志希、ターン制を理解できない
ちょっと長め
クロノ・アークの世界大会に“実力で行く”と宣言した翌日。
志希は“カードマスター”として知られるママの知り合い──
例のスーツ姿の男を家に呼び、特訓を開始した。
志希は胸を躍らせていた。
世界大会への道が、ここから始まるのだと。
……だが、特訓初日から地獄は始まっていた。
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1日目。
「志希ちゃん、まずは“ターン”の概念からだ」
特訓係のスーツの男が真剣に言う。
志希は首をかしげた。
「ターンって……何?」
「自分が行動できる時間だ」
「え、じゃあ私ずっと行動できるよ?
だって私、毎日ずっと自由時間だもん。
好きなときに動けるよ?」
男は固まった。
弟がため息をつく。
「志希……それはただのニートの時間感覚だよ……」
「え!?
だって私、昨日も今日も明日も自由だよ!?
なんでカードゲームだけ“順番待ち”とか必要なの!?
私、待つの苦手なんだけど!!」
男の顔に早くも絶望の色が浮かぶ。
「志希ちゃん……カードゲームは自由時間とは違うんだ……」
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2日目。
「簡単に説明するね。
ターンは“開始フェイズ→メインフェイズ→終了フェイズ”の流れで進む」
「フェイズ!? また新しい言葉きた!!」
「じゃあ志希ちゃんの生活で例えるよ。
コンビニに行くとするだろ?」
「行く行く。毎日行く」
「開始フェイズ=家を出る
メインフェイズ=買い物する
終了フェイズ=帰る」
「……え、帰らなきゃいけないの?」
弟「普通は帰るだろ」
「なんで!?
私、コンビニにずっといてもいいじゃん!!
あそこWi-Fiあるし!!」
「志希ちゃん……それはターンじゃなくて滞在だよ」
「滞在フェイズ!? そんなのあるの!?」
「ない……」
弟は頭を抱えた。
「志希、フェイズをコンビニに住む権利だと思ってる……」
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3日目。
男は早くも詰んだことを実感していた。
「じゃあウーバーで例えるよ。
開始フェイズ=注文、メインフェイズ=受け取り、終了フェイズ=支払い」
「え、じゃあ私のターンは“注文した瞬間”から始まるの?」
「そうだ」
「じゃあ私、毎日ウーバー頼んでるから……
ずっと私のターンじゃん!!
世界大会行けるじゃん!!」
男は困ったように眉をひそめた。
「志希ちゃん……ウーバーの頻度は関係ないんだ……」
「なんで!?
私、ウーバー頼んだらずっとGPSで追ってるよ!?
“今曲がった!”とか“信号待ちだ!”とか全部見てるよ!?
あれ全部私のターンじゃないの!?」
「違う」
「なんで!?
私が見てるんだから私のターンでしょ!?
配達員さんが動いてる=私が行動してるでしょ!?
私のターン中に動いてくれてるんだよね!?」
「志希ちゃん……それはターンじゃなくてただの監視だよ」
弟「志希、ウーバーのGPSを“人生のメインコンテンツ”にするのやめろ」
だが志希は納得していない様子で言う。
「だってチップ渡したら喜んでくれるんだよ!?
そしたらまた来てくれるじゃん!?
あれ絶対“追加ターン”でしょ!?
私、ウーバーでターン回してたよ!?
なんでカードゲームだけ厳しいの!?
ウーバーは優しいのに!!」
弟は静かに言った。
「それは志希の生活がだらしないだけだよ」
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4日目。
男は引き受けたことを後悔していた。
「志希ちゃん、ターンは“順番”だと思えばいい」
「順番……?」
弟がため息をつく。
「志希、順番ってわかるよね……?
例えば病院とか美容室とか……予約するでしょ?」
「しないよ?」
「え?」
「だってママが全部予約してくれるもん。
私、行ったらすぐ通されるよ?」
「……じゃあ遊園地のアトラクションは?」
「並ばないよ?
ママが“ファストパス”取ってくれるし。
あれ“私のターン優先権”でしょ?」
「違う」
「なんで!?
私、人生で並んだことほぼないよ!?
