志希、墓地でまた1週間詰む
志希はターン、山札、手札、ドローで合計1ヶ月詰んだ。
その間、男はただひとつの概念だけは説明しなかった。
──墓地。
理由はひとつ。
志希に説明した瞬間、地獄が始まると分かっていたからだ。
そして今日。
「ねぇ、“墓地”って……なに?」
封印してきた地獄の扉が、開こうとしていた。
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1日目。
男:「志希ちゃん、今日は“墓地”だ」
志希:「……墓地ってさ……
名前からしてもう無理なんだけど……
なんでカードゲームに墓地があるの……?」
弟:「怖がるところそこじゃないよ」
志希はカードを抱え、震える声で続けた。
「だって……墓地って……カードが死ぬ場所でしょ……?
私、カード死なせたくない……!」
男:「志希ちゃん……カードは死なないんだ……
ただ“置かれるだけ”なんだ……」
志希は目を見開く。
「えっ……!?じゃあ……ゾンビになるの……?」
弟:「ならないよ!!」
志希は深呼吸し、決意の表情を浮かべた。
「墓地……こわい……でも……理解しないと……
世界大会行けない……でも……こわい……
でも……行きたい……でも……こわい……」
弟:「志希、生死の狭間で揺れるな」
志希はカードをそっと置き、震える声で宣言した。
「……よし。今日から“墓地の概念”を理解する旅に出ます……」
弟:「また1週間かかるやつだ」
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2日目。
志希:「墓地って……カード埋めるんだよね……?」
弟:「埋めないよ」
志希はきっぱりと言い返した。
「埋めるよ。だって私、小学生のとき──
タイムカプセル埋めたもん。」
弟:「それとこれは違う」
志希は遠い目をした。
「……あの時もさ……
“未来の自分に届きますように”って埋めたんだよね……
だから墓地もきっと……
“未来のドローに届きますように”って場所なんだよ……」
弟:「ポエムで誤魔化すな」
志希はスコップを持ってきた。
弟:「なんで本物持ってくるの!!?」
志希:「だって“墓地”って書いてあるじゃん!!
埋めるでしょ!!」
男:「志希ちゃん、カードを物理的に埋葬するな」
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3日目。
志希は朝から線香を焚いていた。
弟:「なんで供養してるの!!?」
志希:「だって……墓地って“死んだカード”が行く場所でしょ……?
なら……成仏させないと……」
弟:「カードは死なないよ!!」
志希は聞いていない。
「……よし。じゃあ住職さん呼ぶね」
弟:「なんでそうなるの!!?」
志希はスマホを取り出し、知り合いの住職の連絡先を開いた。
志希:「この前言われたんだよ。
“人生に迷ったらいつでもおいで”って。
カードの行き先に迷ってる今がその時でしょ?」
弟:「住職はカードの墓地相談まで想定してないよ!!」
しかし志希は真剣だった。
「だってさ……カードを墓地に送るって……
“魂の管理”でしょ……?専門家呼ばないと……」
男:「志希ちゃん……カードゲームに宗教持ち込むのやめよう……?」
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4日目。
志希はカードを見つめながら、ぽつりと言った。
「……墓地ってさ……異世界だよね……?」
弟:「違う」
志希はカードをそっと持ち上げた。
「このカードも……墓地に行ったら……
“ステータス振り直し”とかして戻ってくるんでしょ……?」
弟:「しないよ」
志希は真剣な顔で続ける。
「いやいやいやいや。なろう系の基礎知識では──
死んだら転生して強くなるのが常識なんだよ?」
男:「志希ちゃん、カードゲームに異世界テンプレを持ち込むな」
志希はカードをそっと墓地に置いた。
「……向こうで何か始まったな……」
弟:「何も始まってないよ」
志希は真剣にうなずく。
「いや、あの感じ……絶対クエスト受けた」
弟:「墓地でクエスト受けるな」
志希は墓地をじっと見つめたまま、どこか誇らしげに言った。
「……いってらっしゃい。異世界で強くなって……
また戻ってきてね……」
弟:「だから異世界じゃないって言ってるだろ!!」
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5日目。
志希は朝から新聞を広げていた。
珍しく真剣な顔だ。
弟:「……何見てんの?」
志希:「墓地の区画」
弟:「やめろ」
志希は折り込みチラシを指でトントン叩きながら言った。
「だってさ……カードを“墓地に送る”って言うでしょ……?
