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Extra episode:四季



 俺は、俺のことを「悪い」人間だと思っている。


 だって、あんな親から生まれたのだから。


『ねぇ! あなた、なんで家に帰ってこないの? 浮気してるんじゃない⁈』

『浮気なんてしてないって言ってるだろう!』

『じゃあ、あなたのスマホに来てた、このメッセージは何?!』

『お前、勝手に見たのか!』


 小学三年生の頃。父親の浮気が発覚した。その結果、母が壊れて家事の一切をしなくなった。

 父はそんな母に嫌気が差したらしい。家にほとんど帰らなくなり、家事の全てを俺が担うことになった。


 幸いなことに、月に一度、父はお金だけはたっぷり置いていってくれたので、食事に困ることはなかったけれど。


 たまに父親が帰ってきた時には、必ず母親と喧嘩をしていた。


『四季の親権はどうするの⁈ 私は面倒なんて見たくないからね!』

『俺だって、嫌だよ! こっちにはお前と違って、新しい家庭があるんだ』

『最低ね!』


 両親の言葉に、「俺は愛されない存在なんだな」と冷めた気持ちで考えていたことを今でも覚えている。


 そんな生活を一年くらい続けた後、俺は結局、母の姉夫婦に引き取られることになった。


 ちょうど母の姉は夫婦は事故で息子を亡くしたばかりだったらしい。新しい両親は、俺を本当の息子同然に扱って愛情を注いでくれた。


 だけど、その愛情は本当の息子の代わりのものだとしか感じられなくて……空虚だった。


 そんな虚しい日々を送っていた時だった。隣の家に、小さな女の子がいる一家が引っ越してきたのは。


「こはるです! 小学一年生です!」


 隣の家に引っ越してきた、4歳年下の宮原小春ちゃん。俺を見つめる彼女の瞳がキラキラしていて、そんな風に真っ直ぐ見られたことなんて初めてだったから、すごく驚いたのを覚えている。


 俺の母とこはちゃんの母は、度々お茶会を開いた。その時にこはちゃんの面倒を見るのは、俺の役目だった。


 こはちゃんはすぐに俺に懐いてくれて、色々な遊びをした。俺は妹ができたみたいで嬉しかったし、懐いてくれるこはちゃんを可愛いと思っていた。


 そんなある日、事件が起こった。


 久しく会っていなかった実の母親が俺に会いに来たのである。


 学校から帰ったら、家の前で実母が俺を待っていたのだ。


『四季、久しぶり』

『か、母さん』

『あのね、私、再婚することになったから』


 急に現れた母の言葉にズキンと胸が痛んだ。もう母に何も期待していないと思っていたのに、いざ突き放されるとひどく悲しい気持ちになるのは何故だろうか。


 母は俺に冷たく言い放つ。


『だから、会いに来ようとか絶対に考えないでね。迷惑だから』

『分かったよ、母さん』

『母さんって呼ぶのもやめて。私にあの男との子供がいたって事実を消したの』

『……分かった』


 心にナイフを刺されているような気分だ。母が言葉を発するたびに、胸がズキズキと痛む。


 母の言葉に耐えられなくなり俯いた、その時だった。


『四季くんをいじめるな!』


 俺と母の間に、小さなこはちゃんが割って入ったのは。こはちゃんは何故か涙を流しながら、俺の母を睨みつけていた。


『四季くん、行こう!』


 そう言って、こはちゃんは俺を近くの公園まで連れて行ってくれた。母の言葉がショックで何も言えない俺の手を、こはちゃんはぎゅっと握った。


『あのね、こははね、四季くんのこと大好きだよ!』

『え?』

『ずっと一生好き。こはの気持ちだけは変わらないから。だから、覚えておいてね』


 必死にそう言ってくれる姿が可愛くて、愛おしくて……俺の心にパッと一筋の光が差し込んだ。


 この瞬間、俺の中でこはちゃんが唯一無二になった。暗くて汚い空虚な俺の世界の中で、唯一こはちゃんだけが綺麗だった。


 だからこそ、こはちゃんには、ちゃんと真っ当な「いい人」と幸せになって欲しい。純粋無垢で汚れも苦労も知らず、綺麗な世界で生き続けて欲しいのだ。


「なぁ、四季の言う“いい人”って、どの程度の人間なんだよ?」


 こはちゃんとの話を聞いた大学の友人が、そう尋ねてきた。俺は少し考えてから口を開く。


「そうだね。優しい人っていうのは前提条件として、こはちゃんを養えるだけの年収を見込める相手がいいから、成績は10位以内に入ってて欲しいかな。それで、こはちゃんをいざという時に守れる身体能力も欲しいから、運動もできる方がいいよね。こはちゃんは容姿も可愛いから、それに釣り合うだけのかっこよさも欲しいところで……」

「ストップストップ。そんなハイスペック男、普通にいないから」

「そうかな?」

「そうだよ。そりゃ四季は、そのくらいのスペック持ってるけど……厳しい条件をわざと言って、本当はお前が小春ちゃんと結ばれたいだけなんじゃないのか?」

「それだけはないね」


 友人の言葉を俺はバッサリと切り捨てる。


 こはちゃんが選ぶ相手に、俺だけは絶対にない。あり得ない選択肢だ。


「前提条件は優しい人だから、俺は当てはまらない。俺は悪い人間だからさ」


 俺は、子供を愛せない両親から生まれたのだ。俺だって碌でもない人間に決まってる。だから、俺はこはちゃんの相手として相応しくない。


 俺はそっとこはちゃんの姿を思い出す。ずっと変わらない、可愛くて綺麗な、唯一無二の存在。


 こはちゃん。ずっと優しくて真っ直ぐな君は、俺みたいな悪い男には引っかからないでね。そして、ちゃんと優しい人と幸せになってね。


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