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第3話 やっぱり、好き


「小春」


 四季くんだ。後ろから抱きしめられているから顔は見えないけど、分かる。これは四季くんの体温で、匂いで、声だ。


 突然の四季くんの登場に、クラスメイトの男子は驚いたらしい。すぐさま掴んでいた私の腕を放した。


 そして、顔を真っ赤にして、四季くんを指差す。


「な、な、なんだよ、突然、お前! 警察呼ぶぞ!」

「こっちのセリフなんだけど。この子、こんなに震えてるじゃん。見えてないの?」

「……っ!」


 いつも優しい四季くんの、地を這うような低い声。本気で怒っていると分からせるような……そんな声だ。


「俺の小春に手を出さないでくれる?」


 俺の、を強調した言葉にドキンと心臓が跳ねた。


「……チッ! 彼氏いるなら先に言えよ!」


 クラスメイトの男子は私のカバンを投げ捨てて、去って行った。脅威が去ったことでホッと息を吐く。


 それと同時に、四季くんに後ろから抱きしめられているという状況が現実味を帯びて、心臓が早鐘を打ち始めた。


「し、し、し、四季くん」

「こはちゃん、大丈夫? アイツに何もされてない?」


 四季くんはそのままの姿勢で問う。四季くんはいつも通りだけど、私の心臓は破裂してしまいそうだ。


「大丈夫だけど、大丈夫じゃないというか……」

「怖い思いしたよね。アイツって同じ学校の人? 先生に相談する? 俺も一緒に話してあげようか?」

「そうじゃなくて、えっと、四季くんはどうしてここに……?」

「こはちゃんのことは全部知ってるからね……って言いたいところだけど、ここにいたのは偶然」

「そうなの?」

「うん。大学の友達と来てたんだけど、困ってそうなこはちゃんを見かけたから、急いで駆けつけた」


 彼は「間に合ってよかった」と優しく言うけど……。


 大学の友達、という言葉で思い出した。


 彼には彼女がいたということを。そして、大学の友達と来ているなら、この間の彼女もいる可能性があるということに気づいてしまった。


 私は彼の胸を押して、慌てて距離を取った。


「こはちゃん……?」

「四季くん、助けてくれてありがとう! でも、こういうの良くないよ!」

「なんで?」


 四季くんは心底不思議そうな表情を浮かべる。私は胸の痛みに耐えながら、必死で笑顔を浮かべた。


「いくら四季くんが私のことを妹としか思ってなくても、彼女さんが今の私たちを見たら、勘違いしちゃうかもしれないでしょ? 彼女さんを悲しませるのは良くないよ」

「……」

「だから、今後はお互いの部屋に行き来するのも控えて距離感を……」


 やばい。泣きそうだ。笑顔を浮かべていたいのに、自分が今どんな表情をしているか分からない。


 私が言葉に詰まっていると、四季くんが首を傾げた。


「あのさ、何を勘違いしてるのか知らないけど……俺、彼女いないよ?」

「……………………………えっ?」


 四季くんの言葉を理解するのに10秒くらいかかってしまった。


「え、だって、この間の女の人とキスしてたよね??」

「……ああ、部屋に来た時の人? あの時の会話、聞こえてなかったの?」

「うん。会話は聞こえてないよ」

「あぁ、そういうことか。あの時はね……」


『ねぇ、四季。家に戻るのダルいから、泊まらせてよ』

『だから無理だって。今日は大切な子が来てるから、絶対にダメだから』

『はぁ? 誰よ、それ。女?』

『関係ないでしょ。早く帰ってくれない?』

『じゃあ、せめてキスしてよ』

『はぁ?』

『四季にその気がないなら、その気にさせてあげる……』


「そう言って、いきなり顔を近づけてきたんだよね。一応、咄嗟に避けて唇との接触は免れて、唇の横辺りだったけどさ。前に告白されたの断ったばっかりだったのに、本当に迷惑」

「……」

「もう連絡先も消したし、二度と話しかけるなってことも伝えたから関わることはないけどね」


 四季くんは、その時のことを思い出したようで、本気で不快そうに目を細めた。


「じゃあ、あの時、私に“見られるのは、恥ずかしい”って言ってたのは、なんで……?」

「女の人からキスされて逃げられないとか、ダサくて恥ずかしいでしょ。本当にこはちゃんに見られたくなかったんだからさぁ」

「な、なんだぁ……」


 失恋したかと思ったけど、本当は失恋してなかったんだ。悩んでいた心が嘘みたいに軽く、明るくなっていく。


 そして、その時、はーちゃんの「もういっそのこと気持ちを伝えちゃえば? その方が気持ちの整理がつくし、きっと後悔がないよ」という言葉を思い出した。


 そうだ。今の四季くんには彼女はいないのかもしれない。けれど、四季くんはカッコいいから、他の女の人が放っておくはずがない。すぐに彼女ができてしまうかもしれない。


 その時、私は絶対に後悔するだろうし、すごく悲しむと思う。今回のことで実感した。


 それなら、気持ちを告げちゃった方がよくない?


 何より、今、私のことを助けてくれた四季くんへのラブが高まっているのだ……っ!


「四季くん!」

「んー?」

「好き!! ずっと前から大好きです!」

「あはは、俺もこはちゃんのこと好きだよ」


 四季くんは軽く笑って、私の告白を流してしまう。これは本気にされてないやつだ。


「そうじゃなくて……。本当に好きだから、付き合って欲しいです!」


 本気で訴えかけて、右手を差し出す。すると、私の本気度が伝わったのか、四季くんは笑みを引っ込めた。


 彼はゆっくりと首を横に振った。


「それはダメ。俺だけは絶対にダメだよ」

「俺だけは……って、なんで?」

「うーん。こはちゃんは知らないかもしれないけど……」


 四季くんは私の右手を取って、薬指の先をそっと撫でる。そして、私を覗き込んで、目を細めた。


「俺って、結構悪い男なんだよ」


 その視線に、仕草に、何か意味があるのではないかと期待してしまう。彼からの好意を、探してしまう。

 四季くんは「沼」だ。一度ハマったら抜け出せず、ずっと彼からの好意を期待し続けてしまう、そんな沼。


 顔を真っ赤にしている私のおでこを、四季くんはつついた。


「だからね、悪ーい男な俺はこはちゃんには相応しくないの。こはちゃんには、悪い男に捕まったりせず、いい人を見つけて幸せになって欲しいからね」


 悪い男に捕まったりせず? いい人を見つける??


 私はもう既に四季くんにずぶずぶなのに?


 私は顔を覆って天を仰いだ。


「もう手遅れだよ〜〜〜っっっ」

「あはは」


 隣の家のお兄ちゃん、四季くん。私は彼の沼にハマって、抜け出せそうにありません……。


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