なら……ちゃんとした場所が必要じゃん……」
弟:「カードゲームの墓地は物理じゃないよ!!」
志希は完全に聞いていない。
「ほら見て。“永代供養付き・区画限定セール”だって。
カードに優しい……」
弟:「カードに永代供養いらない!!」
志希はチラシを抱えて立ち上がった。
「……よし。現地見学、行ってくる」
弟:「行くな!!」
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6日目。
志希は静かに部屋の奥へ歩いていった。
弟:「……どこ行くの?」
志希:「仏壇」
弟:「なんで!?」
志希はカードを両手で持ち、
まるで高級和菓子でも運ぶような慎重さで言った。
「墓地に行く前に……ご先祖様に挨拶しないと……」
弟:「カードゲームにご先祖様関係ないよ!!」
志希は完全に聞いていない。
「だって……“墓地に送る”って……
なんか……人生の節目っぽいじゃん……?」
弟:「節目じゃないよ!!」
志希は仏壇の前に正座し、カードをそっと置いた。
「……いつもお世話になってます。
この子……今日から墓地に行きます……
どうか……見守ってあげてください……」
弟:「カードに“この子”って言うな!!」
志希は手を合わせ、真剣に拝んでいる。
男:「志希ちゃん……カードゲームの墓地は……
ただの置き場なんだ……供養とかいらないんだ……」
志希:「ううん。こういうのは“気持ち”が大事なの」
志希は拝み終わると、
カードを胸に抱えて立ち上がった。
「……よし。じゃあ次はお墓に行こっか」
弟:「行くな!!」
志希:「だって……仏壇に挨拶したら……次はお墓でしょ……?」
弟:「順番の問題じゃないよ!!」
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7日目。
志希:「……わかった。墓地って……
“使い終わったカードを置く場所”でしょ……?」
男:「……そうだ」
志希:「やったああああああああ!!
私、墓地理解した!!世界大会行ける!!」
弟:「いや、まだ優先権もチェーンも理解してないよ」
志希:「うるさい!!墓地理解したんだから、
これで勝てる気がするんだよね!!」
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志希が“墓地”の概念を理解できず、
部屋で叫び散らしていたちょうどその頃──
ママは静かな霊園にいた。
風が吹き抜ける。
丁寧に磨かれた御影石の墓石の前に、
ママはそっと花を供えた。
「……あなた。志希がね……
カードゲームで世界を目指すって言ってるの」
白い花弁が揺れ、
墓石に落ちる影がやわらかく揺れる。
「あの子、あなたに似て不器用で……
でも折れないところも似てるのよ」
ママは墓石にそっと触れ、静かに手を合わせる。
「もし、あなたが生きていたら……
志希の特訓、手伝ってくれたかしらね」
そうつぶやき、ママは霊園を後にした。
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ママが帰ったあと。
霊園の奥にひっそりと立つ影があった。
男は墓石の前にしゃがみ込み、
ポケットから一枚のカードを取り出した。
風に色を奪われた、古いカード。
絵柄はほとんど見えない。
けれど、誰かが大切にしていた気配だけは残っている。
男はそのカードを、
ママが供えた花の隣にそっと置いた。
「……志希ちゃん。君はまだ知らないんだな」
風がまた吹く。
「俺と君の縁は……カードだけじゃない」
それだけ言い残し、男は静かに去っていった。
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そして志希は配信をつける。
「みんな……聞いて……
私、墓地の概念でまた1週間詰んだんだけど……
それはいいとして……
なんか……ママがお墓参り行ってて……
男の人の影があった気がするって言ってて……
なんか……私……運命に近づいてない……?」
コメント欄:
《志希、墓地より男に集中してる》
《憧れの人を墓地から特殊召喚するな》
《ママの墓参りイベントが重い》
《志希、墓地で恋愛フラグ立てるな》
志希は胸を張る。
「……でもさ……
墓地理解したってことは……
ご先祖様の加護がついてるってことだよね。
これで勝てる気がするんだよね」
リスナーは悟った。
志希は今日もブレない。