イベントもママの知り合いが裏から入れてくれるし、
レストランも“志希ちゃん来たの!?”ってすぐ席出してくれるし、
空港もママがVIP会員だから“特別なラウンジ”通れるし、
私の人生、全部“優先ターン”だったよ!?」
男は言葉を失った。
「志希ちゃん……それはただの……
……いや、なんて言えばいいんだ……?」
弟が静かに刺す。
「志希、それは“ターン制を経験してないだけ”だよ……
人生がずっとチートモードだっただけだよ……」
「えっ!?
じゃあ私、今まで自分のターンだけで生きてきたの!?
他人のターンって何!?
なんで急に他人が割り込んでくるの!?
私の人生、ソロプレイだったよ!?
なんで急にマルチプレイ強制されるの!?
私、順番待ちの文化知らないんだけど!!」
「志希ちゃん……
カードゲームは“他人も行動する”ゲームなんだ……」
「そんなの聞いてない!!
私、優先入場でターン飛ばせないの!?」
「飛ばせない」
「なんでええええええええ!!?」
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5日目。
男は限界だった。
「志希ちゃん、配信で例えるよ。
コメントを読む時間=志希ちゃんのターン、
コメントが流れる時間=相手のターンだ」
「え、じゃあ私、コメント無視すればずっと私のターンじゃん」
「違う」
「なんで!?
私、配信中ずっと喋ってるよ!?
あれ全部私のターンじゃないの!?」
「志希ちゃん……それはただの暴走だよ」
志希はさらに身を乗り出す。
「じゃあさ!!
コメントが止まる時間あるじゃん?
あれ絶対“相手のターン”でしょ!?
みんなが考えてる時間でしょ!?
だったらもっとギフトくれてもいいよね!?
ギフトもらったら私、無限に喋るよ!?
私、ギフトでターン回してるよ!?」
男は固まった。
弟が静かに言う。
「志希……
ギフトはターンを増やすアイテムじゃないよ……
ただの投げ銭だよ……」
「なんで!?
ギフトもらうと私めっちゃ元気になるよ!?
ギフト来た瞬間テンション上がるもん!!
あれターン継続でしょ!?
私、配信中ずっとターン続いてるよ!?
なんでカードゲームだけ止められるの!?」
弟は悟った。
(志希、ターン制じゃなくて“気分制”で生きてる……)
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6日目。
男は原点に帰っていた。
「ターンは“交互にやること”だ」
「交互……?
じゃあ私がやったら次は相手?」
「そうだ」
「じゃあ次は私?」
「そうだ」
「じゃあ次は相手?」
「そうだ」
「じゃあ次は私?」
「そうだ」
「じゃあ次は相手?」
「そうだ」
「じゃあ次は私?」
「そうだ」
弟「無限に続くやつだこれ……」
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迎えた7日目。
男は疲弊していた。
「志希ちゃん、ターンとは──」
「わかった!!
ターンって……
“順番にやる時間”でしょ!!?」
男は一瞬固まり、そしてゆっくりとうなずいた。
「……そうだ」
「やったああああああああ!!
私、ターン理解した!!
世界大会行ける!!」
弟「いや、まだ基礎の基礎だよ」
「うるさい!!
ターン理解したんだから、
これで勝てる気がするんだよね!!」
「志希ちゃん……
まだ“手札”も“山札”も理解してないんだが……」
「また明日やる!!」
明日からも地獄は続いていく。
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そして志希は配信をつける。
「みんな……聞いて……
私……ターンの概念だけで1週間かかった……
でも……完全に理解した!!……たぶん……!!
なんか……私……成長してない……?」
コメント欄が爆発する。
《ターンの概念を破壊する女》
《志希、ターンだけで1週間は伝説》
《世界大会まで何年かかるんだ》
《ターン理解で泣く女》
「……でもさ……
ターン理解したってことは……
なんか絶対、勝てる気がするんだよね。
もう“私のターン”来てる気がするの」
コメント欄がざわつく。
《ターン理解=勝利フラグだと思ってる》
《志希、今日も自信だけは世界レベル》
《睡眠もターン扱いしてそう》
志希は大きく伸びをした。
「よし、今日はここまで!
ターン理解したから、もう十分でしょ。
寝るのも私のターンだもんね」
リスナーは悟った。
これ、ルール理解する前にクロノ・アーク自体が終わる。




