志希、ルール理解を諦める
昼下がりのリビング。
午前中の特訓を終えた志希は、カップ麺と向き合っていた。
「……3分って長くない……?」
お湯を入れてから30秒しか経っていないのに、
志希はすでにフタを半分めくり、
湯気と一緒に“待てない女”の本性を露呈していた。
弟が通りすがりに言う。
「志希、それまだ麺が石だよ」
「大丈夫!石でも食べられるよ!」
「やめてくれよ……」
志希は気にせず、
スマホを片手にSNSを眺めていた。
次の瞬間──
画面がピコンと光り、
タイムラインに新しい投稿が流れ込んだ。
《【告知】ショップ大会まであと7日!》
《初心者歓迎!》
《優勝者には全国大会出場権!》
志希は麺をすすりかけたまま固まった。
「……え、1週間後……?
私……出るんだよね……?」
弟は無言でカップ麺のフタを閉じた。
「まずは麺を戻せ。話はそれからだ」
隣で特訓係の男は、
お茶を飲みながら遠い目をしていた。
「……志希ちゃん。
優先権とチェーンの説明なんだけど……」
志希は胸を張る。
「遺産の相続権と……お財布に付けるやつでしょ!」
男はそっと目を閉じた。
「……もう無理だ。
俺の精神が崩壊する前に言う。
優先権とチェーンの説明は……放棄する」
「えっ!?なんで!?」
「君の脳が拒否してるからだよ……」
志希は机に突っ伏した。
「うぅ……誰か助けて……」
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志希はスマホを取り出し、
震える指で配信ボタンを押した。
「……こん志希……」
《そんな挨拶聞いたことない》
《大会まで1週間だぞ》
《今日もポンコツ全開?》
《志希には無理だろ》
志希は泣きそうな顔で言った。
「ねぇ……誰か……優先権とチェーン……
分かりやすく教えて……」
コメント欄が一斉に動く。
《無理》
《志希の脳が拒否してる》
《大会までに覚えるのは不可能》
《でも応援してる》
志希は机に突っ伏したまま叫んだ。
「なんでみんな私に厳しいの!!」
《それも愛だよ》
《志希は今日もかわいい》
《でも優先権とチェーンは無理》
志希は涙目で画面を見つめた。
「……誰か……本当に助けてよ……」
その時。
コメント欄の流れが一瞬止まり、
落ち着いた口調のコメントが浮かび上がった。
《志希ちゃん。
ショップ大会の参加要項、見たかい》
志希の指が止まった。
「……また……来た……」
《大会まで1週間。
君は“覚える”より“戦える形”を作るべきだ》
志希は震える声で言った。
「……でも……どうやって……?」
しかし、その人物はそれ以上何も言わずに去った。
配信画面には、
困惑する志希の顔だけが残った。
──────────────────────────────
配信後。
志希の脳内では、
謎の男のコメントが繰り返し流れていた。
《大会まで1週間。
君は“覚える”より“戦える形”を作るべきだ》
「……そっか。
私、覚えるのが無理なら……
覚えなくていいデッキを使えばいいんだ!」
志希は勢いよく立ち上がり、特訓係の男の肩を掴んだ。
「ねぇ!ルール半分しか知らなくても戦えるデッキ出して!!」
男は困惑していた。
「……俺はドラえもんじゃないよ」
「だって!
優先権もチェーンも分かんないし!
墓地はお墓だし!
山札は山だし!
ドローは……なんか引くやつ!」
弟「最後しか合ってないよ……」
志希は両手を合わせて拝むように言った。
「お願い!
“考えなくても勝てるデッキ”を出して!!」
男は頭を抱えた。
「……そんな都合のいいデッキ……」
(いや、あるにはある……
あるけど……あれは……)
男の脳裏には、
ある一つのデッキが浮かんでいた。
バーンデッキ。
相手の行動を無視して、
ただライフを削り続けるだけの、
アニメや漫画では禁止されがちの悪名高いデッキ。
(……これなら……
優先権もチェーンも……
ほぼ関係ない……
いや、関係あるけど……
志希ちゃんにはどうせ理解できないし……)
男は深くため息をついた。
「……志希ちゃん。
本当に……大会に挑む覚悟はある?」
志希は胸を張った。
「ある!私、勝つためならなんでもする!」
「じゃあ……出すよ。
“考えなくても勝てるデッキ”を」
男はストレージの奥から、
封印されたデッキケースを取り出した。
志希は目を輝かせる。
「なにそれ!?
なんか強そう!!」
男は震える声で言った。
「……これは……
できれば出したくなかった……
間違いなく“危険”なデッキだ……」
「えっ怖い!!?」
男は静かにケースを開いた。
中には──
バーン系魔法カードの山。
志希は首をかしげた。
「……これ……モンスター……入ってない?」
「モンスターなんていらない。
相手のライフを直接焼き切るんだよ」
「えっ……魔法少女みたい……」
「違う。どちらかというと魔女だ」
志希はカードを手に取り、
キラキラした目で言った。
「これなら……私でも勝てる……?」
男は遠い目をした。
「……勝てる可能性はある。
ただし……友達はいなくなる」
「私、リアルの友達いないから大丈夫!」
弟「やめて泣きそうになるから」
志希はデッキを抱きしめた。
「ありがとう!これで大会出る!!
優勝して全国大会の出場権手に入れる!!」
男は天井を見上げた。
(……ごめん、プレイヤーのみんな……
俺は……怪物を生み出してしまった……)




