさき)


・声が小さくて儚げ

・男子に頼るのが異常に上手い

・「ありがとう♡」の一言で全員が動く

・泣くと周囲が全力で庇う


まさに“典型的な姫”だった。

そして佐伯は、当時はまだ“優しいだけの男子”だった。


──────────────────────────────


ある日、講義後に美咲が声をかけてきた。


「佐伯くん……今日のプリント、もらってないの……

 よかったら……見せてくれない……?」


「……ああ、いいですよ」


それだけのはずだった。


だが──

翌日から、美咲は毎日のように佐伯に話しかけてきた。


「佐伯くん、出席……代わりに取ってくれない……?」

「佐伯くん、今日の課題……わかんなくて……」

「佐伯くん、レポート……一緒にやってくれない……?」


(……まぁ、困ってるなら……)


佐伯は断れなかった。

その優しさが、後悔に変わるとは知らずに。


──────────────────────────────


新歓の飲み会の帰り道。

終電が近く、皆が慌ただしく帰っていく中で──


美咲「佐伯くん……ちょっと相談、いい……?」


佐伯「え?どうしたの?気分でも悪い?」


美咲「うん……それも……なんだけど……

   一人じゃ心配で……帰れないの……」


佐伯(……ああ、そういうことか)


佐伯は“普通に”考えた。

そして、選択肢を提示しただけだった。


・タクシーを呼ぶ

・友達に連絡する

・ネットカフェに泊まる


だが──


美咲「……私の家まで、送ってくれるよね……?」


佐伯「いや、それは──」


美咲「お願い……今日だけ……」


佐伯(……え、これ……断ったら泣くやつ……?)


この時点では、

美咲は佐伯にとって友人の一人に過ぎなかった。


だが──

ここからが地獄の始まりだった。


──────────────────────────────


その日を境に、美咲は“姫”から“地雷”へと豹変した。


「今、何してるの?」

「返事遅いよ……」

「私のこと嫌いになった?」

「会いたい……」


数十分おきにメールと電話。


授業中も、課題中も、夜中も関係ない。


(……なんだこれ……?

 俺たち、付き合ってないよな……?)


返信が遅れると──


美咲「……泣いてるんだけど……」


佐伯(……うわ……出た……)


地雷系ではなく、完全に“地雷の完成形”だった。


──────────────────────────────


ある日、美咲が突然言った。


「ねぇ、佐伯くん……

 今度、私の両親に会ってほしいの」


「……は?」


「だって……結婚するなら……挨拶しないと……」


「いや、付き合ってないよね?」


「……えっ?

 私、佐伯くんのこと……信じてたのに……」


(……やばい……本当にやばい……)


──────────────────────────────


ある日、研究室を出ると、目の前に美咲が立っていた。


「佐伯くん……

 子供の名前、考えてきたの……」


「…………名前?」


「男の子なら“(れん)”がいいなって……

 女の子なら“凛々(りり)”とか……可愛いよね……?」


(……終わった……

 これは……本物の地雷だ……)


この瞬間、佐伯の精神は完全に崩壊した。


──────────────────────────────


(……もう無理だ……誰かに相談しないと……)


佐伯は、

ゼミの指導教員──女性の准教授を訪ねた。


「……困っていて……距離を置きたいんですが……

 どうすれば……」


教員は書類から目を離さず、ため息をついた。


「……そういうのは自己責任よ。

 大学は恋愛相談所じゃないの」


「……いえ、恋愛ではなく……

 ストーカーに近いというか……」


「はいはい、わかったわかった。

 でもね──」


教員は、“空っぽな人生論”を語り始めた。


「人間関係ってね、あなたが成長するための試練なの。

 逃げてばかりじゃ、社会に出てから困るわよ?」


佐伯(……試練……?これが……?)


「それに、女の子を泣かせたらダメよ?

 あなたが優しくしてあげれば丸く収まるでしょ?」


佐伯(……大学って……

   こんなに冷たいのか……)


「とにかく、自己責任。

 あなたの問題はあなたで解決して」


佐伯は、完全に突き放された。


──────────────────────────────


次の日。


美咲はサークルで泣きながら言った。


「佐伯くんが……私を捨てようとしてるの……」


男子たちは姫を庇う。


「佐伯、お前最低だな」

「姫を泣かせるとかありえん」


佐伯は孤立した。


研究室でも、サークルでも、誰も味方がいない。


(……どこにも……逃げ場がない……)


後になって佐伯は知る。


美咲は──

教授の親戚の娘だった。


・推薦でほぼ無条件合格

・成績が悪くても単位が出る

・問題を起こしても教員が庇う

・サークルでも“特別扱い”


つまり、

大学全体が美咲を“守る構造”になっていた。


(……どうしようもない……

 俺が何をしても……

 この子は守られる……)


この絶望が、佐伯を“逃げ道”へ追い込んだ。


──────────────────────────────


佐伯はついに悟った。


(……この環境から逃げないと……

 俺の人生が終わる……)


就職活動どころではなかった。

人間関係の地獄から逃げるために、

大学院進学を選んだ。


(……研究室なら……

 人間を“データ”として扱える……

 感情じゃなく……

 数字で向き合える……)


こうして佐伯は、

“人間の選択と癖”を研究する道へ進んだ。


──────────────────────────────


再びカードショップの店内。


志希は場に置いた2枚の手札を、

まるで宝物を扱うようにそっと撫でた。


「……ねえ……早く、選んで?」


志希は上目遣いで、

ほんの少しだけ首をかしげる。


その仕草は無意識でありながら、

佐伯にとっては致命的だった。


(……やめてくれ……

 その言い方……

 “あの時”と同じだ……)


「もし、外したら……私、泣いちゃうかも」


その瞬間──

佐伯の脳裏に、美咲の声が鮮明に蘇る。


『……佐伯くん、泣いてるんだけど……』

『私の両親に会ってほしいの』

『子供の名前、決めよ?』

『佐伯くんが冷たいって、みんなに言うね……?』


(……やめろ……思い出すな……

 ここはカードショップだ……

 この子は美咲じゃない……落ち着け……)


だが、手が震える。

呼吸が浅くなる。

視界の端がじわりと滲む。


佐伯は知っている。

自分が“地雷化した誘導”に弱いことを。


だから、志希の無自覚な“甘い圧”に抗えない。


そして──

その弱点が、

勝敗を決定づけることになる。

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